1ー2ー2

 天神家地下室が恐怖に染まっている頃、命が消えた森の中に佇む和輝はといえば。


「………え?」


信じられないものでも見るかのような表情をして、眼前の光景漆黒の荒野に呆然と呟いていた。

何度か瞬きを繰り返す和輝だが、時間が経過するにつれ表情は固まって。


「……うそー」


現実逃避を始める和輝だが、その肩を優しく掴み優しい声音を響かすは目に涙を貯めて微笑むサナ。


「気づきましたか?」

「あぁ、何でこんなことに……」


そんなサナから視線を外して困惑したかのように周りを見回す和輝は、荒れ吹き飛び黒化する森の様子に言葉を止めて。


「……は?」

さらに混乱の度合いを深める和輝の様子に苦笑して、サナは決まりの悪そうな顔をし頭を下げる。


「すみません、私のせいです。私が、正気を失ったから……それで、何かやったから、和輝さんが森を吹っ飛ばしたみたいです……」

「は?」


こいつ頭沸いてるの?

そうとでも言いたげな目でサナを見つめる和輝だが、対するサナは気づいた様子もなく顔を上げただ告げた。


「はい。和輝さんがやりました」

「え? 何? 俺が悪いの?」


そんな声に、サナから距離を取り蒼白な顔をして問いかける和輝は、助けを求めるかの如く辺りを焦ったように見回して。


「はい」

「そうですよ」

「そうなのだ」


一切自身を庇うことなき声に、さりげなく混じる見知らぬ声に疑問の声を挙げることもないまま、和輝は冷や汗を流して固まった。

これ、どうすればいいの、と。

何か、知らんうちに冤罪掛けられてるんですけど。

そう呟く和輝は、伺うようにサナを見て。


「え……?」


先程までの表情を一転させ、清々しい微笑みを湛えているその様子に悟ったという。

このままでは、死刑若しくは終身刑の2択ではないかと。

自覚はないにしろ、こんなものの責任を負わされるなど真っ平だという和輝はと言えば。


「王都はどうした?」

巻き込んだ2人を完全に捨て置き、露骨に話を逸らしにかかる。


「強引に話変えましたねー」

そんな和輝に呆れたような笑みを浮かべるが、でも無駄ですよ、とサナは続け。


「王都は、このまままっすぐです♪ 森とか余計な障害物を吹っ飛ばしてくれたおかげで、ここからでも見えますよ♪」


この時サナも保身を考えていたと、後の取り調べに涙混じりに供述する。

あなたお前だったら多分責任問われないから、のために死んで。

そう願っていたというサナと和輝は、互いに自分だと消され相手だと死なぬと思い込み、醜い責任の擦り付けをしていて。


「あ、アハハハハー、そ、そういえば、そっちの2匹は何?」

「「色々黙れ!」」


和輝とサナの間で冷や汗を浮かべる叫ぶような幼女2匹が重なる声を響かせた。


「アハハハハー、まぁまぁ。 それで、あなた方はどちら様でしょうか?」


この時両者共に、『話を有耶無耶にして責任押し付けよう』などと考えていたというのだが。

当の本人たちは、相手の意図に全く気づかないでいたという。

そんな光景に、幼女2人は溜め息を吐き顔を見合わせ頷いて、諦めたような顔をした金髪の少女が口を開こうとしたところで動きを止めて。


「はい? よくわからないうちに巻き込まれたです?」


遮るように後ろから現れた声に、微かに目を見開いた。

そこにいるは、妖精のような、小悪魔のような小さい生命体で。


「あれ? あなたさっきまでいなかったですよね!?」

金髪の少女が口を開く前に、サナが驚いたような声を響かせる。


「あーぁ、便乗して何かせしめようとしたけど失敗したのです」


そんな声に、対する小生物は舌打ちを響かせながら、その目に鋭い光を浮かべサナを見下ろして。

それを見咎めるかの如くサナの目は細まり手が伸びて。


「和輝さん? 何か失礼なこと考えてません?」


天啓でも受けたかのような顔をする和輝の頭を鷲掴みにして低い声を響かすが、瞳より光彩を失う和輝は姿勢を崩し。

即座に一歩踏み出す和輝は筋肉質なサナの体をすり抜けて、小生物に虚ろな冷徹な視線を突き刺し相対する。

そんな和輝を感情籠もらぬ瞳で見つめる小生物は、冷徹な微笑みを浮かべて和輝を見下ろし手を伸ばし。


「契約、してみませんか?」


響く声に、その場にいた誰もが動きを止めて上を見る。

そんな人間たちの行動に、容姿に似合わぬ鋭い目を怪しく輝かせ和輝を見下ろす小生物はそう告げて。


「は……?」

響く掠れた声に手を伸ばして瞳に虹彩戻る和輝から視線を外し、重く苦しい空気を裏切るが如く幼く高い声を響かせた。


「対価はお菓子、毎日お菓子をたくさん貰えれば私は支配下だろうと犬にだろうとなるのですよ♪」

「「……え?」」


どういうつもりだ。

訝る視線が飛び交う中、困惑する人間を嘲笑うかの如く見下す妖精のような生命体は薄く微笑むと腕を組み。


「魂よこせとかは契約に入れるか契約不履行の時に取り立てる、もしくはお互いの合意がないと言えないので安心するのですよ♪」


ただそれだけを告げると、それ以上何を言うこともなくただただ和輝を見下ろして。

早くと契約しろと、重圧のみが時間が経つにつれ増していく。

空気だけで場を支配する彼女だが、口を開きかけては重い視線にたじろぐ和輝は両手を上げて。


「よ、よし、じゃあその条件飲んだ!」


困惑したような表情を浮かべ、降参とでも言うかのようにそう告げる。

対する小さい妖精のような者は、そんな声に満足げな笑みを浮かべながら頷き手を振り下ろし、眼前に紙と長い羽根を顕現させて。

驚愕に染まる和輝の表情を尻目に指を振り、触れることなく羽根を動かして紙に何事かを書きつけて、和輝の元へと紙と羽根を移動さす。


「ここに署名をお願いするのですよ」


何語? 日本語でいいの?

そんな疑問の表情を浮かべる和輝だが、生命体は何を言うこともなく空中で寝転がり欠伸をし、戸惑う和輝にまだ終わらないのかと呆れた視線を突き刺して。

そんな生命体の様子に、諦めたような顔をして和輝が署名をしたその瞬間、紙と羽根は光の粒子となり消えてゆく。

その様子を、サナは一切感情籠らぬ顔で冷徹な光を目に灯しながら、ただ黙って見つめていた。

射抜かんばかりの視線を生命体の背に突き刺すサナだが何を為すこともなく、粒子が完全に消えたと同時に小生物は和輝の肩へと舞い降りて。


「契約成立なのです! これからよろしくお願いするのですよ、ご主人様~♪」 

幼い少女が如く高い声を響かせて、腰を下ろし和輝の顔を仰ぎ見る。


「そういえば、君の名前は?」 


そんな小生物に対し、和輝はふと思い出したように問いかけて。

対する小生物は、サナを尻目に微笑みながら柔和な口調で告げた。


「私は……マナなのです。 マナって呼んで欲しいのですよ~♪」

そして、会話に入り込む余地ができたその瞬間、表情を変えたサナが割り込んで。


「ち、ちょっと待ってください和輝さん!? 何いきなり主従関係結んでるんですかこんな小さいの相手に!」

「いや、まぁ……」


どうしろと言うのかな?

困惑する和輝を他所に、和輝の肩より離れるマナは哀れな犠牲者巻き込まれた2人に近づくと。


「ついでにそこの貴方達も契約したらどうなのです?」

「「え……?」」


こいつは何を言い出しているんだ。

紡がれる声に困惑したかのような表情で顔を見合わせる幼女たちだが、そんな2人に舌打ちをするとマナは低い声で詰め寄り囁いた。


〈さっさとしろ、没落者と機械が〉

「「……え?」」


驚愕に目を見開く2人を他所に、マナは手応えを感じたかのように唇を歪め。

魔力を込めて言葉を叩きつけながら、悪人面になるマナは親指を下に向けて言い放つ。


「契約しないとご主人様、さっきの不祥事の口封じするかもしれないのですよ~♪」


構図は、非合法集団ヤクザのそれと全く同じだった。

このままでは恐怖の大魔王路線をひたむきに爆走させられそうだったと後に語ることになる和輝は、サナとの会話など無視してマナの方を振り向くと。


「お、おいマナ。さすがに口封じで殺すまでは……」

「おやぁ、ご主人様ぁ~♪ 口封じする前にもっといろいろやるですか? こいつら年齢の割に良い体してるのですよ♪」 


余計酷くなる扱いに、打ちひしがれる。 

若干逝った目をするマナの目に写る、自分が性犯罪者扱いされる未来に和輝は絶望したというのだが。

案の定、2人は性犯罪者を見るような蔑みと恐怖とが入り交じったる複雑な表情で和輝を見ていて。


「け、契約でもなんでもするから……こ、怖いことは止めるのだ……」

「け、契約しますので、こ、怖いことは止めて欲しいのです……」


おずおずと契約書を差し出す2人だが、和輝はやはり複雑な気持ちになったそうな。

引き攣った表情を浮かべる和輝だが、契約の成立を見守るマナに浮かぶは満足げな笑みで。

場の微妙な空気に辟易したような様子で体育座りをするサナがいたのだが、そんなサナに触れる者は誰もおらず。

暫し微妙な空気が流れてからのこと、強張った笑みを浮かべる和輝が口を開いて問いかける。 


「え、えーと、君たちの名前は?」

だが、和輝が言葉を発したその瞬間、2人は肩を跳ね上げ青褪めて。


「だ、大丈夫だから! 俺何もしないから! その変態に拐われた感じの顔止めて!?」


そんな反応に絶叫しないではいられなかったという和輝だが、状況は何も変わらず、ただ絶望に打ちのめされるしかなかったという。 

そんな和輝の様子に、2人の少女は顔を見合わせ息を吐くと和輝の方へと視線を戻し。

2人の幼女がうちの片方、金髪を両側に纏め黒と赤を基調とした服を着る赤眼の少女が口を開いて言葉を紡ぐ。


「私はリィネなのだ」

「私はサクラです」

「あ、あぁよろしく……」


金髪の幼女に続けるようにして紡がれる、もう一方の漆黒の髪を背中まで伸ばす幼女の声に、和輝は冷や汗を浮かべながらそう言って。


「抱き枕に丁度いい大きさしてるな」


リィネと名乗った少女へ視線を向けるや、感嘆したかのように呟いた。

そして、亀裂の入る音が和輝以外には聞こえたという。


〈殺せ 殺せ 我が敵を 地に墜とし焼け 地獄の業火で 焼け 焼け 全ての感覚を奪うまで 魂すらも消えるまで 消せ 消せ その存在を 我 汝の活動を許可するものなり 使え 我が魔力 対価は破壊 汝の存在を 示せ 滅殺消神我望ぶちころせーー 〉


不穏な空気に身を強張らせる和輝だが、そんな和輝に微笑みかけるリィネの前に鎮座するは、黒く渦巻き終焉を思わせるのに充分な迫力を持つ、吸引力のある球体で。


「ちょ、リィネ! 待て! 落ち着こ!! 1回話し合おう!」


そう言いながらもマナに向かって指示を出したのは、恐らく浮気相手に妻の説得を頼む構図だったのでは、とサナは後に語る。


「マナ!止めて!」


そして、その発言後、刹那にも満たぬ瞬間で和輝は後悔したという。

和輝の声の残響が残る間に、リィネは謎のうねうねと動く縄で縛り上げられ吊るされて。


「これでいいのです? ご主人様?」


やってやったと満足げな笑みを浮かべながら問いかけるマナだが、和輝は粘液に塗れてうねうねと動く、この縄の材質の方が気になったそうな。

リィネに手を合わせて冥福を祈る和輝だが、サクラの方へと視線を向けた瞬間彼女の肩は跳ね上がり。


「ひっ!」


思わず漏れ出たという悲鳴に和輝が落ち込むのは、また別の話。

だが、そんなサクラを視界に収めた和輝は感嘆したように息を吐くと、印象を一息で口走る。


「完璧な貧乳だ……!!」


満足そうに頷く和輝に対し、サクラは据わった目で物々しい剣を虚空から取り出すと瞳の色を真紅に変えて輝かせ。

破滅的で幻想的な雰囲気を纏い、強張った笑みを浮かべる和輝に斬りかかる。


「変態に、生きる価値なし。死になさい!」

「……間違えた」


俊敏な動きで血の気が引いた和輝に詰め寄るが、サクラは不可視の壁に阻まれたかのように動きを止めて。

目を見開き和輝の後方へと視線を遣ると、和輝の後ろで笑顔を浮かべるマナに顔を歪めて舌打ちし。

額に血管を浮かべて瞳孔を見開き、即座に狙いをマナに変えて斬りかかる。


「マナ! 頼む!」


だが、その声が響いた瞬間マナに浮かぶ凄絶な表情に、サクラは言い知れぬ戦慄を覚えたという。

しかし、戦慄を覚えたとて何も変わるものでもなく、マナは瞳を輝かせたサクラ曰く不吉な顔と共に手を伸ばす。


「ウフフフフ、やってやるのですよ♪」

「い、いやぁ……」


地を蹴って逃げ出そうとしたサクラだが、抵抗する暇もなく顕現した謎の縄に縛られて。

恐怖に染まるサクラへ手を合わせている和輝を見て、ふとサナは気づいたかのような表情をして顔を上げ呟いた。

私は何やっているのかと。

だが、サナは前方にいる和輝たちを見るや開きかけた口を閉じて虚空を見つめ。


「え、えっと、とりあえず王都行きません? もう夜ですよ!」


諦めたような笑顔を浮かべ、何もかもを放り投げて明るい声を響かせる。

微かに舌打ちの音が響くが、そんなことを気にした様子もなく和輝はサナの方へと視線を遣って。


「そ、そうだな! 今度はサナ以外に案内してもらおう!」

「どういう意味ですか!?」


役立たずだよという言葉を飲み込み胸に秘めたという和輝は、マナの方へと視線を向けて道案内を頼んでいた。



「あれ……? ただ真っ直ぐ進めば良かったんじゃないの……?」

「あそこからあの宮殿までどのくらい離れてると思ってやがったのです?」

「あ、ここは……」

「この分かれ道は真っ直ぐが正解なのですよ~♪」

「え? そっちに道ありませんよ? こっちの道が正解ですよね?」

「何しれっと下が海の、超崩れやすい崖に行こうとしているのです? 自殺したいのなら一人で行ってくるのですよ」

「え!? こんなところに海なんてありましたっけ!?」

「転移魔法と幻覚魔法の罠くらい、把握しとけなのですよ♪」


そんなマナとサナの会話に、和輝はマナに案内を頼んで良かったと心の底から思ったそうな。



一方その頃、天界では。


「スラオシャ探せぇ!」

「あんの裏切りもんに制裁かけろぉ!」 

「何が命の危険じゃしばくぞ売女ぁ!」


天使も神も関係なく、誰もが荒れに荒れていた。


「魔界に攻め込めぇ!」 

「スラオシャを縛って凌辱しちまぇー!」

老婆ババァにそんな興味もてるか馬鹿たれ! せめて全裸で下界突き落とせ身分証明書付きで!」

「やかましい! 老婆ババァの裸に興味あるやつなんざいねぇんだよ!」

「じゃあどうするよ! あの老婆ババァ……「ぎぃやぁぁあああ」」

「誰が老婆ババァだ、こら」


だが、怒りに狂う声が重なり無数に響く中、突如雷電が突き抜けその場にいる者たちを吹き飛ばし。

何事もなかったかのような涼しい顔をして議場の扉を通るスラオシャは、老婆ババァを連呼していた者に近づき頭を鷲掴みにして囁いた。


「あんま調子乗っとんと殺すぞ」

「「ひぃっ!」」


響く凄惨な声に、天使や神々と一緒にいた某教団をイメージさせる漆黒の異端審問会の服を着た者たちは、その声に体を震わせ涙を流し。


「年が! 加齢が進むよぉ!」

「助けて! まだ1000歳越えたくない!」

「胸が垂れるのも嫌ぁ!!」


何かが切れる、音がした。

凍りついた空気の中、スラオシャを見てしまった者は後に例外なくこう語る。


「……上等だ、全員纏めて地獄に叩き落としてやるよ!」


あれが、あれこそが本物の魔神だと。

かくして、天界は大混乱に陥った。 

一応戦争中のため、魔界はこの気に天界へと攻め込もうとしたというのだが。

混乱の理由を知った途端、掌を反して援助を申し出たことは、また別の話だろう。


「あいつとだけは、関わりたくない」

天界も魔界も同じ見解になる、数少ない事案の1つだった。


「先輩、どうして亡命なんて考えたんですか?」

「本当に殺されそうになったからね」

「えー、先輩だったら返り討ちにして3枚に卸して焼肉にするんじゃないですかー?」

「しないわよ。 精々挽肉にして豚の餌にでもするくらい」

「それはそうと、何で戻ってきたんです?」

「魔界は意外とつまらなかったから、かな?」

「へー」


屍が積み上がった骸の山の上で、こんな会話があったそうな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る