由佳里、覚醒

 僕はしばらく考えて、言葉を探す。

「舜さんがいいって言うなら構わないけど。本当にいいの? だってプライドが」


「そんなもん、絆に比べたら大したもんじゃない。俺達の心がバラバラになる方がよっぽどツラいさ」

 舜さんは、爽やかな笑顔を見せた。


「それにしてもあんたらスゲーな。真奈が我を忘れるのも無理ない。また勝負してくれよ。つっても、勝負の為に食ってる訳じゃないか」


 確かにそうだ。でもこの二人との戦いは、楽しいと感じた。


「またやろうぜ」

 そう言って、舜さんは去ろうとする。






「いや、勝負はついてないから」

 僕たちの決着に待ったをかけたのは、知佳さんだった。





「カッコつけてるけど、まだ何も終わってない。勝負は、これからよ」

 知佳さんは、由佳里の元へ。


「まだ、闘志は燃え尽きてなさそうだね」

 知佳さんの問いに、由佳里は頷く。


「うん。まだ戦える」

「でもさ、カレシの前でいいカッコしたのは、まずかった、ね!」


 胸ぐらを引っ張った。掴み上げる形ではなく、ずり下ろす感じで。


「おわ、お姉さん! いくら負けたからって、へ?」

 ボトボトっと、由佳里の足元に何かが落ちた。これは? 



「え、パッド?」



 そっか。由佳里は、おっぱいを大きく見せていたんだ。僕が感じていた違和感は、胸の大きさだったのか。



「胸を締め付けていたから、本来の八割くらいしか発揮できなかったんだね。これじゃあ、あの子にも負けるって」



 敗因を知佳さんに指摘され、由佳里は黙り込んだ。


「なんで、こんなことをしたの?」



 知佳さんから質問され、由佳里はモジモジする。




「だって、美佐男くんが、おっぱい大きい子が好きかなって、思って」

 恥ずかしげに、由佳里は返答した。


 そんなことで悩んでいたなんて。



「ではカレシくんに、お言葉をちょうだい致しましょ」



 急に話を振られ、僕はたじろいだ。でも、いうべきことはわかっている。




「あのね、僕は体型なんて気にしないから。そのままの由佳里が大好きだ」



「ありがとう、美佐男くん」



 再戦の準備をする僕たちを、知佳さんが止めた。



「由佳里、叩き潰してきなさい!」

 物騒な知佳さんのエールに、由佳里はガッツポーズで応える。



 エキシビションマッチとなった。


 客に振る舞うはずだったコロッケで再戦することに。その数二〇皿。


 より多く食べたほうが勝ち。


 だが、勝負はすでに見えている。

 由佳里は、まにゃにゃのリードをあっさりと覆していた。それどころか、いつ追い抜いたのかすらわからない。



「なによ、なによそのスピード!」


 まにゃにゃが、信じられないものを見る目で、由佳里の追い上げを眺めている。

 とはいえ、まにゃにゃもプロだ。すぐに追いつく。


 戦略もなにもない、意地と意地のぶつかり合いとなった。

 その光景は、怪獣二匹の戦いの凄まじさを物語っている。


 互いに一歩も譲らず、勝負は残り一皿までもつれ込んだ。


 後一口。これになかなか手が出ない。さすがに両者共、疲弊しているようだ。



 けれど。


「おばちゃん、そのキャベツもらいます!」


 僕は、小春おばちゃんの許可をもらって、多恵さんからキャベツをもらう。


「切ろうか?」

「このままでOKです!」



 僕は、丸ごとのキャベツにかじりつく。

 


「しまった!」

 舜さんが、僕の狙いに気づいたらしい。


 でも、もう遅かった。


『舌を洗ってくれる』キャベツという最強の味変を用いて、僕も息を吹き返したのだ。


 まにゃにゃを追い上げるなら、あと一口分でいい。 

 


「由佳里、仕上げだ」

「うん、いただきます!」



 僕たちはキスをして、由佳里が最後のコロッケを一息で口へ。



「勝負あり! この対戦、小柳由佳里選手の勝利です!」



 ラスト一皿差を追いつき、最後は追いついた。

 紙一重で掴んだ勝利だ。



「ナイスファイト、由佳里ちゃん」

「いえ、お二人も強かったです」


 汗をかきながら、由佳里はまにゃにゃチームを称える。


「中森くんも、がんばったね」

「ありがとうございます、舜さん」


 僕たちは握手を交わした。


「そうだ。俺達と友達になってくれよ」

 舜さんが、スマホを用意する。


「お互い腕を磨き合うには丁度良いと思うんだが? 食堂こはるにも食いに行きたいしな。次は負けねえぜ」


 思わぬ申し出に、僕たちはとまどう。


「ちょっ、何言って……」

「お前も友達欲しいっつってたろ? 周りが年上ばっかで心細いって。しかも対戦相手だから、打ち解けようにも出来ないってボヤいてんじゃん」


「よ、余計な事言わないでよ! バカッ!」

 まにゃにゃが顔を真っ赤にして怒鳴った。口では否定しつつも、由佳里を横目でチラチラと見ている。


「そういう訳だ。あんたらに会えて良かったよ。あんたらのおかげで、こいつはいいもん学んだと思うし」


 スマホを振って、僕たちはアドレスを交換する。


「私も楽しかった。今度は勝負抜きで、一緒に食べ歩きしよう」

 由佳里が手を差し出す。


 まにゃにゃは躊躇した後、一瞬だけ手の平を重ねて振り解いた。


「この次は、負けないんだからねっ」

 ほんの一瞬だけ、まにゃにゃがニッと微笑んだ。


 由佳里も笑顔で返した。


 舜さんの腕を取り、まにゃにゃがスタスタと去っていった。


「素直じゃねーな。じゃ、またいつか会おうぜ」

 腕を引っ張られながら、舜さんも後に続く。


 二人の姿が見えなくなった後、すぐさま僕のケータイが鳴った。早速舜さんからメールだ。


 舜さんとは違う電話番号と、アドレスが添付されている。

 文面も、女の子が描いたように軽い。




『これ、あたしのアドレス。あの娘に教えなさいよね。 MANA』



 自分で教えればいいのに、と僕は苦笑した。

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