併交世界
氷桜羽蓮夜
1ー1ー1 邂逅
終わりの調べが鳴り響き、街は業火に沈み行く。
この世に存在するものは否定され、炎に喰われ消えて逝く。
炎の狭間に儚く佇む人影に、涙が溢れ地に落ちて。
「お願いします……次こそ、救いを……」
祈るような声が響いたその瞬間、人影も炎に飲まれて世界は滅ぶ。
星は
これが、終わらぬ物語の
柔らかい陽射しが注ぐある晴れた日の朝、坂を登る1人の男の姿があった。
その男は、
今日も疲労感を垂れ流しながら、桜丘高校へと続く坂を登る。
そんな和輝の後ろでは、弾むような声が響いていた。
「今日も学校かー」
「遊びに行きたいよねー」
「あー、それ分かるー」
「この季節だったら、海かなー」
「そうそう! やっぱり夏は海で
「いや、海と言ったら熊狩りしかないと思うけど」
「何言ってんの!? 盗撮窃盗痴漢恐喝、集まる犯罪者揺すった時のあの最高な顔を忘れたの!?」
「いやー、それも楽しいんだけど、今年は何か別のことやりたいってかさー」
「あー、なるほどねー。そういえばさー、さっき誰かが中二病精神旺盛なこと思ったような気がするんだけど!」
「それな! 何? 学校と言う名の牢獄、とか痛すぎて笑えるんですけど!」
「そうそう! こんなこと言ってる暇があるなら海で金稼ぎ行った方が良くね?」
「いや、だから海と言ったら山菜狩りでしょ!」
周りの通行人が2人の会話に距離を置き、高笑いが響く中。
後ろの高笑いに反応するかのように、前を歩いていた和輝の肩が跳ね上がる。
早足で進み去ろうとする和輝だったが、大声で話していた女子高生2人はその存在へと視線を向けると。
「あ、和輝やっほー!」
満面の笑みを浮かべて逃げる和輝に近づくと、鞄を当て一歩後ろに下がりながら明るい声を響かせる。
だが、話しかけられた男子高校生、天神和輝(てんじん かずき)はと言えば。
話しかける女子高生の元気さと反比例するかの如く、陰鬱な空気を纏い重く苦しい息を吐き。
「あぁ、はよ……」
振り返り様に女子高生を見て、一切無駄のない動作で両手両足を地に就ける。
そのまま止めと言わんばかりの溜め息。
女子高生たち曰く、見事なまでの落胆の表現だった。
「ちょっとちょっと和輝さん!? 天神和輝さん!? 何で? 何で今私の顔見て萎えたし!」
「すいません、人違いです。 俺の知り合いにこんな変態はいない」
「わ、私変態じゃないし! 勝手に変態にすんなし! 和輝の知り合いには私がいなくても、友達には入ってるよね!?」
甲高い声で騒ぐ片割れに、そっと手を置くもう片方。
慈愛の微笑みを浮かる様は、下界に降り立つ女神を連想したと和輝は後に回顧する。
そんな、聖母のような微笑みを浮かべる少女は口を開くと。
「望來(みく)、真実とは時に残酷なものよ」
「ち、ちょっと月菜(るな)!?」
予期しなかったという攻撃に、望來と呼ばれた少女はもう一方の月菜と呼んだ少女を涙目で睨み付け。
あどけなさが残る端正な顔立ちをした、背中まで髪を伸ばした少女に目に涙を溜めて言葉を紡ぐ。
「そんなこと言ったら、ルナなんて永遠に自殺ものじゃん」
「僻みって、醜いわね」
せめてもの報復とばかりに告げる望來だったが、対するルナと呼ばれた少女は一切気にした様子もなく髪をかきあげてそう言い放ち。
もう何をしても無駄だ。
茶が混じる黒を肩まで伸ばす
自然な動きで崩れ去り、和輝と同じく両手両足を地に就ける。
「え……ちょ、どうしたの……?」
そんな反応を受けて慌てる少女は、天安院月菜(てんあんいん るな)、通称ルナ。
背中まで漆黒の髪を伸ばした、知性的な整った顔をしている少女だった。
特筆すべきは、その境遇か。
彼女を語る者は、皆口を揃えてそう言うそうな。
即ち、2人は世界を裏で操ると巷でまことしやかに囁かれる、超が付くほどの財閥の愛娘であり。
本来、一般会社員の息子たる天神和輝とは1番縁がない類いの人種だった。
だが、小学生からの付き合いである3人は、家族に接するような態度で互いに接しており。
「あ、そうだ。 今日ね、お父さんが焼肉やるからおいでって」
「あー、何か言ってたねそんなこと」
「何か持ってった方がいい?」
「んー、特に何も言ってなかったよ」
「こっちで用意しとくんじゃない?」
「りょーかい。どっかの穴場で羊羹(ようかん)買ってくよ」
「和輝って、そういうの見つけるの凄く上手いよねー」
3人は、家ぐるみの付き合いをしていた。
そんな3人が気楽に話している後ろから、男の影が。
「ねぇ彼女、俺と遊ばなーい?」
「君、かわいいねー! 今夜、俺とどこか行かない?」
天神和輝と同じ制服を纏った、桜丘の男子高校生だった。
その男に対し、ミクとルナは面倒くさそうに振り向くと。
「「黙れ♪」」
笑顔を浮かべて足を引き、同時に勢いよく振り上げる。
その足は笑顔で2人に声をかける男の股間に吸い込まれ、鈍い音を響かせて。
「「ごほっ……」」
一拍時間を置いてから、目を見開き
「あーあ、死にたくないなら止めときゃいいものを……」
地面に転がる男へと同情の眼差しを向けて、和輝は呆れたように呟いて。
そんな和輝へと、ミクとルナは悪びれた様子もなく言い放つ。
「和輝、あいつらに手本見せたげて」
「何のだよ」
「女の子の誘い方ってもんよ」
当然とばかりに腕を組みそう言う2人だが、対する和輝は満面の笑みを浮かべると。
「ごめん、俺女の子と関わったことないんだ」
「「色々と失礼だな、おい!!」」
2人の目を見据え堂々とそう言い放ち、対する2人はふざけるなと叫ぶ。
だが、天下の往来で男たちを気絶させたことにつき、目撃者がいないなどというご都合主義などあるはずがなく。
見てくれは良い女子高生2人が男子高校生を気絶させるという光景に、通行人は足を止め。
同じ制服の者のみならず、様々な人が写真を撮り始めたのであるが。
「映画の撮影なので、写真撮影はご遠慮くださーい!」
「桜丘の皆さんは、このまま真っ直ぐ進んでください!」
突如現れた燕尾服を着た女性と
だが、その一方で和輝はといえば。
「天神和輝君、少しお話を……」
「和輝くん、今日も止められませんでしたが一言……」
「天桜さんと天安院さんの管理者である天神君、本日はいつもより残酷さが増しているかと思われますが……」
「だ れ が あいつらの管理者だ!!」
「じゃあ彼氏ってか!?」
「1人だけ良い思いしやがって!!」
「もげろ馬鹿野郎!!」
「俺らと同じ苦しみを味わって死ね!!」
「お前らは黙れ!!」
怒涛の勢いで広報部の腕章を身に着ける桜丘生たちに囲まれて、激しい口調と共に詰め寄られていた。
「和輝、今日も人気だねー」
「何やったんだろうねー」
和輝が囲まれている元凶にして原因を知らぬ2人はそう呟いて、何事もなかったかのように校門を潜り。
「俺は関係ねぇぇえ!!」
「「お前以外にこの感情の捌け口がねぇんだよぉお!!!」」
ミクとルナの遥か後方で、悲痛な声が木霊した。
毎朝繰り返されている光景だった。
暫く時間が経ってから、ようやく開放された和輝は。
逃げようにも逃げられぬ状況に陥っていた和輝は、酷く疲れたかのように教室へと向かう。
天神和輝の、『最早これはいつものこと、気にするだけ無駄』と悟っている様は、過労死直前の社畜のようだったのだが。
本人に自覚がないことは、周知の事実であった。
そんな和輝は、目の端で時計を確認すると息を吐く。
「毎朝毎朝、どうにかならないものかね……」
いつも通りの、遅刻寸前の時刻だった。
「やりたい放題自由な人生謳歌してるな……」
朝から大勢の者に囲まれ問い詰められたせいで疲れ切ったという和輝は、常人が発することのない、重く苦しい空気を纏い。
酷く陰鬱な空気を漂わせながら、教室の扉を穏やかに開ける。
そして、教室に入った瞬間に。
その場にいた者全員が、和輝より発せられる空気に硬直した。
「き、今日は一段と……」
「もうすぐ呪い殺される人みたいなんですけど……」
「何かもう色々かわいそう……」
「助けてあげたいけど、あの2人が相手じゃ……」
毎朝の惨状を知る者による、恐怖と同情混じる声が飛び交うが。
和輝は気づいた様子もなく、覚束無い足取りで自分の席へと向かう。
虚ろな目と生きる意思を失ったような顔は、どこからどう見ても危ない奴だったと目撃者は皆語る。
そしてそのまま、学校における授業は再開したわけであるが。
授業が始り暫く経っても尚、天神和輝は爆睡していた。
そんな和輝へと、授業を担当していた女性教師は幾度も視線を投げかけて。
授業も残り半分になろうかという時に、ようやく和輝に近づき大きく息を吸って目を見開いて。
「あ、あの~、天神和輝さん、起きてください……」
弱々しく、懇願するような声を響かせる。
尊厳も何もない、部下が上司にへりくだっているような様相を誇る教師がそこにいた。
これがこの学校の教師の起こし方だ、という訳ではもちろんなく。
ただ単にあの2人を通して自分が懲戒免職を喰らうのを恐れているのが3割、普段の生活の同情が7割と、かなり同情されていた。
そんな和輝は、幾度も呼びかけられた末に、ようやく眉を動かして。
「ん……?」
「キャッ……」
徐に起き上がる和輝を見て口を必死の形相で抑える教師だが、そんな教師の反応に、和輝は傷ついたような表情をして息を吐き。
「何か用ですか?」
平静を保ちそう問いかける和輝に、その場にいた者全員心の中で『てめぇが寝とったから起こされたんだろ!』と同時に叫んだというのだが。
口にするほど、和輝の苦労を知らぬ者はいなかったという。
そんな微妙な空気の中、教師は神妙な面持ちで正座をし、手にした紙を両手で掲げ和輝に差し出すと。
「あ、あの、このところ成績が芳しくございませんようにおわしますので、どうか今日(こんにち)居残りのうえ課題をやっていただきたいのですが、ご都合はいかがでございましょうか……?」
今にも泣きそうな目で和輝を見つめ、体を震わせながらお伺いを立てていて。
端から見れば何の冗談だと言わんばかりの光景だが、ここ
普通とまではいかなくても、見慣れた光景となっていて。
「うん……? あ、はい……」
今日も今日とて、何気なく日常は回っていた。
そして、和輝は再び底知れぬ闇の中へと落ちていった。
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