1ー2ー7

 王国史に残る世紀スラオシャの大災害降臨が、和輝の寝ている部屋にいる者たちにより防がれたわけであるが。

ラファエルは、和輝が寝ている寝台ベッドの一角に座り不機嫌な様子で問いかける。


「……で、本当に私、何のために呼ばれたんです?」


こんな御大層な呼び方しといて、雑用とかだったら堕天しますよと付け加えるが。

あぐらをかき膝に頬杖を就いている様は、最早柄の悪い少女だったという。

全く天使の威厳を感じさせぬ態度だったと語る青髪と金髪の少女2人は、面倒くさそうな世俗に染まった表情を浮かべるラファエルに呆れたような目を向けて。

清廉潔白で公明正大、みんなの頼れる天界という期待を裏切られて幾年か。

これでいいのか天界よと、青髪と金髪の意見は綺麗に一致したというのだが。


「……これよ」

「……本気で堕天してやりましょうか?」


起こせと?

親指で爆睡している和輝を指差し疲れたような声を響かす青髪に、ラファエルは非難混じる視線を突き刺して。


「いやいや! 流石に大天使様にこいつ起こせなんて言わないって!」

「そうそう! 精々玩具になってって言うくらいだから!」

「余計酷いじゃないですかぁ!」

「って言うのは冗談で」

「身元の確認よ」

「え"?」


唐突に豹変する空気に、微妙な顔をして固まった。

一切冗談味のない表情をして鋭い視線を突き刺す2人の顔を仰ぎ見てはたじろぐラファエルは、乾いた笑みを浮かべて和輝に近づきその手を握り。


「え、えっとあの……空気に重金属原子増えてきたみたいで付いていけないんですけど……」

「色々なところから通告入ったから迎え入れたけど、あんた達が言ってたっていう人がこの人か、確認してくれない?」

「神殿とかは信用できないけど、あんたなら信用できるから」


戸惑ったような声を響かすが、真剣な表情をして重々しい口調で問いかける2人の声に、ふと気づいたような表情をしたラファエルは合点がいったとでも言いたげな顔で頷くと。


「あぁ、そういうことなら……スラオシャせんぱーい!」


ラファエルは光り輝く輪を自身の眼前に顕現させて、よく通る大きな声を響かせる。

そんな唐突な行動に、目を見開き手を伸ばす青髪と金髪は固まって。


「……って、いやいやいや! あんた何を!」

「世界滅ぼす気!?」


天井に光の輪が現れた後に、何てことをしてくれたんだとラファエルに詰め寄り半狂乱で叫ぶ。

そんな、世界の終わりでも宣告されたような顔で取り乱している2人の後ろに、肩より長く伸ばした金髪の女スラオシャが現れて。


「私の扱い、酷くないですか?」

「「いぃぃやぁぁぁ!!! 出たぁぁぁ!!!」」


敵意も重圧も何もない涙堪える声でさえ悲鳴が響くところに、スラオシャの人徳が伺えるだろうとはラファエル談。


「もうやだ……」

そして、このようなことは日常であるとまで彼女は語るのであるが、そんなことはさておかれ。


「スラオシャ先輩が振られること確定してる、初恋の人ってこの人ですかー?」


歯に衣着せぬ物言いで問いかけるラファエルに、スラオシャは清々しい笑顔を浮かべて手を伸ばし。


「グブブブブ………」

「だ、だだた誰が初恋ですっててて!? し、しかも振られるって何!?」


せめて表情と声は一致させて。

和輝を除きその場にいた誰もはそう思ったというのだが、絞まる首元に手を伸ばしてスラオシャの腕を叩くラファエルは、強まる締め付けに抵抗を止めて脱力し。


「グフッ……」


そう時間が経たぬうちに別の世界へと旅立つのだが、そんな事実に誰もが気づかぬまま金髪の少女は意を決したように顔を上げ。


「あ、あのー、破壊神スラオシャ様……」

「何よ」


震え怯える声を向けられるスラオシャは、やさぐれたかのような顔をし不貞腐れたように呟いて。


「スラオシャ様がお呼びになったという人間がこの者かどうか、お確かめいただきたいのですが……」


言うことは言い切った、もういつでも気絶してやる。

そうとでも言いたげな悲壮な覚悟を決める2人を他所に、和輝を尻目で捉えたスラオシャは言葉を紡ぐ。


「えぇ、この者で間違いありません」

「「ありがとうございました! 本日はご来光、恐悦至極にございました! 今生のお別れを申し上げます!」」


だが、続く声にスラオシャは目を剥き固まって。

お前はもう用済みだ。さっさと帰れ、もう二度と来るな。

そうとでも懇願するが如く悲痛な叫び声に、手を伸ばすスラオシャだが、肩跳ね震える少女たちを見ては天仰ぎ。


「いや、えぇ、あぁ、はい……」


ラファエルの首を掴みながら手で顔を覆い虚ろな声を響かすと、金色の輪を潜り天界へと帰還する。

後にスラオシャはひっそりと涙を流していたというのだが、そのことを知る者はどこにもおらず。

天使たちがこの世界より消失してから暫し経ってからのこと、2人は涙を拭いて立ち上がると息を吐いて腕伸ばし。


「はぁぁぁ~、やっと終わったー」

「長かったね~」


長く面倒くさい仕事が終わったかのような声を響かせながら、近くの椅子に脱力したかのように腰かけて。


「ところで、私を呼んだ歌ですけども」

「「何で戻ってきた!?」」


唐突に現るラファエルの首に、頭を抱え蹲る。

そんな反応に頬を膨らませ口を開くラファエルだが、ふと思い出したような顔をして。


「あの歌、すごい綺麗だったから何の歌なのかな、と気になりましてねー」


どこか不貞腐れたような声を響かすが、そんなラファエルの様子に微笑む2人は手を打って。


「あー、あれ? 確かに、凄い綺麗な歌だよねー!」

「私たちも、誰が作ったのかは知らないけどね、教えてもらったんだ!」

「その人も教えてもらったって言ってたから、どれだけ前にできたかすら分からないんだよねー」


懐かしむかのようにそう告げる2人に、首を傾げるラファエルは問いかける。


「じゃあ、何でわざわざあの歌使って私を呼び出したんです?」

「「歌いたかったから?」」 


あんな面倒くさいことしなくても、普通に召喚陣組めば良かったのに。

そう呟くラファエルだが、何か悪いかとでも言いたげに返す2人の答えに微妙な表情をしては息を吐き。


「……そうですかー」 

「あ、もうすぐこの人起きそうだから、帰った帰ったー!」


促されるままに、ラファエルは天界へと帰っていった。



そんなこんながあってから暫し時間が経ってからのこと、和輝はようやく目を覚ます。

時刻は、日も落ち紅の光が差し込む頃であった。


「お目覚めですか?」

「もう夕方ですよ、ご主人様」


和輝の目が開いたことに気づいた2人は、立ち上がり和輝に一礼しながら問いかける。


「え? ご主人様? 君達は?」

だが、夢から覚めても現実世界で続きが待っていたように感じられたという和輝は普通に困惑したといい。


「えーと? まず俺はいつも通り学校行こうとしていつも通りミクルナにしばかれていつも通り孤独感に浸りながらも授業受けて……あぁ、これ夢か、って、夢ってこんな現実感あったか? てか、夢って何だっけ?」


数日前まで高校生をしていた和輝は、夢の定義とは何かから考えなければならなくなるほど混乱したそうな。

そんな様を見て2人は顔を見合わすと、薄く微笑み和輝の方へと向き直り。


「侍女長の命により天神和輝様の侍女メイドに任命されました、サキです」

「同じく妹のナナです」


青髪のサキと金髪のナナは冷酷な声を響かすと、軽く一礼して和輝に鋭い視線を突き刺して。


「え、えっと……何で俺に侍女メイドが?」


一挙一動を見張るが如く視線を逸らさぬ2人にたじろぐ和輝は問いかける。

そんな和輝の様子に2人は素早く目配せをすると、平坦な声を響かせた。


「詳しい説明は受けていないので、何も分かりません」


何もかもを放り投げるその所業について、後の取り調べで「まさかお前の監視のためだなんて言えんし、仕方なかったんや」と供述したと言うのだが。


「命令されたからの一言で済ませてはどうですか、お姉様」

「ナナ、それを言ったら、私たちは王宮で奴隷のような扱いを受けてる悲しい人だと言ってるようなものよ」

「その通りではないですか」


もう何とでもなれ。

そうとでも言いたげに放たれる自棄気味な声に対する平坦な声に、サキは自分の人生って一体何だろうと真面目に考え込んだという。


「な、なぁ! 今夜ここら辺で何かない? 祭りとか!!」


そんな、底の見えず掴み所のない会話に冷や汗を流した和輝は焦ったように問いかけて。

対して、サキもナナもそんな和輝の声に微かに表情を綻ばせると頷いた。


「ありますよ」

これ幸いとばかりに便乗する2人だが、問いかけた和輝はまさか本当に祭りがあるなどとは思いも寄らなかったといい。


「え、本当に? どんな祭りなの?」


その顔を驚愕に染め戸惑う和輝だが、対するサキとナナは遠い目をして窓の外を見つめると。


「サナ閣下と女王陛下の討伐成功祭です」

「国民主導で、国を挙げて行われるそうですよ」


遠い過去を回顧するかのような口調で呟いた。

こんなことを言われて、反応に困らないものがいるのだろうか。

そう後に語られるほど、気まずい空気が流れたそうな。


「……そうですか」


和輝は掠れた声を絞り出すも、その後に続く言葉はなく。

静寂が場を支配する中、サキとナナは相変わらず表情を出すことなく鋭い眼光だけ消して。


「私たちも行きましょうか、ナナ」

「はい、お姉様」


期待外れ?

微かに紡ぐその声は、和輝に届くことはなく掻き消える。


「あ、もしお出かけになるのでしたらこれをお使いください」


差し出された財布を受け取ると、和輝は逃げるかの如く祭りの会場へと赴くのだが。

空気が暗くて重かったから、関わりたくなかった。

後に、涙目でそう語ったそうな。

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