四号(仮)、不採用!

「ねえ由佳里、これどうかな?」


 僕は、ステンレスの水筒に手を伸ばす。


「追い鶏ガラスープだって。あの、どうやって食べるんですか?」

「タレが減った丼に流し込むんだ」


 おばちゃんがそう説明してくれた。


 目を輝かせつつ、由佳里がためらう。なお、口に大量の麺が入っているため、話せない。


「僕が試してみようか?」

 うんうんと、由佳里はうなずいた。


「いただきまーす」

 僕は、塩とんこつの鶏ガラスープを湯呑みへ。


「おいしい! ラーメンだ」

 少量付けても濃いタレが薄まり、ラーメンレベルの濃度になった。いわゆる『そばつゆ』の効果かな。


 しかし、これを由佳里にすすめていいものか。


 味が変わる上に、流し込みやすくなる。しかし、ただでさえ由佳里は水を利用していない。早食いタイプなら多少のリスクを承知で挑める技でも、ゆかりのキャパでは難しい。


「ねえ、美佐男くん。どんな味か食べてみたい」

「はい、どうぞ」


 スープの入った水筒を、僕は由佳里に差し出す。


「ううん、違くて」

 チャーシューを一口食べ、由佳里がキスをせがむ。


 僕はギャラリーを気にしながら唇を近づけていく。自分で編み出しておいて、照れくさくでしょうがない。


「んーん……」

 濃厚なキス。僕はもう夢中になっていた。


「ありがと」

 唇が離れると、由佳里はペースを一気に上げていく。


 みるみる、麺が減っていった。あと一息だ。



 ようやく鉢の底が見え始める。ものすごい

 ラストスパートをかけて、由佳里は麺を平らげていく。


「ぷはぁ! ごちそうさま!」

 両手をパンと叩いて、由佳里は完食した。


「ゆかりん、あたしの料理、どうだった?」

 堰を切ったとでもいうべきか、多恵さんが由佳里に感想を聞いてくる。


「これ、多恵さんが考えたんですか?」


 てっきり、僕はいつもの小春おばちゃんが作ったものだとばかり。


「そうなんだ。あたしがどれだけやれるか、テストしてもらっているんだ」


 もしこれが合格なら、正式な四号に任命されるらしい。

 自信はあるが、客観的な意見がほしいという。


「マズかったらどうしようって、怯えてた」

「最高でした。大食いに配慮した味付け、それでいて容赦のないトッピング、楽しかったです」


「ありがとうゆかりん」

 両手で握手をしながら、多恵さんが由佳里の手をブンブンと振った。




 一方で、由佳里は少々困惑顔である。どうしたんだろう。




「でも不合格だよ」




 さっきまで笑顔だった多恵さんの表情が、小春おばちゃんの言葉で曇る。



「自分でタイムを見てみな」

 ストップウォッチを、多恵さんの前に見せた。



「一二分。すごいな」


 由佳里はこの麺を、たった一二分で完食してしまっていたのか。


「ちょっと、イージー過ぎたね」



 勝負になっていない。そういうことだろう。



「由佳里ちゃん、食った側の感想を言ってやりな」

 おばちゃんが、由佳里に意見するよう促す。


「多恵さん。最後のほうが麺ばかりで辛かったです」


 言われてみれば、由佳里は終始、手首を気にしていた。麺を持ち上げては吸うという、同じ作業の繰り返しになってしまっていたからだろう。


「もっと野菜とかあったらと思いました。噛みごたえがあって辛い分、味も変わって楽になるかなと。あと、野菜を先に食べておくと、麺の重さが胃の中で緩和されるんです」


 話を聞きながら、多恵さんは暗い顔になっていく。


「でも、スープは完璧でした。さすが和食の店に産まれただけあるなと。ただ、やっぱり魚介と鶏ガラスープが微妙に噛み合ってません。キス変した時、味が崩れていました」


 由佳里が追い鶏ガラスープに手を出そうとしなかったのは、元の魚介スープが美味しすぎたからか。そういうケースもあるんだなぁ。


「最後に、塩とんこつよりは、しょう油とんこつだった方が、味に変化が出てよかったなって。単体だとすごく美味しいんですけど……」

「忌憚なき意見をありがとう、ゆかりん」

「ごめんなさい! おいしかったのは本当で」

「いいんだ。本当にありがとう」



 二人の会話に、小春おばちゃんが割って入る。

「あんたさ、負けることを前提に作っていないか?」



「そんな! 『ただ難易度を上げるだけが、やまとんじゃない』って教えを守っただけで」

 

 多恵さんは猛抗議するが、小春おばちゃんは首を振る。

 

「だからって、最初から負けを意識している料理じゃ、かえって由佳里ちゃんに失礼だ」

「負ける料理を作ったつもりは」



「でも、あんたは由佳里ちゃんを追い詰めることができなかった」



 食べてほしいのに、食べきってほしくない世界があるなんて。このジレンマを、多恵さんはどう克服すればよかったんだろう。


「デカ盛りってのは、安くておいしい料理を出すだけじゃない。客との真剣勝負でもあるんだ」


 だから、不味くてはいけない。

 残したいけど残させないと思わせる。

 満足させつつ、追い込む必要もあるのだ。


「完食した後も、また挑戦したいと感じさせて客を離さない。それがデカ盛りってもんだ」

 おばちゃんは、多恵さんに独自の理論を語る。


「あんたにゃ、まだやまとんを継ぐのは早いよ」


「もう一度チャンスが欲しい! 今度は、きっと最後まで大変で、最後までウマいやまとんを作り上げてみせらあ!」


 おばちゃんはため息をつく。選択権を、由佳里に委ねた。


「どうしてほしいかは、食べるあんたが決めな。耐えの腕を信用できないなら、アタシが今後も作るよ。でも、多恵を信じてくれるなら」


「私からも、お願いします。多恵さんの料理にチャレンジさせて」


 小春おばちゃんは微笑む。まるで、最初からこうなるって分かっていたみたいに。


「来週、またおいで」

「はい」


 由佳里が席を立つと、則子生徒会長が僕たちに近づいた。


「ありがとう。由佳里ちゃん」

「おいしかったのは、本当ですから」

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