やまとん四号・改

 あっという間に、当日を迎える。


 それまで、僕たちは普通に接した。


 時々、由佳里と別々に帰ることはあったけど。何をしているのかは教えてくれなかった。由佳里に限って、浮気なんてことはないだろう。それでも不安はあった。


はやし 多恵たえ、小柳由佳里さんにリベンジします!」


「よろしくおねがいします」


 多恵さんと由佳里が、挨拶をしあう。


 こっちまで緊張してきた。


「では、やまとん四号改です。どうぞ」


 現れたのは、またもすり鉢に入ったつけ麺である。ただし、具はない。完全に麺だけだ。


「はい、つけダレですよー」


 則子さんが持ってきたのは、魚介のスープである。

 具材はそちらに入っていた。


 もうひとつは、なぜかつけダレが入っていない。

 メンマ、ローストビーフ、ネギ、もやし、ナルト、ひき肉など、具だけの容器である。


「これをどうそー」


 タレ無し容器の側に、ラー油としょう油が置かれた。


「これは、油そばだ!」


 まぜそばとも呼ばれる、汁なしのラーメンである。


「おお、なんか楽しそう」

「スープは飲まなくていい。ただし、スープの中の具と、油そばの具は食べてもらう」


 由佳里が、おばちゃんの解説をじっくりと聞く。


「はい。改めてよろしくおねがいします」


 小春おばちゃんが、「いくよ」とストップウォッチに手をかけた。

「いただきます!」


 由佳里が手を合わせ、スープ内の野菜を攻略し始める。

 もやしを咀嚼する音だけが、店に響く。味わうように、由佳里は野菜を噛み締めていた。


「おいしい?」

「キャベツを噛むごとに、魚介の旨味が鼻から抜けていくの」


 続いて、由佳里は麺をすする。やはり麺のみ。


 僕も真似をしてみた。確かに、麺のモチモチ感がダイレクトに味わえて、いいかも。


 魚介のスープへ、麺をつけて食べようとした。しかし。


「野菜が多い」


 麺がスープに浸かりきらない。半分しかつけられず、由佳里は仕方なく、そのまますすった。


「うん、これがちょうどいいんだ」


「そうなんだ。つけ麺って、麺を全部タレにつけて食べる人もいるけど、本来は少しだけつければ十分なんだよ。タレってのは、それくらい濃く作ってあるんだ」


 雅彦さんの解説を聞いて、僕は気づく。

 だから由佳里は、麺だけを食べてみたんだな。

 自分でも研究しているんだろう。



 魚介はより濃厚になった。つまり、それだけ胃に負担をかけるということ。

 そのタレに浮かぶ野菜も曲者だ。タレの濃さを、このキャベツやもやしが吸い込んでいるのだから。麺と一緒に具も食べると、噛む回数も増えてしまう。


「うん。つけダレの方に具を合わせたのは、正解かも」

 満足気に、由佳里は語る。


「どうしてさ? 辛いんじゃ?」

「野菜が柔らかくなってる」


 むしゃむしゃと野菜を頬張りながら、由佳里は状況を語った。

 これまでは順調な滑り出しである。危なげはない。


「あれ?」


 麺の底に、由佳里は蛇のような物体を発見した。


 由佳里が掘り出したのは、極太麺である。

 ラーメン鉢の中で渦を、いや、とぐろを巻いていた。

 その雄大な姿は、蚊取り線香か蛇を思わせる。というか、学校花壇にあるゴムホースかな。


「なんだ、この太い麺は!」


「一本ラーメンだよ。一本うどんってのが時代劇に出てたのを見て、自分で作ってみたんだ」 

 腕を組みながら、多恵さんが自慢気に語る。


 一本うどんは、僕も聞いたことがあるけど、一本ラーメンは知らない。

「これは大変だ」

 由佳里は冷や汗をかきつつも、うれしそうである。

 つけダレにかけて、少しずつ挑戦していた。


「極太麺はキツそう?」

「多分だけど、こっちの方がヤバイんじゃないかな」


 油そばの丼に、由佳里は麺を入れた。ラー油などの調味料をくぐらせて、具と一緒にかきまぜる。制限時間がある中では、この作業すらもどかしい。


 野菜と具を、麺と一緒に吸い込む。




「おいしい! めっちゃ好み!」


 あまりにも由佳里の圧がすごかったので、僕も試してみた。

「ホントだ、おいしいね!」 


 この酸味と辛味が合わさった味付けは、なるほどクセになりそう。

 油そばを食べたことがなかった僕としては、カップ焼きそばみたい感じかなと思っていた。でもぜんぜん違う。味わいが複雑で、奥が深い。汁なし冷やし中華、と形容すればいいか。


 「おいしいんだけど、これをどういうペースで食べればいいのか」

 由佳里は考えあぐねていた。


 油そばにすると、麺に水気がまるでなくなる。口内の水分を奪われる分、辛そうだ。


 口内の水分を奪われる分、辛そうだ。


「これ、この間と同じ、六キロですよね?」

「そうだよ。麺は減ったけど、その分攻略はしづらくした」


 野菜が入った分、噛む力が必要になっていた。


「今日は、これの世話になるかも」


 僕の使っている鶏ガラスープを、由佳里が手に取る。


「これおいしい!」

 スープを手にとった途端、由佳里が感嘆の声をあげた。


 あまりに由佳里が美味しそうに食べるので、僕も試してみる。


 濃厚でいて、野菜の味が溶け込んだ、鶏ガラスープに早変わり。これは。


「長崎ちゃんぽんだ!」


「そうだよ。野菜をもっと足して、噛みごたえを良くしたんだ」

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