はじめての……
僕と由佳里の目が合う。
由佳里が僕を見て、笑った……。
なんで、笑うんだよ。苦しいんだろ?
もう充分じゃないか。君が凄いのはよくわかった。後は、僕が食べるよ。
僕は、カレースプーンを、やまとん三号に刺そうとした。
「だめ……」
由佳里が、僕の手を止めた。手の震えが、僕にも伝わってくる。
「お兄さん、手伝っちゃだめだよ」
雅彦さんが、僕に話しかけた。
小春オバちゃんが、壁の注意書きを指差す。
「単独挑戦を希望する場合のルール。誰かが手伝ったら五千円。残しても同額。リバースは二万」
と、大きく書かれている。
「前にリバースしちゃった無謀な挑戦者が居てね。ペナルティを設けたんだ」と、雅彦さんは教えてくれた。
そんなの構いやしないさ。きょうはいつもより多く持っているから、財布の中身には心配ない。
それでも、由佳里は僕の手首を掴んで放さなかった。
「どうしてですか! もういいじゃないですか!」
「よくない。なぜこの娘が、君をここに連れてきたかわかるかい?」
「それは、自分がどんな人間か、僕に知ってもらうためでしょ? それはもう、充分わかりましたよ……」
「違う。嬉しかったからだよ」
雅彦さんの言葉を、小春おばちゃんが引き継ぐ。
「こんな大喰らいな女なんて、誰も声をかけちゃくれない。でも、あんたはそうじゃないだろ? 誘われた帰り、この娘は嬉しいって泣きながら、やまとん二号を二杯も平らげたんだよ」
「泣きながら? 二杯も!?」
それだけ、うれしかったんだ。
「そう。確かに女性の大食いは、交際相手に反対されてしまい、引退してしまう人がいる。でも君は違う。その証拠に、君は彼女が大食いだと知っても、はしたない女性だなんて思ってないだろ?」
雅彦さんの問に、僕は「はい」と力強く答えた。
そうだよ。僕は由佳里の全てを受け入れている。大食いでも気にしない。僕は由佳里が好きだ。大好きだ。
でも、手は出せない。僕は、何もいい手が浮かばず、ただ時計を見つめる。
残り時間は、後二分。どうすればいい? 僕は……。
「危ない!」
由佳里が叫んだ時にはもう遅く、僕は力が抜ける。
気がつくと、カレーの皿を傾けていた。
幸い食べきっていたので、カレー自体はこぼれていない。けど、買ってきたばかりの服にカレーが少しついてしまった。
せっかく今日のために新調した一張羅が台無しに。まだ、デートはこれからだというのに……。
待てよ? 僕は、手にカレーを持っている。
今日は二人の初デート。記念すべき日。
デート……、味変……、そうだ!
「由佳里、目をつむってくれないか?」
僕がそう言うと、由佳里はそっと、まぶたを閉じた。
彼女が目を閉じたのを確認し、僕はカレーを口に含んだ。
「由佳里……、ごめんっ!」
最大級の勇気を振り絞る。僕は無理矢理、由佳里の唇を奪った。
由佳里の手から、スプーンがこぼれ落ちた。
お願いだ、僕のカレー、由佳里の口いっぱいに、広がっていけ!
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