即興タルタルソース 対 カレールー

 僕も何事かと振り返った。

 舜さんが、カロリー半分のマヨネーズとパセリを少し口に含んでいた。パセリの苦味が利いたのか、舜さんが渋い顔をする。


 マヨネーズを直接相手に含ませればいいのにと思った。


 が、今度はコンソメスープをすすっている。コロコロと口の中で混ぜ合わせ、まにゃにゃへ口移しで提供した。


 由佳里が不思議そうな顔をしている。


 僕には、彼のしている事がわかった。


「あれは……タルタルソースだ!」


 舜さんは、タルタルソースを口の中で作ったんだ。お椀で作らなかったのは、マヨネーズでスープが濁ってしまうからだ。さすが歴戦を戦い抜いただけはある。即興であんな技を思いつくなんて。


 ド素人の僕に、あんな大胆な発想はできない。


 でも、僕だって負けはしない!


「じゃあ、あれいくよ」と、由佳里に合図を送った。


 うん、と由佳里が頷く。


 僕は、鞄からレトルトパウチを取り出して、封を開けた。


 伝家の宝刀、カレーだ。


 由佳里はかつて二号、つまり巨大カレーライスを二杯食べている。オムライスを攻略したときも、僕はカレーを利用し、由佳里は勝っている。かつての戦歴を調べた結果、由佳里はカレーが好きなんだと、僕は分析した。由佳里の意見も同じだ。


 カレーのパウチから、ルーだけをスプーンですくう。僕はルーを口へ入れてから、由佳里の口へカレーを注ぎ込む。


 由佳里の口内は今、カレーコロッケ味になっているはずだ。


 そっちが技術で挑むなら、僕達は絆で戦い抜く。


 僕の読みは当たり、リードは一皿分となっていた。


「それより由佳里は、苦しくない?」


「平気。でも、次からはちゃんと味わって食べたいな」

 特訓の成果か、由佳里に疲労の色はない。


 何分経過しただろう。随分と遠くに見えていたまにゃにゃチームだったが、もう目の前まで迫っている。


「もおーっ! キャベツが間に合わないよぉ!」


 キャベツ千切り班の多恵さんが、腕を素早く動かしながら悲鳴を上げた。


「もう何玉切ればいいの!?」


 多恵さんが、が涙眼で抗議する。


「キャベツってよぉ、意外と味変においては重要な素材になるんだよ。な?」

「う、うん。苦味で舌が中和されるんだよね」


 キャベツは、舌を洗ってくれる最強の素材だ。


「そりゃわかるよ? わかるけどさあ! 散々キャベツを木っ端みじん切りにしてるアタシの身にもなってよね!」


 多恵さんに包丁を突き出され、僕達は退散する。


「もし腱鞘炎になったら、あのババア、訴えてやるんだから!」

「誰がババアだい!」


 すかさず、メガホンを持ったオバちゃんが多恵さんを睨み付けた。


「多恵! 今度ムダ口叩いたらクビにするよ!」


「ひいっ、ごめんなさい!」

 多恵さんが縮み上がる。


 思うに、由佳里とまにゃにゃ、二人にとっては、キャベツさえ勝負の対象なのかも知れない。


 意地と意地のぶつかり合い。これが大食い同士の戦いなのか。


 しかし、リードは縮まらない。むしろ、まにゃにゃはスパートをかけ、由佳里を引き離そうとする。


 ギャラリーも固唾を飲んで見守っていた。


 会場には、二人の咀嚼音だけが鳴り響く。


 まにゃにゃのペースが落ちてきた。




 舜さんの唇が触れた途端――。




「ちょっと! 舜きゅん、どういう事!?」

 突然、まにゃにゃが舜さんを突き飛ばした。


 あれだけ息の合っていたコンビが、なぜか言い争っている。


 何が起こったというのか。


「チャンスだ、由佳里。ペース上げる?」


 由佳里が頷いたので、唇を近づける。


 おそらく、勝敗は近い。キス変の終わりも近づいてきた。


 突然。由佳里が、唇を放した。


「ど、どうしたの!?」




 困惑した表情で、由佳里が唇に指を当てる。

「美佐男くんの口の中、私と同じ味になってる……」





 僕は自分の口元に手を当てた。コロッケは食べていないはずなのに。


 そうか。ずっとキス変を繰り返してきたから、僕の舌がコロッケ味になってしまったのか。舌に絡みついたジャガイモのせいだろう。


 違和感の正体は、これだったんだ……。


 おそらくまにゃにゃカップルにも、同じ現象が起こったに違いない。その証拠に、ペースが明らかに落ちていた。


「あのー、どうされましたぁ?」


 異常事態を察知して、ドクターの則子が、慌てて僕達の元へ駆け寄る。


「大丈夫です。何でもありません」

 由佳里は則子さんの動きを制した。


 僕も由佳里が良いというので、則子さんには引き下がってもらう。


 則子さんが、今度はまにゃにゃ側へと向かった。しかし、問題なしと相手が申し出たので、おとなしくスープ担当へと戻っていく。


 とはいえ、これでは味変の意味がない。僕は慌てて水を飲もうとした。一旦、舌の味をリセットしないと――。

 

 しかし、由佳里は構う事なく、再び唇を重ねてきた。


 唇が重なる間、由佳里の細い指が、僕の手に絡みついてくる。


 コップを置いて、僕も優しく握り返した。





「これがいいの。好きな人と味を共有できたって思えて、とっても嬉しい」




「嬉しいって、どういう事?」






「なんか、一緒に戦ってるって実感できるよ。私は一人じゃないんだなぁ、って」

 潤んだ瞳で、僕を見つめる。

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