やまとん四号?

 映画デートの帰り、僕たちはまた「食堂こはる」へと足を運んだ。新メニューが追加されたと連絡があったからである。


 オーダーを待っていると、多恵さんが特大のつけ麺をゴトリと置く。


「はい、やまとん四号、お待ち」


 極太麺が、大きいすり鉢に入れられている。すり鉢の表面には、「四」と漢数字で書かれていた。


「はいつけダレでーす」


 今度は、則子さんが二種類のタレをラーメン鉢の側に。


「これが、塩とんこつでー、こちらがアサリなどの魚介でーす」


 これで七〇〇円なんて、この店は今後やっていけるのだろうか。


 ちなみに、僕のつけ麺は普通サイズだ。五〇〇円なり。僕のつけダレも二種類あるが、湯飲み茶碗に一つずつ入っている。一方、由佳里のタレはどちらも丼サイズだ。


「今日は自信作だよ。めいっぱい召し上がれ」


 つけダレは飲まなくていいらしい。ただし、中の具は食べてほしいという。


「わーありがとーっ! いただきます!」

 手を合わせ、由佳里が怪獣に変身した。


 大食い怪獣は、貪欲に麺をすする。幸せそうに、一口をかみしめる。


「あれ、麺に何もつけないの?」

 最初、由佳里は麺だけすすった。


「麺に味がついてる。めちゃくちゃおいしい!」

 何度もコクコクとうなずきながら、由佳里は麺を頬張る。


 続いて、魚介に麺をつけた。魚のエキスを含んだ麺を、豪快に吸い上げる。


「これ、すっごいおいしい……。底へ行く度に味が濃くなってく……」


 顔をほころばせ、由佳里が饒舌に感想を述べた。映画の感想なんて、「面白かった」とか素っ気なかったのに。


 僕も、普通サイズを味見させてもらう。味は濃いのに口当たりがあっさりしていて、ほっぺたが落ちそうになった。由佳里がやまとんに夢中になるのもわかる。


「アサリの身が濃い! 食べてみて!」

 うれしそうに、由佳里はアサリの身にパクついた。


 そんなにおいしいならと、僕も食べてみる。確かに、深みがあった。他の魚介のエキスを濃縮していて、目が覚めるほどおいしい。


「塩とんこつもおいしいね」


「うん、そうだね」


 あれ、なんか魚介に比べて反応が薄い。塩対応ならぬ塩反応って感じである。


「それにしても、ラーメンじゃなくてつけ麺なんですね」


「ああ。ラーメンだと伸びてしまうから。まだ開発段階なんだ」

 小春おばちゃんの旦那さん、雅彦さんが僕の質問に答えてくれた。


「とはいっても、油断はできない。つけ麺でも麺が乾いてくるからすするのは大変になってくる。それに、ボリュームが引けを取らないからね」


 もやしやメンマ、煮玉子など、他の具も盛り沢山だ。チャーシューは切っていなくて、由佳里はかじりついていた。


「六キロあるよ。成人男性二〇人前かな」


 僕は絶句した。由佳里の小さな体に、それだけの要領はあるだろうか。


 隣の席を見てみると、常連の体育系大学生が四人、やまとん三号を食べていた。向かいの席では家族連れが食べているのは二号だ。大皿のポテトサラダ付き。


 この店で出されるデカ盛りメニューは「山盛りメガトン」略して「やまとん」シリーズと呼ばれている。チャレンジ宣言しなければ、やまとんは多人数で食べて構わない。


「やっぱり、由佳里ちゃんの食べっぷりは惚れ惚れするなぁ」

「マッチョでも、あそこまで食わねえよ」


 大学生のギャラリーたちは、由佳里を不思議な目で見ている。


 だよね。普通は大人数で食べる料理だもの。ファミリー用だ。


「みなさんは、四合は頼まないんですか?」


「やまとんシリーズの採用は、まず由佳里ちゃんが食べてからだから」

 大学生の一人が、そう教えてくれた。


「由佳里ちゃんが満足したら、正式なメニューとしてお店に出るんだよ」

 そんなルールが、やまとん開発にあったなんて。


 麺を冷ましながら、丁寧に口へと運んでいく。


 僕も、水を用意したり時計でペースを確認したり、サポートする。


「ありがとう」


 僕の水を受け取って、由佳里は少量だけ口に含む。また、もやしを咀嚼し始めた。キレていないチャーシューを、手で引きちぎって口へと運ぶ。少しでもアゴの負担を軽くするためだ。


 何でもない仕草なのに、いつの間にかラーメンは、半分以上も胃袋へと消えていた。


 時々、由佳里は食べながら手首を気にする素振りを見せる。


「どうしたの?」

「具も麺も重い」


 極太の重たい麺を揚げたり下げたりしているので、手首が疲れてしまったのだ。大食いをしない僕には、食べるときに手が疲れるなんて想像もつかない。


「ちょっと、煮玉子を」

 由佳里が、煮玉子にシフトした。箸で掴むとまた手首が疲れるからと、串刺しに。



「ん!」



 トロトロの黄身が、箸から出てきた。半熟卵だったのか。



「ほほーう。そいつは当たりだね」

 おばちゃんが、意味深なことを言う。

「固茹での中に一個だけ、半熟を混ぜているんだ。味変になるかな」


「うわーうれしい! ちょっとテンション上がる」


 ニコニコしながら、由佳里は半熟卵を一息で口の中へ。味変もなにもない。その後も、由佳里は煮玉子を箸で刺しては口へ放り込む機械となる。


 厨房の奥が見えた。

 なぜか、多恵さんが祈るように両手を胸の前で組んでいる。

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