意地と意地
「丸鶏を、丸ごと油でじっくり、カラッと揚げた特製唐揚げだよ!」
これぞデカ盛り名物、「隠し味」だ。たいていデカ盛りは、攻略しづらいように隠し玉として別メニューを混ぜ込んでいる。もちろん、チャレンジャーには事前に知らせていない。
店側の思惑は、「ずっと同じ味で飽きるだろう」という配慮型と、「完全なトラップ」型の二種類がある。おばちゃんの場合はなんだろう?
余計なサービスを、なんてタイミングでカラッとやってくれているのか!
さらに、それだけではない。
「ポン」という音がして、お腹からゆで卵が出てきた。卵まで生んだぞ、この鶏さんは。
「そいつは、あたしら夫婦からのサービスだよ」
「うまくやりなよ、由佳里ちゃん」
小春おばちゃんが、雅彦さんと肩を寄せ合う。よく見ると、二人は同じ指輪をしていた。
「うれしい、おばちゃん、ありがとーっ!」
強敵を前にしても、由佳里は意に介さない。唐揚げにかぶりつく。
「鳥の胴体に見立ててたんだけど、米の重さで潰れちゃったっぽいね!」
「改良が必要だね、こはるちゃん」
と、秋山夫妻は笑う。
「おいしい、サクサクしてる!」
大口を開けて、由佳里は唐揚げを満喫する。オムライスと一緒に食らいついた。
ジャスト半分、一五分にして、唐揚げを攻略する。
しかし、この辺りから由佳里の口数が減った。
二〇分経過。いつの間にか、やまとんは四分の一まで小さくなっている。
しかし、由佳里のスプーンが止まった。
もう限界……。
苦しむ彼女を尻目に、小さくなったオムライスは、未だ圧倒的な存在感を見せ付けていた。
「あんた! 見てやっておくれ!」と、小春オバちゃんが怒鳴る。
さっき、由佳里の解説をしてくれた雅彦店員が飛んできた。
雅彦店員は由佳里の顔を覗き込む。
「いけるか?」と問われ、由佳里は小さくガッツポーズを取った。
「ラスト一〇分! いけるよ、由佳里ちゃん!」
「鶏からはなくなったんだ! あともう少し!」
ギャラリーが、しきりに声援を送る。
しかし、由佳里が見つめているのは、ただ見ているしかない僕。
「唐揚げを平らげたから、苦しいんだ」
雅彦さんが、解説をした。
「以前ね、TVでフードファイターが三・五キロの天丼を食べたんだ。でも失敗した。なぜだと思う?」
「油のせい、でしょうか」
油の回った料理は、容赦なく由佳里の胃を体内で攻め続けているのだ。
「それもある。でもね、一番きついのは、アゴなんだ」
「アゴ……そうか、噛まないといけないから」
唐揚げや天ぷらなどを食べるには、硬い衣も攻略しないといけない。
「口を開けるのも大変だと思うよ。今の由佳里ちゃんは」
なんせ、カラッとした唐揚げである。容赦なく口内の水分を奪い、パリッとした衣はゆかりのアゴを攻め立てた。そこに、未だ大量の飯を食べなくてはならない。
「だから、ウチはソフトオムライスにしてあるんだ。いくらケチャップでベトベトだっていっても、流し込みやすいからね」
卵かけご飯の要領だ。やはり、この店は「最後まで美味しく食べてほしい」と配慮してあるのだろう。
お店側にも戦略があるなんて、大食いって奥が深いんだな。
ボクはただ、なんとなく「いっぱい食べる人ってすごい」って思っていた。
けど違うんだ。これはある種のスポーツとも言えた。
最後まで美味しく食べる人と、最後まで美味しく食べてもらう店との、真剣勝負なんだ。
「でも酷使したアゴに、胃に溜まった油のダブルパンチ、どう切り抜ける? 由佳里ちゃん」
雅彦さんの言葉には、どこかで由佳里を応援している雰囲気があった。明らかに敵側だというのに。「どうか食べきってほしい」と。
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