1ー1ー3

桜丘高校でミクとルナが連行されている頃、和輝はと言えば。

普段着のままパラシュート無しでの、空中遊泳中だった。 

されど、そこには重力が働いていたわけで。


「ギャァァァーーー!!!」


決して優雅とは言えぬ所作で地上に落下し跳ね上がる。

だが、衝撃収まり時間が経てど、そこに本来あろうはずの血の海はなく。


「……痛……くない……?」

暫し時間が経ってから、一滴も血を流さず呆然と呟く和輝がいた。


「あれ? 俺……生きてる?」


体を触り傷1つないことを確認した和輝は、体を動かし虚空を見つめ。

ふと気づいたような顔をして、腕を組み納得したかのような顔で頷いた。


「……そーか。こういう時異世界転移の定番、肉体強化と超能力付与か」


これ以外に答えはない。

そうとでも言いたげなほど自信に満ちた様子で頷く和輝は、ふと思い出したように顔を上げ、そのまま視線を彷徨わせ。


「……どこだよここ!」


頭を抱え、勘弁してくれと踞る。

これ、俺にどうしろと言うのかな!?

そう叫ぶ和輝が飛ばされた場所は、周りには草と木しかない、正真正銘の森で。

神帝王国と呼ばれる、先程まで和輝がいた世界とは別の世界にある国の大森林だった。

鬱蒼としていないだけ、まだ良い方なのだろうか。

そんなことを呟きながら和輝は徐に立ち上がると、疲れたように息を吐き。


「とりあえず、移動しなきゃ……」

広大な森を覚束ない足取りで歩き始めるが、進むにつれ鬱蒼とする森に首を振り。


「……あの野郎ババァ……!」


そう時間が経つこともないままに、やってられるかと呟き蹲る。

頭を抱え声を震わす和輝だが、その瞳に浮かぶは狂気混じる感情で。


「俺の扱い何!? 普通、異世界召喚って素直で可愛い女神が『無双能力あげるんで、どうか召喚させてください』とか言って土下座するものだよな! 何だよあの筋肉ババァ、傲慢すぎるんじゃねぇの!!」

手近な木を蹴り叫ぶような声を響かせる和輝は足下に転がる石を投げ、草木に当たり散らしては先へと進み。


「誰だ!」


突如響く草を掻き分ける音に、和輝は素早く振り向き殺気を向ける。

だが、草影より顔を覗かせた者の姿を見た瞬間、その顔からは即座に血の気が引いて。


「……終わったな、これ」


呆然と自嘲気味にそう呟く先は、和輝の殺気に反応するかのように草影より顔を伸ばし躍り出た魔物。

鳥の頭部に翼が生えた虎の体をした、グリフォンとその他取り巻きの魔物たちだった。

グリフォンは和輝の姿を確認すると同時に咆哮し、翼を広げて和輝の元へと突撃し。


「ひっ……!!」

「大丈夫ですか!?」


和輝の瞳より虹彩が消えたその瞬間、剣を携えた少女が和輝を守るかの如くグリフォンとの間に割り込み蹴り飛ばす。

それは、黒い髪を肩より長く伸ばした、エメラルドグリーンの瞳を持つ少女だった。

翠の鱗を織り込んだような鮮やかな装備は、装甲というより綺麗な服か。

胸に徽章を輝かす少女は、一瞬和輝とグリフォンを見比べ視線を彷徨わせ。


「……うん、こっち優先かな」


グリフォンが足を動かしたその瞬間、剣をグリフォンに向けて息を整え、一瞬にしてグリフォンの取り巻きを縦に割る。

そのまま少女はグリフォンに肉薄し、胴体を分断しようとしたところで剣を止め。


「えっと……グリフォンって攻撃して良かったっけ? あ、でも人襲われてるし特例条項で……」

ふと気づいたかのような顔をして剣を上方に上げて跳躍し、元の位置にまで戻ってから何事もなかったかのように悩み出す。


「うーん、もういいや! 斬っちゃえ!」


思考を放棄したその結論に至るまで、凡そ1秒。

そんな少女だが、顔を上げた先にグリフォンはおらず。

少女は素早く周りを見るが、気配も影も何もなく。


「嘘……消えた……!?」


暫し時間が経ってから、呆然とそう言葉を紡ぐ。

私、気を抜いたつもりなかったんですけども。

そう呟く少女は剣を構えたまま辺りに鋭い視線を向けて、逃げる音も逃げた痕跡もない状況に息を吐き。


「……ま、いっか!それよりもこっち!」


暫し難しそうな顔をしていた少女だが、答えのでない問いを考えることを放棄して、和輝の方へと目を向ける。

だが、虹彩を失った虚ろな瞳を空へ向ける和輝の壊れように絶句して。

暫し呆けるも、突然目を見開き和輝の側に駆け寄り問いかける。


「あの、そこの人!?」


私の声、聞こえてますか!?

そう叫び和輝の頭を揺さぶる少女だが、対する和輝は虚ろな笑い声を響かすだけで。


「あーもう! 面倒くさい!」


そんな和輝の様子に頭を抱えた少女は剣を逆さに構え、柄で和輝の後頭部を強打した。

本来なら頭蓋骨が割れ、頭部が吹き飛び、凄惨な死体が出来上がるはずの衝撃だったのだが。


「痛って!何すんだ!」


和輝はと言えば、この通り三下に殴られた感覚しかなかったという。

後にこの話を聞いた者たちが、驚愕で血を吐いたというのだが。

それはまた後に語られる機会もあるだろう。


「良かった~、正気に戻ったー」


和輝に相対する少女だが、壊れた家電を叩いたら治ったとでも言いたげな顔で微笑んでいた。

そんな少女を見て、和輝は深く傷ついた表情をしたのだが。


「おい、いつ俺が正気じゃなかったと言うんだ」


強引に表情を戻し平坦な声を響かせて、自身の体へと視線を遣り首を傾げては少女の方へと視線を向けて。

そんな和輝の様子に、少女も首を傾げて剣を鞘に納めると理解したとでも言いたげに手を打って。


「覚えてないですか? 魂抜けたような凄い顔して笑ってましたけど、今頭の方は大丈夫ですかー♪」


人懐こい笑みを浮かべ、戸惑う和輝に近寄った。

そんな少女の様子に和輝は数秒間固まると、力が抜けたように崩れ落ち。

頭を抱える和輝の様子は、まるで黒歴史を暴露されたかのようだったそうな。


「モウイッソコロシテ……」

「アッハハハ! と、とにかくお、落ち着きましょ……わ、笑いすぎて苦し」


再び瞳より虹彩を失う和輝の様子に、我慢できぬといった様相で苦しそうに腹を抱えて笑い転げる少女だが。

そんな少女を見つめる虚ろな和輝の目は、遥かな虚無に狂気が入り交じっていて。

異様な空気を察して和輝の方を見たという、黒髪の少女は和輝の方を仰ぎ見るやその表情を強張らせ。


「あ、アハハ……」


血の気が引く顔を痙攣させて、引き攣った笑みを浮かべ悟ったという。

私、今日が命日かも。

まだ死ぬ気がなかったという少女は、そんな想いに冷や汗を流し。

とりあえず時間を稼ごう。

そう思い至ったという所で手を打った。


「え、えっと、あなたは天神和輝さんですか?」


まさか本人確認したら死亡なんてことはないだろうと、縋るような表情を浮かべて問いかけて。

そんな少女に、和輝は感情の抜け落ちた顔に浮かぶ空虚な瞳に光を写し。


「……ハイ……どうして俺の名前を?」


理性の戻ったかのような表情で問いかけた。

そんな和輝の様子に、病んだ目が戻ったのを確認した少女は息を吐く。

だが、気の緩みは口の緩み。

少女は、すぐにその言葉の意味を思い知ったそうな。


「スラオシャ様から伺いました」


少女曰く全くの無意識により発せられた言葉によって、場の空気は殺気満ちたものへと変わる。

スラオシャの単語が出てきたその瞬間、和輝の顔は憎悪に歪み瞳孔が開いては口の端は吊り上がり。

凡そ日常生活とは無関係なその顔は、少女曰くどんな戦場よりも死の恐怖を感じたという。


「おい、テメェ……今スラオシャって言ったか?」

「は、はい。申し上げましたが……」


また地雷を踏んだ。

少女は口の中でそう呟き後悔の表情を浮かべるが、それは最早後の祭で。

和輝の覇気は、少女に抗うことなどできない死の恐怖を叩きつけていたという。

そんな少女は、先程魔物を切り刻んだ時とは打って変わり死神の鎌が首筋に当てられた罪人のように打ち震え。


「あ、あの……す、スラオシャ様が何か……?」


少女曰く勇気を振り絞って目を上げたというのだが、その目は和輝の全く笑っておらぬ視線と交わって。

頑張れば見ただけで死ねると後に語るほど、不気味な笑みを浮かべていることを確認し。

怯える表情を隠すことすらできなかったというが、それで終わることもなく。

和輝は手の関節を鳴らし地獄の底からでも響き渡るような、低く陰鬱な声を響かせる。


「いろいろ恩があってさぁ~。 色々話したいことがあるから、い ま す ぐ 呼んでもらえないな~?」


少女は最早、笑う膝を叱咤することもできなかったといい。

立つことすらままならず、力が抜けたように地にへたり込む。


「お、落ち着きましょうよ、ね……?」


殺されはしないよね……!

どこか願うように唇を動かす恐怖に満ちた少女の顔からは、血の気が完全に失われ。

少女の恐怖を永遠に知ることのない和輝は、魔神の激怒より恐ろしいと言わせしめる笑みを張り付けていた。

さらに少女に追い討ちをかけるが如く、地獄の底から響き渡るような声を出す和輝の視線は更に鋭く重くなり。


「早よ呼ばんと殺すぞ」

限界まで見開かれた血走った目を少女に向けて、額に血管を浮かべ逝き着くところまで逝き着いたような声を響かせる。


「ひ、ヒイッ!」


仰け反る少女は、体を震わせ和輝を見つめ。

何度か唇を動かしてから、か細い声で言葉を紡ぐ。


「も、申し上げにくいのですが……」


この時少女が本気で自分の死を覚悟したことについて、長い間秘匿されることとなるのだが。

そんなことなど歯牙にかけることなく指を折りながら関節を鳴らす和輝は最早感情が消え何も映さぬ目を少女に向けて、ただただ無言で見つめていた。

その身に纏う空気が更に濃厚で重圧なものへと変わる中、それを一身に受ける少女は何度か口を開いては乾いた息を微かに漏らし。

時と共に限界を知らず降り注ぐ圧力に、体を震わせながら震えた声を絞り出す。


「す、スラオシャ様は現在天界捨てて魔界に捕まりに行きました」

「……は?」


その声に、暫し時が停止する。

こいつ、何をほざいた。

そう呟き和輝が視線を逸らしたその瞬間、少女は好機とばかりに身を乗り出して。


「何か命の危険があるとか言って、天界捨てて魔界に亡命しました!」

「あの屑……! 絶対に見つけてしばき倒して殺る……!」


震えた声を響かす少女だが、和輝はそんな少女より意識を外して吐き捨てた。


「殺っちゃダメでしょ!」


ようやく重圧から完全に開放された少女は、壊れた笑みを浮かべてそう叫ぶ。

そんな少女に、和輝は『何この人怖い』と思ったというのだが。

深く追求することもなく、一区切りついたところで和輝は首を傾け問いかけた。


「そういや、あの巨大な鳥と仲間たちってどうなったの?」

「普通に倒しましたよ? あんまり強くなかったんで楽勝でした!」


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だが、笑顔で返されるその言葉に、和輝は冷や汗を垂らして固まった。

こいつ、本当に人間かと。

一見しただけで人間1人が単身で勝てる相手ではないと解る代物なのに、成し遂げたこいつは化物かと。

暫く無言が続いた後に、少女は意を決したように目を上げて。


「あ、あのー。 ひとまず私の話を聞いてもらえません?」

恐る恐ると言った様子で、躊躇いがちにそう言葉を紡ぐ。


「ん? そういえば名前も聞いてなかったな」

そんな敵意も悪意も何もない和輝の返事に、少女は息を吐き和輝を見据えて頷いて。


「はい、私は神帝王国、王国直属部隊特殊兵団兵団長兼軍団長の、光剣院紗菜(こうけんいん さな)と申します。 皆さんからはサナと呼ばれていますので、どうぞサナとお呼びください!」

「人界?」


聞きなれぬ単語に首を傾ける和輝は、そんなサナを正面から見据えて問いかける。

和輝の視線に表情が固まるサナだったが、すぐに戻すとぎこちない笑顔を浮かべて虚空を見つめ。


「平たく言えば異世界の大陸の名前です。 ここはあなたが住んでいた世界の平行世界とでも捉えていただければいいです」

「あー。そういやあの初老おばさんに飛ばされたんだっけ」


暗唱でもするかのように棒読みな声を響かす少女に向けて、和輝がしみじみと思い返すように言うと。


「……あの野郎……!」


真っ青な空から一本の雷電が降り落ちて、真下に佇む和輝の脳天を直撃した。

怪我をせず、かつ痛みを感じる最大限の威力を誇るいい塩梅の雷光に、和輝は血走った目を見開いて。


「自分の悪口に対する罠しかけてるとか、やることが陰険すぎやしねぇかおい……!!」

「あ、アハハ……」


引き攣った笑いを他所に、和輝は天空に中指を立て暫しスラオシャに対する呪詛を吐き。

一区切り着いたところで深呼吸して、サナの方へと目を向ける。それは、会社の配置転換で一人だけ極寒の地にでも行く左遷でもするかのようで。


「で、俺は何で飛ばされたの?」

そんな和輝に対しサナは満面の笑みを浮かべると、ただ一言言い放つ。


「知りません♪」

「……あ"?」


体中の血管を浮かべて拳を握る和輝だが、サナは一切動じた様子を見せることなく清々しい笑みを浮かべて和輝を見据え。


「何か、大天使様が降りてきてお告げがあったみたいなんです」

「え? それってまさか……」


響く弾むような声に嫌なことを聞いたとばかりに後退る和輝だが、その分だけサナが和輝との距離を詰め。


「はい! お察しの通りあなたのことですよ、天神和輝さん♪」


その宣告を聞いた瞬間、和輝は全てを理解したとでも言いたげに顔を覆い。

何かを探すかの如く草むらを狂ったように捜索し、暫し時間が経ってから呆然とその場に立ち尽くし。

サナの近くにまで戻ってくると、唇を何度か震わせ息を吸い。


「ちっくしょぉぉぉ!! 誰が主犯かは知らんが、何で俺から平穏な日常を奪いやがったぁぁ!!」


和輝曰く、魂から咆哮したそうな。

この話が本当かどうかは関係ないと後に語る和輝は、これから始まる外れることなき己に降りかかる面倒事の予感に、ただただ絶望するしかなかったそうな。


「アッハハハ! 神様も辛いってことですよ。私には関係ありませんが! アハハハ!」


この話の真偽なぞどうでもいいから、神絶対しばいたる。

暗い決意を胸に秘めたという和輝だが、ふと思い出したかのような顔をして、サナが笑い終わると問いかける。


「そういや俺って、実際何やるの?」


だが、サナはそんな声に口を半開きにして固まって。

そしてそのまま暫く経って、サナは同じく気の抜けたような顔を向け。


「さあ? 何やるんでしょう?」

「は?」


響く間延びした声に、呆然としたような声がサナに伸び。


「いや、私では何とも……まあ、適当に一緒に過ごして遊んでりゃいいんじゃないですかねー」

「適当だな、おい!」


ふざけるなと叫ぶ和輝だが、サナは表情を戻し腹から元気一杯の声を響かせた。


「どうせ私も和輝さんと一緒に行動することが多くなりそうなんですし、一緒に見つけていきましょう!」

「……え"!?」


この話はこれで終わりとでも言いたげな声を響かすサナは、驚く和輝を尻目に誇らしげに胸を張る。


「はい! 私の兵団は権力のある特別なところなんですよ!」


そういうことを聞いたんじゃないんだけど。

そう呟く和輝だが、ふと気づいたような顔をすると冷や汗を浮かべて距離を取り。


「……あれ? 何だろ、この感覚は……」

「ん? どうかしましたか?」


その時頭の中に【権力+兵団=やりたい放題】という式が浮かんだということを、和輝はついぞ言い出すことはなかった。

そして、後にそれが間違っておらぬどころか1つの真理を表しているとさえ証明されることになるとは、露ほども思っていなかったそうな。

そんなことを今現在知る由もない和輝は、冷や汗を垂らしながら問いかける。


「へー、好き勝手魔法撃ったりできるの?」

そんな和輝に対し、サナは天使(あくま)の微笑みと世間で呼ばれる輝かしい笑顔を浮かべると。


「はい、やってますよ♪」


響く爽やかなその声は、和輝にできうる限り全力で距離を取らさせた。

だが、そんなことは関係ないとばかりにサナは表情を崩すことなく和輝に近づき目を合わせ。


「と言っても紛いなりにも法律で規制されてはいるんですけど、実際のところは凄いですよ!」

「いや、知らないんだけど……」


全力で逃げ出そうとする和輝だが、サナは決して逃がすことなく和輝の腕を掴んでその場に留め。

可憐な腕からは想像もつかぬほど強い腕力で、逃走を図る和輝を掴んで離さない。


「魔法使いは町中で好き勝手魔法撃ってますし、私達騎士や兵士は魔物相手に好き勝手大暴れしてますよ。 よく一般人死にますが、何でもかんでも魔物のせいにしちゃえば、責任問題になりませんしね! アハハッ!」


録音できれば良かったのに。

これが、偽らざる和輝の本音だったという。

改めて危ない奴に出会ったものだと実感したというが、最早後の祭りであり。


「さー! それでは楽しい楽しい旅の始まりー!! 和輝さーん、出発しますよー!」


サナの元気な掛け声は、地獄からの招き声にしか聞こえなかったという。

それは、後ほど証明されることになる。

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