1ー1ー2

眠りに落ちた和輝が再び目覚めたのは、本日の終業十分前だった。

和輝は首を動かして周りを確認し、疲れたように息を吐く。


「何か疲れた……」


疲労困憊といった様子の中、和輝の前に巨大な人影が聳え立つ。

それは、熊のような図体に盛り上がった筋肉が目立つ男。

現在の授業を担当している、屈強な体付きをした教師だった。

視線だけで人を殺したとまで噂されるほど鋭い眼光を放つ教師に、和輝は微かに視線を向けると疲れたように息を吐き。

憐憫の視線に塗れる教師は、額に血管を浮かべ微笑んで。


「いいご身分だな、え?」


和輝の頭を鷲掴みにして重い空気の中迫力に満ちた低い声を響かせる教師だが、和輝はそんな教師から視線を外し鼻で軽く息を吹かすと嘲るような声を響かせた。


「ありがとうございます」

「あ"?」


増す殺意だが、対する和輝は飄々とした表情を崩すことなく佇んで。

和輝に全く以て悪意の表情がないことが、事態を複雑にしていた。

自分が何かしたのかと、本気で見つめる和輝と。

どういうつもりだと考え込む巨漢の間で膠着状態に陥って、そのまま時が経過して。

そのまま終業の鐘が鳴り、本日の授業は修了した。


鐘が鳴り終わり、教師は低く舌打ちすると忌々しげな視線を突き刺して、諦めたかのような息を吐いて歩き去る。

その後に来た、若干怖じ気づいた担任により即解散となったのは、また別の話か。


そして解散後、教師をも含め誰もが間髪開けず誰もが逃げ出すように去ったことで、和輝は誰もいない教室で居残り課題をすることとなり。


「わーすごーい、ちょうど1分でみんな消えたー……俺、何かしたかな……」


本日も孤独な生活を満喫することとなった和輝だった。 

後の聴取に、『今日は何か異様な空気を感じたから』と誰もが口を揃えるのだが。

それを、和輝が知ることはなかったそうな。

しかし、孤独は時として、何かの枷を外してしまう。

それを体現するかの如く、1分後にはもう既に天神和輝は何かを超越し壊れていて。


幼女ロリ最高ー!!」

「つ、通報ものよね、これ……」


机に足を乗せて拳を突き出し叫ぶその様子は、教室の扉から和輝を見つめる者にさえ、嫌な汗を垂れ流させていた。

だが、そんなことに気づいた様子もない和輝はと言えば。


「幼女! 幼女!」


教室に誰もいないのをいいことに、半狂乱で暴れていて。

そんな様を、教室の扉の影は頭を抱えながら見つめ。

とうとう、和輝が二次元の幼女が印刷された紙を拝み始めたことに目を剥いて。


「もう見てられるか!!」

我慢の限界とばかりに、光を体に纏い和輝に向かって突撃した。


「いい加減にしろぉ!!」


そして和輝の後ろまで回ると、狂気に満ちた和輝の後頭部へと鞘付きの剣を叩き込む。

それは、威厳ある空気を纏い綺麗な金髪を背中まで伸ばす、茶色の瞳をした女性で。


「何てもん晒してるんですかあなたは!!」

その女は、ついでとばかりに狂気に染まる和輝の頭目掛け、もう一発鞘付きの剣を叩き込み。


「何するんだいきなり!」

対する女は、抗議の声を気に留めることなく大きく息を吸い、和輝の胸ぐらを掴み上げ。


「ちょっと面貸せテメェ!!」

「は、はい!?」

「もう知るか!! 気づくまで待ってるつもりだったんですけど、こんな無駄な時間過ごすなら今すぐ連行してやる!」

「敬語か喧嘩腰かどっちだよ!」


目に涙を溜め腹の底より太い声を響かす女だが、対する和輝は突撃してきた者をまじまじと見つめ。

そう時間の経過を要することなく、その瞳より虹彩を失い呟いた。


「あれ、夢じゃなかったんだ……」

「何で萎えた!?」


自分の眼前で打ちひしがれる和輝の肩を揺さぶり問いかける金髪の女だが、すぐに何かを思い出したような顔をすると手を伸ばし。


「詳しい話は後です! 今すぐ私と来なさい!」

和輝の腕を強引に掴み後ろの空いた場所へと引き摺るが、ふと和輝は気づいたような顔をして。


「ち、ちょっと待て! 俺をどこに拉致する気だ!」

「ウッセーゴミダナ……天界です」

「は?」


逃げ道を探す和輝だが、低い舌打ちと言うことは言ったとばかりの口調に、何度か口を開いてはただそれだけを絞り出し。


「納得していただけましたね? それじゃあ飛びますよー」


息を吐く和輝に何も返すことなく、金髪の女は一切合切を無視して目を金色に輝かす。

その瞬間、和輝の足下に巨大な魔法陣が現れて。


「え? 何これ!?」

驚愕する和輝を他所に、金髪の女は大きく息を吸って勢い良く床を踏み鳴らし。


〈大天使スラオシャが名において命ず 開け 世界を繋ぐ扉よ!〉


手を振りかざし、力強くそう言い放つ。

その声と共に、光の柱が魔法陣から上に伸び。


「あ"?」


そこに誰もいないことに、金髪の女は憤怒で顔を歪ませ転移する。

脱兎のごとく逃げ出して、窓枠を掴んでいる和輝の真後ろへと。


「おいこら、いい度胸してんじゃねえか」


低く陰鬱な声で囁きながら、跳ね上がった肩を女は掴み。

対する和輝は固まった顔で振り向きながら、目の前の者の目が怪しく座っているのを見て。


「すいませんした……」


降参するかのように、両手を上げた。

そんな和輝を見て、自身をスラオシャと呼んだ女は息を吐き。


「ったく、やり直しか……」


そう呟くと、和輝の足元にもう一度魔法陣を浮かび上がらせ光柱を出現させて指を振り、和輝を浮かせて降下させる。

和輝の体は、地を捉えることなく落下して。


「地面はぁー!?」

和輝の声に、引き攣った笑いを浮かべて呟いた。


「失敗した……」   


だが、次の瞬間にはもうスラオシャは笑顔を浮かべていて。

この世界から消え行く和輝に、気楽に声を投げかける。


「すいませーん、失敗しちゃいましたー! 何かよく分からないところに飛んじゃいますが、頑張ってくださーい♪」

「この駄天使がぁぁぁ!!!」


せめてもの抵抗だとでも言うかのように、力の限り叫ぶものの。

和輝の魂の叫びが届くか否かが微妙なところで和輝はこの世界より消失した。


そして、和輝は見渡す限り雲1つない真っ青な空間に現れて。

優雅とは言えない所作で落ちていく。

誰もが言わずとも分かる、空だった。


「ちっくしょぉぉぉ!!」

和輝は、何を呪えばいいのか分からないまま、とりあえず今の状況を呪ったという。


「……よし、私は何も見なかった!」

そして盛大に責任放棄した大天使(スラオシャ)は、事を見届けた後居酒屋に行き飲んだくれたそうな。



一方、ミクとルナはと言えば。

和輝が世界より消失する直前、就業時間まで遡る。


「ねぇルナ、ちょっと今日和輝凄いことになってなかった?」

「うん、それ分かる! 何かいつにも増して疲れた顔してたよね」

「……慰めに行く?」

「……慰めるの?」

「……だよね」

「じゃあさ!せめて今日は優しくしてあげようよ!」

「うん、それがいいと思うな」


と、今日の反省擬きをしている時だった。


「「お嬢様方」」

「「ひっ!」」


燕尾服に身を包む、天桜家と天安院家に仕える女性の使用人が現れた。

後ろには、侍女メイド服を着た女性が控えていて。


「ど、どうしたのいきなり……」

「そ、そうよ。 私たちに構ってる暇があるなら、いつもみたく男と酒飲みにでも行ってこれば……」


ミクとルナは、強張った顔に冷や汗を流しながら後退る。

対する2人のうち、侍女メイド服を着ている女性の方は涼しげな顔をして燕尾服の女性へと目を向けて。


「はい、とっても魅力的で今すぐ参りたいのですが……」

美しい笑顔で手の関節を鳴らしてミクとルナに詰め寄る様子に、小さく口元を緩め。


「本日の不祥事につきまして、何か言い残すことはありますか?」

「……旦那様方がお呼びです。 抵抗するならぶちのめしますよ、彼女が」


燕尾服の女性に合わせるように、疲れたような声を絞り出す。

対するミクとルナは、肩を震わせ互いに顔を見合わせて。


「え、あ、そうだ! 今から和輝と社会の塵芥(ごみ)狩りに行くんだった! ねー、ルナ!」

「う、うん! それで、今から和輝と新しい世界に飛び立つの!」


侍女メイド服を着た女の方なぞ目もくれず、扉の方へと走り出す。

だが、扉へと向かうその歩みは5歩と持たず。


「どこへ行くんですか?」

2人の頭を鷲掴みにし、燕尾服を着た女が低く囁くような声を響かせた。


「私が、あなた方を逃がすとでもお思いですか?」

「いぃぃぃやぁぁぁぁ!!!」

「助けて和輝ぃぃぃぃ!!!」


そして、ミクとルナは強い力で抱えられ。

抵抗することもままならず、本家へと連行された。

それが、和輝と暫く会えなくなるとも知らないで。


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