第二章 キスの味は、継ぎ足しのスープで薄めたくない
「こはる」の店員たちの真実
新学期が始まり、僕達は二年生になった。新しいクラスメイトと挨拶をする。恋人と同じクラスになれたのが嬉しい。
由佳里が大食いなのは、学校には内緒だ。大食いという秘密を抱えた僕たち。お互いにドキドキする。
でも、ちょっとびっくりした。
朝礼のとき、僕は思わず「あっ」と声を出しそうになる。
『食堂 こはる』の店員である
放課後、由佳里と一緒に帰ろうとすると、則子さんが声をかけてきた。
「こんにちは」
にこやかに、則子さんが手を振る。名札の色が赤い。三年生だ。
「お世話になっています」
「そうねー。お店も学校もよろしくねー」
「この学校の方だったんですね。気が付きませんでした」
「あの店は、多恵の付き添いなのー」
こはるでバイトしたがっていた多恵さんと、一緒に始めたのが二年前だという。
つまり、二人は僕と付き合う以前の由佳里を知っている人物だった。
「おーす、則子」
ハンカチで手を拭きながら、多恵さんもやってくる。
「それじゃあ、多恵さんも」
「この学校の生徒だよ」
腰に手を当てながら、多恵さんが威張った。
「ちょっと、お話しましょう」
多恵さんの方も、まだバイトまで時間があるらしい。四人で話そうとなった。
向かったのは、由佳里とのデートで寄った喫茶店である。
「デカ盛りを出す調理師になりたくてさ、バイトを始めたんだ。こはるは近所だから」
メロンソーダを飲みながら、多恵さんが語りだす。
高校では家庭科部にでも入ろうかと、多恵さんは思っていたらしい。が、一刻も早く厨房に立ちたいと、こはるで働く方を選んだという。
「でもな、『学業をおろそかにしてはいけませーん』って、則子がついてきたんだ。今でも成績を監視されてるよ」
「いやだなー。監督っていってちょうだい。わたし、あなたのママさんに頼まれて、見張ってるんだからー」
「分かってるよ、ったく」
二人は幼馴染で、いつも一緒にいる。
「多恵さんは、デカ盛りに思い入れがあるんですか?」
「いんや。最初はなかったよ。料理はやらされていたけど」
「そうなんですね。やらされていた、っていうのは?」
「うちの実家は、老舗料亭なんだ」
母親が、料亭を運営しているという。
だが、多恵さんは昔から堅苦しい風格が嫌で、いつも言い争いになっているそうだ。跡は継がないと。
男勝りな風貌も、家柄への反抗なのかもしれない。
そこで出会ったのが、こはるだった。
「参ったね。あんな自由な料理があるなんて」
大学生たちが、こぞって大皿を囲んで料理を選り分ける。
お金持ちだけに出さない、特定のお客だけを満足させない。誰もが同じ食事を取る。
「あたしが目指しているのは、そういう料理なんだよ」
デカ盛りに対する熱い思いを、多恵さんは語った。
「ああ、何もゆかりんを否定してるわけじゃないんだ。デカ盛りは、誰に対しても平等に立ちはだかるべきだ」
多恵さんが、由佳里に取り繕う。
でも、由佳里はずっと、揚げパンにかじりついていた。多分、話を聞いていないんじゃないかな。
「あの、由佳里、多恵さんの話」
「ずっと前に聞いた。多恵さん、厨房で楽しそう」
由佳里がニコニコしながら語ると、多恵さんが鼻を指でこする。
「あんがと、ゆかりん」
こはるのデカ盛りは本来、「金のない大学生」が相手だ。七〇〇円でできるだけ満足させることがコンセプトである。
由佳里のような規格外モンスターのためだけに、用意されたのではない。
僕は、すっかり忘れそうになっていた。
「みんないっしょに、同じものを食べる、か」
僕は、由佳里についていけるだろうか。
「多恵さんがこはるに思い入れがあるのは分かりました。でも則子さんは?」
「こはるでバイトする条件が、わたしも付き添うことだったのねー」
勝手にして構わないが成績は落とすな、とのことである。
「もうそろそろほっといてくれてもいと思うんだけどね、あたしは。オフクロは神経質すぎるんだよ」
「だって、多恵ったら危なっかしいもん。いやらしいお客は睨みつけるし」
「いやいや、お客とケンカなんてしてないだろ?」
「今はだけどー。やっぱり見張っておいたほうがいいよねー、由佳里ちゃん?」
コクコクと、由佳里は首だけを動かした。話を聞いてないよね。
さて、と多恵さんが立ち上がった。
「バイトすっかな。行くぞ則子」
「ここのお代は、払っておくからー」
手を振って、二人は店を出ていく。有無を言わさず。
「お金払ってもらっちゃった」
「大丈夫。今日は抑えておいたから」
十個も食べてるけどね。
「でも、もう将来のことを考えてるってすごい」
多恵さんも則子さんも、三年生だ。進路を決める大事な時期である。
一人には夢があり、もうひとりはその夢を支えていた。舵取りと言ってもいいか。
「僕たちも、あんな風にバランスよくやっていけるかな?」
「私たちは、私たちの道があるから」
「そうだね。人と比較すべきじゃないね」
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