1ー2ー1 王都

 和輝が異世界に飛ばされてから数刻後、和輝とサナは草原を真っ直ぐに歩いていた。

斜陽が森に突き刺さる、雲一つなく晴れ渡る日のことだった。

だが、歩けども歩けども暗さ以外何も変わらぬ景色に、サナはふと気づいたような顔をして辺りを見回し首を傾げ空を見て。


「あれ? もうとっくに王都に着いてないとおかしいのですが……」

ふと漏れたその声に、和輝は血の気が引いた顔をサナに向け強張った声を響かせる。


「……もしかして、迷った?」

そんな和輝に固まった笑みを浮かべるサナは、冷や汗を垂らしながら明後日の方を見つめると。


「……にゃ、にゃんのことでひゅか?」


呂律の回らぬ舌を必死に動かし目を逸らすその様子に、和輝は悟ったという。

あ、これ本気で迷ったやつね、と。


「まぁ、俺も任せっきりだから強くは人のこと言えんけど……」


任せっきりにして悪かった。

そう告げる和輝の顔に浮かぶは、駄目な子供を見つめる母親のような表情で。

一緒に道を探そう?

心からの善意だという和輝の声に、サナは顔を赤らめ目に涙を溜めて、小刻みに震え何度も口を震わせては息を吐き。

まなじりを吊り上げ、睨むように和輝を見ると、泣き叫ぶような声を響かせる。


「ば、馬鹿にしないでくださいよぉ! ここは幼い頃からよく通った道です! 迷ってなんかいないので、私を哀れみの目で見ないでください!」


その顔止めてと悲痛な声を響かすサナだが、そんなサナに対する和輝は表情を蔑むものへと変えて。

冷徹な視線を投げつけながら黙ってサナを見下ろす和輝にサナは焦ったような表情を浮かべて詰め寄ると。


「ちょっと和輝さん!? 何で黙ってるんですか? ねえ! お願いですから! 何か喋ってください! ねぇってば! ねぇ! そんな蔑みの目で見ないで! お願いですから! ねぇ! ねえってば! ねぇ!」


必死で和輝を揺さぶるも、サナに注がれる視線が冷たくなるだけで。

時間が経つにつれ温度が下がるその視線に、そう時間を要することなくサナは耐えかねたかのように叫びだす。


「もうやだー!! 3丁目の山田さーん! 助けてー!?」 

「誰だよ3丁目の山田さん!?」


同じく和輝も叫び終わるとふと気づいたような顔をして、サナより距離を取って背を向けて。 


「サナ、案内ありがとう! ここから先は自分で行くから気を付けて帰れよ! 短い間だったけどありがとう! 縁があったらまた会おう!」

和輝は一息で言い切ると、通ってきた道を全速力で戻りだす。


「ち、ちょっと和輝さん!? い、行かないで! 私を一人にしないで!」


手を伸ばし戻ってきてと叫ぶサナだが、何も答えず走り去る和輝の顔には一筋の涙なぞ微塵も浮かんでなどおらず。 

逆に、厄介事を放り投げたかのような、晴々とした笑みを浮かべていた。

しかし、そんな和輝の幸福そうな顔は、そう長く続くことはなく。


「かーずーきーさーん」  

 

サナが般若のような、鬼のような形相で和輝を追いかけ始めたことにより、爽やかな笑みは生存を掛けた被食者のそれへと変貌する。

この世の絶望を一身に受けたかのような顔に、この世の終焉を告げるがごとく響き渡る不気味な低く陰鬱な声は、聞くもの全ての戦意を奪い、戦慄させることさえ許さずに。


「か、勘弁してくれよ!!」


森にいる全ての生物が震え平伏し絶命する中、幼少期からミクとルナに散々追いかけ回されたことより耐性の付いた和輝だけが生ける屍の森を逃げ回る。

幸か不幸か楽に終わることを許されぬ和輝は必死で逃げるも、そんな和輝をサナは徐々に追い詰めて。

地を蹴り跳躍して和輝の前に舞い降りると、和輝曰く天使のような微笑みを浮かべて囁いた。


「やーっと追い付きましたよ、和輝さん♪」

「ひいっ!」


不気味なほど穏やかだったというその声は、和輝曰く本気で死を覚悟させたといい。


「サナさん? お、落ち着きましょうよ?」

病的に淀んだその目から逃れるように、和輝は震える足を叱咤して後退るも。


「何を仰っているんですか? 私、超絶冷静ですよ? 何なら落ち着きすぎて良い考え浮かんでくるくらいです。ウフフ、ウフフフフ」 

後退った以上に詰め寄って囁かれるその声に、和輝の目は恐怖で大きく見開かれ。


「な、何を思いついたのでございましょう……」

「腹を切り開いて内臓引きずり出して、苦しみ悶えるあなたの首を切り落として永遠に保存するとか良さそうですよね……♪」


和輝は即座に逃げ出そうとするも、竦む足はそれを許すことはせず。


「あ、アハ……」

妖しく光る逝った目に、和輝は力が抜けたようにへたりこみ。


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


祈るような、懇願するような声を小さく微かに紡ぐ。

そんな和輝に対し、サナは表情を変えることなく瞳を見つめると距離を詰め。


「どうしたんです? そろそろ死ぬ前の懺悔は済みました?」


和輝の肩に手を置いて、狂気に満ちた声を響かせる。

そして、和輝はこの時悟ったと後の口述で語る。

人間は、自分より高次元の者を目にすると恐怖も絶望も通り越し、ただただ力が抜けて呆然とするものだと。

人間は、自分より圧倒的な存在感を誇るものを見ると、それが認識できなくなる生物であると。

時間が経つに連れ重みを増すサナの威圧感は、和輝の許容範囲を超えて増幅し。

故に和輝は壊れた薄ら笑いを浮かべて先程までは動くことのなかった首を動かして辺りを見回し、通りかかる金髪と黒髪の幼女2人を視界に収め。


「確か、ここら辺って話だったよね?」

「えぇ、そうだと思うけど……」


何かを探すかのように森を進む幼女たちを見つめ、和輝は首を傾けると狂気に満ちた目を輝かせ。


「あいつら差し出せば、俺の命助かるかな……?」

後の取り調べに、道連れが欲しかったと和輝は語る。


「おい、そこのあんたら……ちょっとこっち来い!」 

狂喜の行き着く先まで逝ったかのような声が響き渡ると同時に、少女たちは腰を抜かして辺りを見回し突き刺さる視線に肩を震わせて。


「い、いきなり何!」

恐怖に染まる声を響かす黒髪の少女だが、和輝の狂喜に満ちた顔を見るや小さく悲鳴を上げその顔を絶望に染めて打ち震え。


「黙れ。死にたくなかったらな」


この時の和輝はサナに匹敵するほどの威圧感を放っていたと後に目撃者たちは語るのだが、当の本人は全くの無意識であったという。

そんな事実を知る由もない少女たちは、反射的に飛び上がると一寸も無駄のない動きで五体を地に投げ出して。


「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」 


何度も何度も呟く幼女たちの様子は、どこからどう見ても逮捕不可避の構図だったそうな。

サナの病的に澱んだ顔でさえ呆れが浮かぶほどだったのだが、残りの当事者たちは、この絵面に全く気づいていなかったという。


「ねぇ、和輝さーん? 関係ない人巻き込むのって酷くないですか~?」


その声に、逃れられぬ運命を悟ったような表情をした和輝はといえば。

せめて楽に死ねますように、と全く信じられない天界に、欠片ほども敬意を表さず祈るしかなかったという。


「ねぇ、聞いてます? かーずーきーさーん」 


地球終了5秒前。

そんな宣告が下ったかのようなサナは、口元を吊り上げ狂喜に満ちた笑みを浮かべながら、和輝の命を終わらせるために抜刀する。


「そろそろ死ぬ覚悟できました? 余計な物体これ以上巻き込まないでもらえます? じゃあ、死ね!!」

「だ、誰か助け……」


刹那に満たぬ瞬間で振り下ろされる剣を見つめながら、和輝は祈るようにそう呟いて。

剣が髪を捉えた瞬間に、紅く染まった目を上げ低く陰鬱な声を響かせた。


「冗談じゃねぇ……!」

その瞬間、和輝の体から発せられた闇がサナの剣を弾き、辺りの空間を侵食し黒く昏く染め上げて。


「いい加減にしろよ、出来損ない」

先程までの和輝とは全く異なる口調で吐き捨てるように放たれるその声は、微かに力強く辺りに響き。


「「え……?」」

和輝の右手から発せられた雷光が、槍へと変容し勢いよくサナへと突き刺さる。


「ワタシノジャマヲスルヤツハ、ダレデアロウトユルサナイ!!」

「ギィヤァアァァァッッッ!!!」


和輝の方から響く少女のような声は、サナの方から響く太い男の声に掻き消され。


〈虚無なる愚者に 呪いあれ〉


徐に和輝は手を伸ばし、複雑な魔方陣を幾重にも浮かび上がらせ光を放つ。

放たれた光は魔方陣を通して増幅されて変革され、この地に遍く降り注ぎ。

その光に当たると同時に木々は黒く染まり枯れ果てて、太る獣たちも唐突に痩せこけては倒れ。

ある魔方陣は破壊を、ある魔方陣は死を。

幾重にも展開された魔法陣へ向けて光を放ちながら、和輝は黒く黒く染まりゆく。


「ちょっと、どうなってるのよこれ!」

「知るわけないでしょう!? 私だって今回が初めてなのよ!!」


隅に佇む幼女たちは、その様子にふざけるなとばかりに頭を振って。


「とりあえず、この女何とかして逃げるわよ!!」

黒髪の幼女が指を動かし意識を失うサナを浮かせ、金髪の幼女がその目を真紅に染めて吐き捨てる。


「大丈夫、反応は消えたわ」

「今はそれだけで十分よ!」


黒髪の幼女はサナを転移させて頷いて、同時に2人は地を蹴り和輝から距離を取り。

対する和輝は、そんなことなど気づいていないかのように吠えていて。


「「暴走、ね」」


その声と共に、和輝は鬼とでも悪魔とでも呼ぶべき姿に成り下がる。

黒い鱗のような物体が和輝の体を覆い、その目は赤と黄色に彩られ。


〈コンナセカイ ホロビテシマエ!〉


黒い鉤爪が伸びた漆黒の手を高く上げ、和輝は高く手を伸ばし。

空に巨大な魔方陣が浮かび上がらせて、黒く光る巨大な槍を雨のように打ち付けた。

生命を穿つ数多の槍は、一匹たりとも逃すことなく突き刺し大地を朱に染め。


「……さすがに、止めるか」

「えぇ。力が戻ってないから、どこまでやれるかは分からないけどね」


天に向け巨大な砲門が現れたところで2人の幼女は疲れたように呟いて、瞳を真紅に輝かせて手を伸ばし、大きく息を吸い迫力に満ちた声を轟かす。


〈〈名を告げぬ我らが告げる 汝が闇を引き受けん!!〉〉


力強く威厳に満ちたその声は和輝に届くやその身を硬直させて、声を挙げることすら許すことなく和輝を地に引き倒す。

対して2人の幼女は、それを見届けることなく片膝を就き蒼白な顔に冷や汗を絶え間なく流して浅く息を吐いて胸押さえ。


「な……によこれ……」

「どんだけ呪い溜め込んで……ってか、どんだけ恨まれて……」


和輝の黒く染まった体表が鎧を剥がすかのように綺麗に落ちてゆく様を、2人は苦悶の表情を浮かべ見上げて手を伸ばし。


「……誰も見てないわよね?」

「……え、まさか」

「もう、私達で処理できる量じゃないわよ……」

「……確かに」

「それに……もう、今さらでしょう?」

「……はぁ、分かったわよ」


その身から、自身が引き受けた呪いを開放した。

爆発音が響く中、2人の幼女から放たれた呪いの闇は全方位に広がって。


「……ま、この辺りの国は終わったわね」


荒野となった地の中で、そんな声が小さく響く。

だが、すぐに2人は立ち上がると安らかに眠るサナへと残酷な目を向けて。


「……先に起こすか」

「えぇ……」


疲れたような息を吐き、サナに近づき手を伸ばす。


〈〈起きなさい〉〉


「あ……れ……? 私……」

その声に、倒れ意識を失うサナはうっすらと目を開け呆然とした様子で息を吐き。


「何で……生きて……」

顔の上で腕を組む幼女たちの姿へと視線を移したその瞬間、目を見開き頭を押さえて視線を下げ。


「何が……」

焦点の定まりきらぬ目を擦りながら、起き上がって周りを見つめて押し黙り。


「……はい?」

目を閉じ深呼吸をして目を開けて、なおも変わらぬ眼前の光景に呆然とした様子で呟いた。


「あの、ここはどこで……」


私、転移させられたんですよね?

そう問いかけるサナに対し、2人の幼女は呆れたように溜息を吐くと金髪の幼女がサナの後方を指差して。


「あの建物に見覚えがないのなら、そうなのだ」

「へ……?」


呆れたように告げるその声に、サナは首を傾げて金髪の幼女が指し示す方向へと視線を遣ると。


「……何ですかこの状況は!!」

ふざけるなとばかりに叫ぶが、即座に表情を戻すと、何を答えることもなく佇む幼女たちより視線を外して天見上げ。


「あれ、夢じゃなかった……!?」

血の気が退いた首を振り、立ち上がって周りを見渡して。


「何か探し物です?」

「えぇ、お迎えにあがる人がいたんですが……あ、いた」


サナは和輝を見つけると、優しく包み込むように抱き締めて、和輝の頭を自分の膝の上に載せ呟いた。


「本当に、ごめんなさい……」


よく分からない空気に、幼女2人は黙るしかなく。

帰っていいのかも聞けず、大人しくしているしかなかったそうな。



時を同じくして、森の周囲にある巨大な街の中心部にある宮殿では。


「フェリシア! 王都以外が、何者かの攻撃によって陥落した!」

「はぁ!? 何よそれ! 魔王でも襲ってきたの!?」

「過去の魔王被害より酷い! ってか、他の国との通信網も途絶えた辺り考えると、魔力障壁もってないところは滅んだよ、これ!」

「じゃあ侵略しちゃいなさい!」 

「んなことやってる場合か!……呑まれた」

「……え?」

「復興が……予算が……書類が……!!」

「止めて、それ以上言わないで……!!」


2人の少女が、広い部屋で絶望に満ちた声を響かせていた。



一方その頃、和輝が元いた世界では。


「どういうことよ! 和輝が消えたですって!?」 

「はぁ? 監視も解いた? どう落し前つけてくれんのよ!」 

「い、いや……す、ごめんなさい……」

「まさかこんなことになるとは思ってなくて……」


和輝との接触禁止令が解かれたミクとルナが、いつまでたっても見つからない和輝を探すのに業を煮やし、両家の父親を問い詰めていた。

その最中に発覚した和輝の失踪に、ミクとルナは親父たちへと頑張れば死ねるとまで評されるほどの重圧と共に怒りを向けていて。


「問題起こした政治家はみんな同じことを言うのよ!」

「ついでに職と社会生命も失うんだけど、そんなんで済むと思ってる!?」


娘たちからの本気の怒りに触れ、両家の父親たちは壮絶な死に様を覚悟したという。


「お嬢様方。 あまり煩く騒がれるのであれば私がお相手いたしますが……」

さらに、後ろに控えていた燕尾服がこう言ったのが、事態の混乱に拍車をかけて。


「……あ? てめぇこの期に及んでその態度か、こら。その顔と割れた筋肉だらけの体、てめぇの血と脳味噌で彩ってやろうかぁ!?」

「ざけてんじゃねぇぞ三下ぁ! てめぇの腸引き摺り出して食わせたろか!」


2人は、およそ女子を名乗る者ならしてはならないであろう表情をし、中指を立て迫力に満ちた太い声を響かすが。


「……永遠の孤独者ボッチが、偉そうに」


呟かれた声にその挙動を止め、一周回り不気味なほど清々しい笑顔を浮かべて虚空より真剣を取りだして。

表情を変えることなく一切笑わぬ視線を突き刺し燕尾服に斬りかかる。


「面倒くさい!」


そんな2人の攻撃に、忌々しげに舌打ちを響かせ回避する燕尾服は、反撃する暇などないほどの猛攻に晒されて。

息を吐く暇もなく刀は執拗に俊敏に迫り、強張った表情をする燕尾服は紙一重で回避を続け。


「ならさっさと楽になれ死ねよ!」

「ほら、腹かっさばいてやるからさぁ!」


嗤い声響く状況に、両家の父親は事の推移を震えながら見守るしかなかったそうな。


「す、すっかり母さんに似てきて……」

「儂らも色々やったけど、もう色々通り越しおったな……」


娘の将来に不安しか感じないという父親たちは、燕尾服が死にませんように、と部屋の隅で祈りを捧げ。

そんな父親たちへと、修羅と化した2人は目を動かし吐き捨てた。


「何部外者面してんだ。こいつ片付けたら、次はてめぇらだからな」

「覚悟しとけよ。楽に死ねると思うな」


余計に燕尾服が勝ちますようにと祈る父親たちが、そこにいた。

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