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「さて、会議を続けます」


元貴族を追放した後、上機嫌な様子のフェリシアは凛とした声を響かせる。

隙あらばお前ら他の貴族も追放してやる。

そうとでも言いたげな気迫を放ち眼下で怯える者たちへと目を向けるフェリシアは、その一挙一動にまで目を配り。

そんなフェリシアの様子に口元を抑えて嗤うマリナは爽やかな笑みを浮かべると、眼下へ軽蔑しきった視線を送り冷淡な声を響かせる。


「それでは、説明をさせていただきます」


何でもいいから、早よ帰らせて。

そう思ったという和輝だが、長丁場の様相を呈し始める雰囲気に項垂れると息を吐き。

悲壮な空気を放ち無言で正座し佇むも、見向きすらされることなく捨て置かれ。


「まず最初に。天神和輝様をお迎えしたのは、大天使スラオシャ様による御神託によるものです」


響く威厳のあるフェリシアの声に、再びざわめきが広がった。

また貴様かスラオシャ、絶対しばいたるから覚悟しとれよ。

驚愕に染まる中唯一憎悪に満ちた表情を浮かべる和輝は、そんな決意を新たにしたというのだが。

そんなことなぞ知るはずもないフェリシアはといえば、和輝の様子に表情を変えることなく静かに恐怖したというのだが。

ざわめきが大きくなる中、苛立ちを隠さぬマリナは語気を強めて言葉を紡ぐ。


「事の発端はスラオシャ様の御幸逃走中。天兵連隊がスラオシャ様を拝見し追い詰めた時に偶然天神和輝様を発見したとのことです。何をどうしてこの方を発見されたのかは説明が降りてこなかったので省略します」

そんな説明に、喧嘩売ってるのかと呟く和輝はマリナに昏い視線を突き刺して。


「さて、その天神和輝様ですが、我ら迷える子羊を救おうと世界を巡行逃亡なさるスラオシャ様の拝見逮捕に総力を挙げていた天界は放置を決定。最近天神和輝様の存在を思い出したとのことで、天界は最も信頼の置ける召喚師天桜鈴音により召喚せしめました。魂の形質、波動、御神託によって確認を行いましたため、人違いという可能性は考えられません。以上、質問は……無さそうですね」

そんな視線を気にした様子も見せることないマリナだが、最早誰も自分の説明を聞いておらぬ状況に嘆息し。


「よくこんな話信じられるな……」


目の色を変える貴族たちの様子に小さく呟くと虚空を見上げ、何を言うこともなく押し黙る。

魔界、就職してこようか。

そんなことを割と本気で考えたと後に語る和輝だが、脳裏に浮かぶ狂闘獣首領サナの姿に躊躇うことなく断念したといい。


「よし、ここは私が責任を持って天神和輝様をお預かりいたそう」

「いやいや、ここは私が……」

「何を言うか、貴公には散々権益を渡して……」

「それを言うのなら、我らには貴公の公金横領罪と禁忌研究罪の証拠がありますぞ?」

「それで脅そうと? 貴公も随分と落ちたものだ。暫し独房に籠もり、神に仕えし我らに譲られよ」

「世俗の利権に蝕まれておる貴公が神に仕えるだなどとは、とんだお笑い草ですな!」


まだ若き天神和輝が絶望に浸っている頃に始まる、和輝の身柄を確保せんとする争いは既に泥沼の様相を誇っていて。

醜い欲望を全面に押し出し押し付け合うその様に、瞳孔を見開くフェリシアは口を開き手を伸ばすも弾かれる。


「天神和輝様は我々王族と政府によりお預かりいたします! 直ちに私語を慎みなさい!!」


開いた口を開けたまま疑問の表情を浮かべたその瞬間、フェリシアの後頭部を殴り飛ばすマリナは腕を組み、鋭い視線を突き刺し吐き捨てるようにして言い放ち。

逆らうなら処刑だ。

そんとでも言うが如く剣呑な空気を放ちながら議論を打ち切り封じ込め、空気が変わらぬ間に低く威圧するような声を響かせる。


「それでは、本題に移ります」


それは、粛清の合図にして暴虐の嵐の嗤い声。

そのことをよく知るという貴族たちは、誰もが皆一寸たりとも動かず逆らわず、ただ嵐が過ぎ去ることを待ちただひたすら乞い願う。


「それでは陛下。議題の提示を」


重苦しい静寂の中、口の端を吊り上げ眼下に視線を送るマリナは、念願の玩具を手に入れる寸前の子供が如く歓喜滲む声を響かせて。

そんなマリナの様子に表情を変えるフェリシアも、口の端を吊り上げ嘲るような声を響かせる。


「御神託がありました。帝国軍を再建せよと」

固まる重苦しい空気に凄惨な笑みを浮かべるマリナとフェリシアは、纏わりつくような視線を階下へ送りその反応に愉悦の微笑み浮かべ。


「それは……また、神魔戦争が起こるということですか……? 召喚した天使たちの扱いを、王国の管轄外この男に委ねるということですか……?」

手を上げそう問い掛ける後方に列席する貴族に、2人は同時に一際冷徹な視線を突き刺すと怯えるその貴族をただ見据え。


「……その可能性を否定することはできません。数多くの天使が召喚されることは、最早必定と言えるでしょう」


そして、それらは盟約により帝国軍に管理されることも。

暫し時間が経った後、徐に響く一音一音噛み締めるような声に場は驚愕へと染まり。


「しかし、御神託が下された以上我々の使命はただ1つ。御神託を全うすることです! なれば、天界の代理として遣わされた天神和輝様を帝国軍元帥の位へと置き、我らが主神への忠誠を御覧に入れようではありませんか!!」


時間を置くことなく響かす芝居がかったその声に、マリナは圧し殺したような笑い声と共に拍手を送り指鳴らし。


「では、採決を行います」

「「ヒイッ!!」」


採決の開始を宣言したその瞬間、抜刀する狂闘獣首領サナを女王フェリシアの隣へと召喚して貴族たちを恐怖の奈落へと引き摺るも。

虚ろな目を虚空に向け掠れた笑い声響かす和輝は、そんなサナに気づいた様子も見せることなく虚ろな声を響かせる。


「サナが1匹、サナが2匹、サナが3匹……わぁー、いっぱいサナが降ってきたー」


そんな譫言に目を逸らすマリナは目に涙を浮かべ俯いて、謝罪の言葉を繰り返すフェリシアの微かな声は涙に震え。

膨れ上がる重い空気に頬を膨らますサナは、元凶のマリナとフェリシアに無言で抗議の視線を突き刺すが。

誰からも相手にされぬ上に慰めようとする人もおらず、さらに心が傷つくだけだったそうな。

だが、そんな内情に気づいた様子を見せぬ貴族たちは冷や汗を流しながら浅い息を荒く吐き。

これは最後通牒であり、逆らえばこの場で討ち取られると解釈理解したといい。


「さぁ、帝国軍創設と元帥人事に対し反対の者は挙手を!」


そんな貴族たちの内心を知らぬマリナが紡ぐ、涙混じる声に誰もが強張る腕をその場に留めて押し黙る。

さりげなく涙を拭くマリナは眼下を見渡すと表情を綻ばせ、怯える貴族たちに微笑んで。


「満場一致で可決されました」

「以上で、天神和輝様の処遇に関する議題を終了いたします」


サナが剣を鞘に納めると同時にマリナとフェリシアは議題の1つが終了したことを示し、僅かながら軽くなる空気に口元歪め。


「天神和輝様は、退出してください」

「さぁ、ここから出ましょう」


マリナの声と共に和輝に近づくサナは、その手を取って立ち上がらすと王の間より連れ去った。


「あっちにこっちにサナが見えるー」


去り際の、虚ろな瞳を虚空に向け微かに呟かれる和輝の声にマリナとフェリシアは目を逸らし。

何度も何度も目に涙を浮かべて微かに紡ぐ謝罪の言葉に、和輝の手を引くサナは半泣きで足早に立ち去って。


「誰か私を慰めて……」

王の間から出る直前、そんな声が響いたそうな。



 同時期、王都の一画人が寄り付かぬ大勢の男が倒れる路地裏で。


「「へぇ、面白いことやってくれるじゃない」」


男に座る者より同時に3つの声が小さく響く。

怪しく目を光らす妖精が如く小さな生物は、獰猛な笑みを浮かべる金髪を両側で纏めた少女へと目を向け口を開いてはまた閉じて。

もう一方の方へと視線を向けるが、その先で屈託のない笑みを浮かべる黒髪の幼女の様子に、さりげなく中央に浮かぶ映像へと視線を戻し。


「……ねぇ」

「何?」

「帝国軍、使い道あると思う?」

「さぁ? いつ何が使えるのかなんて、私達でも分かりはしないわ」

「……ふふっ、確かにそうね」


それ以上何を言うこともなく、誰もが皆凄惨な笑みを浮かべて嗤っていた。



 その一方で、王の間より退出した和輝はといえば。

放心状態で自室の前へと連れられるも、サナが一匹二匹……と譫言のような呟きを続けていて。


「大丈夫ですか? 大丈夫ですよね? 私、泣きたいんですけども?」

「サナが11匹12匹……」

「うわぁーん! 私が何したって言うんですかぁーっ!!」


和輝の肩を乱暴に掴み揺さぶりながら涙目でそう問い掛けるサナだが、虚ろな声を響かす和輝の声より逃げるかの如く走り去り。

少し走った後立ち止まるサナは、待てども近づかぬ足音に振り向き人影のない廊下をただ見つめ。


「何で追ってきてくれないのぉー!?」

暫し時間が経った後、王宮に悲痛な叫び声が木霊した。



 一方その頃、天桜家では。


「かーごめかーごめ」

「かーごのなーかのとーりーが」

「いーついーつくーわれる」

「よーあけのばーんに」

「つるとかーめのくびおちた」

「うしろのしょーめんなーに」


虚ろな顔をし虚空を見つめるミクとルナが、感情籠らぬ平淡な声で歌っていた。

変なものを呼び寄せる儀式をしているのかと思うほど不気味だったと、目撃者は後に語ることになるのだが。


「もう勘弁してくれ……」

「今日で1週間だぞ……」

「もうこれ以上壊れることもないだろうと思っていたら、気持ちよく裏切りおって……」


そんな不気味な歌を、打ち拉がれながら聞いている父親たちが、そこにいた。

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