特訓と情報収集

 翌日から、僕達は放課後、食堂こはるに通い詰める事にした。

 まずは地力を付けようというのが、僕達の作戦だ。


 学校では、由佳里は授業で優秀な成績をキープして、生徒会書記の仕事もバッチリこなす。まにゃにゃと戦うプレッシャーすら、おくびにも出さない。


 黒板にスラスラと解答を記入している少女が、近々プロと戦う大食いだなんて、生徒の誰も思ってもいないはずだ。


 放課後は、食堂こはるに寄って情報収集とトレーニング。


 由佳里は今、まにゃにゃがこなした「やまとんシリーズ総攻略」に挑戦している。


 その間に、女子高生店員たちが僕に色々と話してくれた。


 こはるの店員は、オバちゃんを除いては、全員ちまたの噂好きな女子高生。だから、どんなデータも勝手に教えてくれる。


 まず、生徒会長の則子さんが、まにゃにゃの行動を教えてくれた。


「まにゃにゃたんは、あれから数々のデカ盛りメニューに挑戦しては、店のレコードを塗り替えているんですってー」


 どの店も、五分以上はレコードを更新しているらしい。素人が相手なのに、妙にやる気を出しているそうだ。


 動画サイトで、毎回その模様をレポートしている。


 つまり、まにゃにゃは更に手強くなっているというわけだ。


 続いて、多恵さんが情報を提供する。


「荻尾舜とまにゃにゃは、もともとTV番組で知り合ったんだって」


 番組の出演者とバイトスタッフの間柄だったという。



「試合に一皿差で負けてまにゃにゃが泣いているのを、荻尾舜さんがずっと慰めたのが、馴れ初めなんですってー」

 則子さんがそう教えてくれた。


「その場面には、僕も心当たりがあります」


 以前、由佳里の部屋で見たビデオの中に、真奈が敗戦した映像があったのを思い出す。顔を腫らして号泣しているシーンだった。


 番組の構成作家として正社員になり、酒も飲まないので安心して運転を任せられるところも、ポイントが高かったらしい。


「そ、そうですか」

 それをどうやって対戦に活かせというのだろう。


 黙々と箸を動かす由佳里に至っては、聞いてすらいない雰囲気だ。


「ああーっ! どうでもいい情報だと思ってるだろ! 甘い、甘いぞ少年!」

 僕の図星をついて、多恵さんが腰に手を当てた。


「我々は君に有利な情報を提供しているつもりだ! 相手の感情を揺さぶるのも、勝負師としての立派な戦略だ! 活かすかどうかは少年達次第! 決して少年達がうらやましいから、恋人を作るきっかけを探していたわけではないぞ!」


「堂々と熱弁してるけど、本音が口から漏れてますよ、多恵さん」


 大げさに、多恵さんが肩をすくめた。

「だからぁ、あんたもゆかりんのためになるようなポイントを稼げっての」


「で、ですよね! 免許はまだ無理だけど」

「バイク免許とかいらないですよー。余計に危ないからー」

「だな。取るなら車がいい」


 二人の趣向なんて、どうでもいいんだけどな。


「とにかく、まにゃにゃたんと舜さんの絆がどういうものか分かれば、キス変のタイミングとか、相手のコンビネーションがどんなものか、あなたならわかるはずですよー」

 則子さんも、そんなアドバイスをくれた。


 僕はこの間、由佳里のお姉さんである知佳さんに指摘されたばかりだ。物は考えようなんだな、と僕は思った。


「ただ、あの子はカメラの前だと、キス変はしませんのー」

「そうなんですか?」


 撮影は、プロである舜さんがしているだろうと分かった。しかし、キス変までは要求していない。


「どうしてでしょう?」

「するまでもない、というならウソですねー。味変はしてるからー。でもねー」


 則子さんは、言いづらそうにしている。


「教えてください。何を企んでいそうなのか」

「素人の考案した味変は、参考にしたくないのかも知れませーん。あるいは、対戦で自分たちがオリジナルだと主張し始めるかー」

「特に気にしていないのにな。僕は」


 キス変が僕のオリジナルだって主張するつもりはない。由佳里が強いのは僕だけ知っていればいい。ただ、まにゃにゃに負けるのが悔しいだけだ。


「ごちそうさま……」

 由佳里は、まにゃにゃが出したレコードを、わずかに数秒ほど更新した。大食いは、記録を追ったり追い越したりの連続である。陸上競技みたいだなと思った。


 やはり、由佳里のポテンシャルは高いんだ。しかし、考えていたよりハードなのだろう。息が荒かった。


 僕の方も、キス変のし過ぎなのか、舌がピリピリしている。

 

 小春オバちゃんも、心配そうな顔をした。


 それにしても凄い。由佳里がどんどん遠くに行ってしまいそうだ。


 僕は、不安を感じた。


「あの、オバちゃん、僕にも、やまとんを作ってくれませんか?」

 無理を承知でお願いしてみた。


 由佳里が僕の腕を取って首を振る。


「どういう風の吹き回しだい? あたいの味は、デカ盛りじゃなくても変わらないように作ってあるはずだよ?」

 カウンターに肘を突くオバちゃんの眼が鋭くなった。


「ええ、実は……」

 僕は素直に事情を説明する。特に由佳里が今置かれている状況を、丁寧に。



 自分も大食いメニューを食べてみれば、何か攻略法が掴めるかも知れない。少しは由佳里の助けになるのではないか、と考えての事だ。


 オバちゃんは落胆の顔をして、首を振った。

「あいにく、ひやかしで作るやまとんはないね。出直して来な」


 やはり断わられる。


 いくら由佳里と交際するためとはいえ、オバちゃんには関係ない。


「店を汚すことになったら、やっぱりいけませんよね」


「そういう事じゃないんだよ。あんた、なんであたいがデカ盛りを作り続けているか、知ってるかい?」


 僕がわからないと答えると、オバちゃんはやまとんの意味を教えてくれた。


 世の中にはお金がなくて、満足に食べられない人もいる。

 国民が飢えてる国だってたくさんあるだろう。

 自分はそんな人達が少しでも腹一杯になってくれたらと思って、デカ盛りを作っているのだ、とオバちゃんは語った。


「だから、食えないなら始めから挑戦するな、って意味なんだよ」

「デカ盛りには、大事な意味があったんですね」

「そうさ。だから、安易に挑戦するもんじゃないんだよ」


「はい……」



 落ち込む僕の肩を、オバちゃんが力強く叩く。


「そんな落ち込みなさんなって。由佳里ちゃんだってさ、あんたも大食いになって欲しいなんて思っちゃいないさ。そうだろ、由佳里ちゃん?」


 水を口に含み、由佳里もおばちゃんの言葉に頷いた。


「確かに努力は大事さ。でもアンタの場合は無謀って言うんだ。由佳里ちゃんの事を思うんなら、もっと、違うことを考えてあげるべきじゃないのかい?」


 由佳里の為になる事。それは一体、どうする事なんだろう。


「僕は、どうすれば……」


「そんな事は自分で考えな。けど焦っちゃダメだ。あんたが本当に由佳里ちゃんの事が好きなら、いつかきっと何か掴めるさ」

 小春オバちゃんはそう言うが、果たしてそうだろうか。


「由佳里ちゃん、緊張してるのかい?」


 確かにこの頃、由佳里はなんだかそわそわしているように思える。武者震いならいいけど、変に気負いしてはいないだろうか。


「はい。なんかもうドキドキしちゃって」



「お客さんなんてさ、カボチャかジャガイモだと思えばいいよ」

 なんとか由佳里を落ち着かせようと、僕はそう助言した。




 しかし、僕の発言の後、オバちゃんが急に真剣な顔になる。




「待てよ。ジャガイモか……そうか、ジャガイモだ」

 ブツブツ何か呟いた後、オバちゃんがエプロンを正す。


「でかしたよ、あんた。勝負メニューが決まったよ」


 それを聞いて、僕の胸が引き締まる。




「勝負は一週間後。舞台は近所の緑地公園。相手さんにもすぐに連絡しくとから」



「で、メニューは?」





「それは、一週間後のお楽しみ」

 オバちゃんが、不敵な笑みを浮かべた。

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