おうちでデート

 由佳里の家に向かう当日、僕は和菓子店の咲屋で、名物『ワニまんじゅう』を買った。ご家族が甘党だと聞いたからだ。


 待ち合わせ場所には既に由佳里が立っていた。


「うわぁ、咲屋のワニまんじゅうだぁ。ウチの家族コレ好きなんだよ? 知ってて買ってきたの?」

 由佳里が飛び跳ねて喜んだ。


「いや、違うけど」

「ホントに? やっぱりわかるのかな? 恋人同士だと」


 そう言われて、僕の頬が桜色に染まった。


「ついてきて」と、由佳里が手を差し出す。


 僕達は自然と手を繋いでいた。




 十分後、由佳里の家の前に着く。思っていたより大きい。


「今日、家に誰もいないから、遠慮しないでね」


 由佳里は、余計緊張する言葉を放った。


 玄関に入ると、金魚鉢に目がいった。どこかで見た事があるんだけど。


「これ? 五号だよ。形が気に入ってたから、貰ってきたの」


 ああ、あのラーメン鉢か。どうりで見た気がしていた。


 他にも、三号の皿は、玄関脇にある家族写真の額縁になっていた。


 驚く間もなく、由佳里の部屋へ通される。


「お茶入れてくるね」と、由佳里が退室した。


 コタツに入ってくつろごうにも、なかなか落ち着けずそわそわする。


 淡い水色の壁紙。ベッド脇に置かれたぬいぐるみ。キレイに片付けられていて、落ち着いた部屋である。大食いを連想させる物なんてどこにもない。普通の女性の部屋に見える。


 おぼんを持って、由佳里が戻ってきた。


「さ、おまんじゅう食べようよ」


 食べ物の話題から入るのは、いつもの由佳里らしくて好きだ。


 僕達は二人で、まんじゅうを食べながらお茶をすする。


 なかなか会話を切り出せない。まんじゅうが喉に詰まっているわけでもないのに。


「ビ、ビデオ見よっか」

 僕が切り出すと、由佳里はうんうんと頷いた。


 ノートPCで、動画サイトを立ち上げる。まにゃにゃの試合風景を撮影したTV番組だ。


 内容は、制限時間内にキュウリを何本食べられるかといった対決。まにゃにゃの前に、次々と皿が積まれていく。


「強いね、この人」


 当時まだ中学生だったまにゃにゃ。しかし、その頃から充分な実力を兼ね備えていた。強豪相手の苦戦を制して、その力はより培われているはずだ。戦いの勘も相当な物だろう。


 多分まにゃにゃは、由佳里をぬるま湯につかっている軟弱物と判断して、あんなキツい態度を取ったんだ。


 由佳里は真奈の試合を、食い入るように見つめている。時々一時停止して、何か突破口がないか探している様子だ。


「弱点らしい弱点が見つからない。昔は嫌いな物があったらしいけど、次の大会でちゃんと克服している所がエライよ」


 相手を由佳里が褒める。余裕はあるみたいだ。


「由佳里、本当に勝負、受けるの?」


「うん。受ける」

 まんじゅうに手を付けながら、由佳里は話す。


 十二個入りが、数分で残り三個になっていた。

 ご家族の分、残るだろうか。


「じゃあ、特訓とかした方がいいのかな?」

「そうだね、しよっか」


 意見を言ってからハッとなる。特訓するという事は、由佳里と衆人環視の中でキスしっぱなしという事になる。そんな恥ずかしい事に僕は、由佳里は耐えられるだろうか。


「だとしたら、キスしっぱなしになるね」


 さっき思っていた事をすかさず由佳里も言ったので、心臓が爆発しそうになった。


 ワニまんじゅうの件といい、こういうのを「シンクロ」っていうんだっけ。


「……あのね」


 由佳里がまんじゅうを食べる手を止めて、切り出した。


「私さ、普通の女の人と違ってこんなでしょ? 付き合ってて辛くない?」

「そんな、辛くなんかないよ」

「だって、舜さん毎回、真奈さんの食事代出してるみたいだし。私も君に奢ってもらってばっかりで、ごめんなさい。ちゃんと、自分の払う分は用意してるんだけど……」


 舜の言葉を引きずっているのか。


「お金なんて問題じゃないよ。安い所を選んでくれているし。もっと高い所でも平気なんだよ」

「でも、あれだけ食べてるのに、ちっとも胸に栄養行かないし……」


 まにゃにゃに言われた事を、由佳里はまだ気にしているようだ。


「僕はどっちでもいいよ。だから気にしてないって。どうしてそんな事聞くの?」

「だって、私のワガママで、君をくだらない対決に巻き込んじゃって。もし迷惑だったら、やめても」


 いつになく、由佳里がナーバスになっている。やはりプレッシャーを感じているのだろうか。


「迷惑だなんて。僕は由佳里の事、大好きだよ。心配しないで」


「ホント?」

 由佳里の眼差しで、僕の心が射貫かれそうになる。


 違うか、とっくに僕は由佳里の虜になってるんだ。


「ホントだよ」


「ありがとう。ちゃんと話して良かった。なんか安心したらお腹空いちゃった」


 と、家族の分までまんじゅうを開けようとした。


「由佳里、それ、ご家族の分だよ」


 と、言っても、由佳里の手が止まらない。


「ダメだって……あっ!」


 僕は思わず、由佳里を押し倒してしまった。


 僕達の身体が、完全に密着した。


 由佳里の鼓動が、僕の胸を叩く。


 離れないと、って頭ではわかって鋳るのに、なぜか身動きが取れない。



――キス以上なんて、した事ないクセに。



 まにゃにゃの放った言葉が、頭をよぎる。

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