プロの貫禄

 またたく間に、ミルクセーキの中身がなくなった。ほんの数分で。その勢いは、まさに海外産掃除機を思わせる。



「ん?」とストローで底をかき分けた後、まにゃにゃは不敵に笑う。

「へえ、味な真似してくれるわね」


 金魚鉢の底から、フルーツの盛り合わせが出てきた。 このやまとんシリーズ、ミルク味のジュースは七割しかない。底には見えないよう、フルーツの盛り合わせ、白いシャーベットが沈んでいた。フルーツが見えないように、である。



「ミルクで飽きているところにちょうどいい酸味がくるってうれしいわね」

 パッションフルーツをかじりながら、まにゃにゃが感想を述べた。


 沈殿していたフルーツもシャーベットも、たやすく平らげる。


「ごちそうさま。おいしかったわ。手を抜いていないわね。ちょっと意外だわ」


 続いて六号である。今度は激熱の担々麺だ。去り際に、則子さんは肩をグルングルンと回す。それくらい重かったんだ。


 ある程度野菜を食べ、まにゃにゃは麺を持ち上げる。もやしの上に、麺を乗せた。


「おお、天地返しだ!」

 ギャラリーから、妙なフレーズが飛ぶ。


「なんですか、その技?」


「麺の上に具材を乗せる技だよ」


 ラーメンの伸びを防ぐため、または麺を冷やすために編み出された技だという。


 由佳里のときは、麺と具を分けるために別の丼を用意してもらったっけ。

 だから、そんな技があるなんて知らなかった。 


 スープの熱さを、まにゃにゃはものともしない。早かった。動きにも、一寸のムダがない。


「さっきあの人、水と同時に氷を口に含んだでしょ? 多分、舌の熱冷ましだと思う」

 由佳里は一瞬で、状況を把握したようだ。

「わかるの?」

「うん。私もやるし」


 辛さにやや苦戦しながらも、まにゃにゃはスープまで飲み干す。



 やまとん六号までが、まにゃにゃによって攻略された。およそ五キロが、まにゃにゃの胃袋に収まった計算になる。


 

 単品ずつなら、それなりの大食いでも立ち向かえるだろう。しかし、まにゃにゃは連続で食べているのだ。これがどれほど恐ろしいことなのか。



 続けざまに、やまとん七号・八号が同時に用意された。鶏の唐揚げとエビフライ、ナポリタンのセットである七号と、塔のように縦長のハンバーガー、八号が。



「ちょ……ねえ、一品ずつ来るんじゃなかったの?」

 さすがに、まにゃにゃも抗議する。


「はあ? これでセットなんだよ。『アタシが作った料理』で一品って計算さ」


 そうなのだ。七号八号は姉妹なのである。僕たちも騙されて、えらい目に遭わされた。由佳里でさえ、「もうハンバーガーは当分見たくない」ってこぼしていたっけ。




 ハンバーガーの隣には、山形に盛られたご飯が盛られている。「白米の島を照らすハンバーガーの灯台」と呼ぶにふさわしい。ライスのてっぺんに、お子様ランチの国旗が立っている。「来るなら来てみろ」と言わんばかりの貫禄だ。


 ミサイルのように、エビフライが白米島を取り囲んでいる。まるで岩の要塞のように、唐揚げが漂流者の行く手を遮っていた。


「へえ、お子様ランチなのね」

 まにゃにゃは、そう形容する。


 これのどこがお子様サイズなのか。ひとクラス分でも食べきれるかどうか。


 それでも、まにゃにゃの敵ではない。スプーンの嵐がみるみる白い山を削る。具の外壁を砕いていく。エビフライのミサイルでも、まにゃにゃの侵攻は止められない。


 ジオラマのように壮大だった要塞は、お菓子のおまけみたいに小さくなっていた。


 とはいえ、さすがに疲れたのだろう。まにゃにゃは深いため息をついた。


「ねえ、あれお願い」

 まにゃにゃが、隣の舜さんに声をかける。


「待ってました」

 何を思ってか、舜さんは醤油を手元の小皿にたらし、一気に飲み干した。



 突如、まにゃにゃがとんでもない行動に出る。



 舜さんと、唇を重ねたのだ。



「あれは、キス変じゃないか!」

 ギャラリーざわめく。


 僕も驚いていた。キス変使いが、僕達の他にもいるなんて。


「何、ビビってんの? キス変なんて、恋人さえいれば誰だって出来るじゃん」


 僕の心を見透かしたかのように、まにゃにゃが冷たく言い放つ。


 恋人である舜さんはと言うと、「あんたら、よくこんなこっぱずかしいの、思いついたな」と、ゴツい身体に似合わず赤面していた。


 しかし、まにゃにゃは息を吹き返す。勢いを取り戻したまにゃにゃは、ハンバーガーの塔を攻め始めた。間に挟まったアボカドもピクルスもトマトも、まにゃにゃによる解体作業の餌食となる。底のフライドポテトすら、彼女を止めるには至らない。


 五分も経たずに、ハンバーガーは見事に削り落とされた。キス変の効果か、由佳里より遥かに速いペースである。


 僕達のレコードは、あっさりと更新されてしまった。これがプロなのか。上には上がいると、まざまざと見せつけられる。


 最後の一口を、まにゃにゃがすくう。


 その拍子にパタンと国旗が倒れ、七号は陥落した。




 由佳里がやまとん七号を完食した時間は、十分ジャスト。

 一方、まにゃにゃは九分台で攻略した。

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