1ー3ー1 駆け引き

 天界も下界も大混乱が収まらぬ今日のこの頃、神帝王国王宮で。


「天神和輝様、女王陛下より王の間への出頭命令です」


和輝に割り振られた部屋の扉を開け放つサキとナナが、唐突のことに呆然とする和輝の腕を抱えて部屋から連れ出す。

さながら容疑者逮捕の瞬間だったと、目撃者は後に語ることになるのだが。 


「え……? え……?」


これから起こすのかは微妙にしろ、まだ何の罪も犯していない和輝はといえば、一拍置いた後戸惑ったような声を微かに紡ぐも為されるがままに連行される。

1人の男を拘束しながら複雑な道を慣れた様子で歩く2人の様子は、目撃した文官曰く異様だったというのだが。

擦れ違う衛兵たちはといえば、例外なく他の職員たちと共に敬礼して道を開け、3人が通り過ぎたところで反対の道を突き進む。

後の尋問に、『教習項目第1項、あまりにも異様な光景があるなら問い質すな、逃げろと叩き込まれております!』と、口を揃えたといい。

これを聞いた執政官マリナを初めとする国王フェリシアと軍統括官サナが士官学校へと怒鳴り込みに行くも、話し半分に流され国王執務室で涙することになるのだが。

衛兵達を一斉に退かせるまで異様な空気を纏うサキとナナは、間に和輝を挟みながら目に涙を溜めて進んでいた。

自分達は正常だと言い聞かせるようにして呟き王の間へと進むサキとナナの様子に、引き摺られる和輝は恐怖に満ちた表情を浮かべ泣き叫ぶような声を響かせて。

そんな、或る人曰く死地へと転勤を言い渡すが如く重苦しい光景を、偶然部屋の外に出ていたことにより難を逃れた和輝の従者たちは複雑な面持ちで見つめ。


「……お外行ってくるー」

「私もー」 

「えー、私も混ぜてよー」


周りの空気にいたたまれないような表情を浮かべて目を逸らし、現実逃避を始めていた。

 


 そんなこんなで一躍有名になった和輝はといえば、現在、『この門を潜るもの、生きて帰れぬと心得よ』と刻印された重厚で荘厳な門の前で立ち尽くしていた。 


「コレナーニ?」

それは、和輝に思わず片言になるほど場違い感を叩きつけたといい。


「天神和輝様が到着しました!」

「開門を!」


そんな和輝に目を向けることもない2人は、高らかな声を響かせる。

だが、暫く待てども開かぬ様に誰もが皆暫し門の前で押し黙り。


「……えっと?」

「天神和輝様が到着しました!」

「開門を!」


突き刺さる視線に肩を震わすサキとナナは目を逸らし、何事もなかったかのように再び叫ぶ。


「やかましわ!」


しかも何も変わってないし!

和輝の声に体を震わす2人だが、そんな2人を捨て置き門は微動だにすることなく佇んで。


「開けて! 開けてよ!! 閉め出さないで!!!」

「私たち、ちゃんとお仕事したでしょ? 開けてよ! ねぇ、開けてよ!!」


いくら待てども開くことのない扉を全力で叩きつけるその様に、和輝はただ一言呟いた。


「……何この役立たずども」

挙動を止め呆然とした表情を浮かべて和輝を仰ぎ見る2人だが、それ以上何を言うこともなくただ感情のない視線を突き刺す和輝の様子に目に涙を浮かべると目を逸らし。


「「うぇぇーん! お家帰るぅー!!」」

「何阿呆なことやってんの」


元来た道を駆け出そうとしたその瞬間、2人の後ろに現るマリナが声かける。


「「うわっひゃぃっ!!」」


肩を震わせ同時にマリナの方へと目を向けた瞬間飛び上がる3人は抱き合い恐怖に満ちた表情を浮かべ、マリナの額に血管が浮かんだところで息を吐くと座り込み。


「さ、さすが妖怪変化、出現方法が違う……」

「こんな心臓に悪い出来事は、いつ以来だろう……」

「こいつ、人間か……?」


流れるように紡ぐ戦慄した声に、開きかけた口を微妙に動かすマリナは手を伸ばして声にならぬ声を微かに紡ぎ。


「えーえー、どーせ私なんてー」


一向に変わらぬ空気の中、廊下に座り込み暗い空気を放ちながらいじけた声を響かせる。

だが、すぐに何かを思い出したかのような表情を浮かべると立ち上がり。


「それよりも、何度言ったら解るの! ここは、大声で叫んでも中には聞こえません!! いい? ここ押してよ!」


時間ないんだから、阿呆なことやってんじゃないよ!

戸惑う3人を捨て置きそう告げて、床の一画を開け何処かへと去って行く。


「「うっそぉー」」

そんなマリナを見送る3人は、もう何もかもがどうでもよくなったそうな。



 一方同時期、王の間では。  


「遅い、何をしておられるのか」

「大方、演技の練習であられましょうよ」 

「さもありなん」


歪な笑い声が、ひっそりと沸き起こっていた。

そんな中、最奥に座る意匠を凝らした豪勢な服を着る金髪の少女フェリシアは肘掛けに頬杖をついて息を吐き。


「本気でこの国滅ぼしてぇ」 


それが無理なら、この場にいる全員の首を跳ねたい。

そんなことを本気で考えていたと後に語ることになるのだが、一向に収まる気配のない陰湿な空気に忌々しげに舌打ち鳴らし。

本当に女王権限余興で人の首を落とそうか迷っていたというところに、フェリシアの足元よりマリナが現れ腕を組み。


「ん……!?」

「扉を開けよ!」


目を剥くフェリシアを他所に、どうせ開閉装置あれ作動していないだろうなと思ったというマリナの太い声が場に響く。

唐突に扉が開き始めたことで和輝達が飛び上がったことは、また別の話だろう。

暇潰しとか言って誰か処刑しようと思ったのに、間が悪いな。

そんなことを思う、舌打ち鳴らす女王フェリシアがいたそうな。



「はい、それでは行きますよ」

「大丈夫、怖いのは最初だけですからねー」


それこそ最初は唐突に開く扉に腰を抜かした3人だったが、そう時間の経過を要することなく立ち上がるサキとナナは和輝を強引に立たせて引き摺って。

玉座が聳える階段の前で立ち止まると、そのまま国王フェリシアの前へと突き出した。

段下より中央の道の両即端で一列に並び控える黒を基調とした高価な衣服を身に纏う男たちは、下卑た顔を隠すことなく汚らしい笑みを浮かべ和輝に値踏みするが如く視線を突き刺して。


「天神和輝様をお連れしました」

「私達はこれで失礼します」


そんな貴族たちへと侮蔑の視線を突き刺し吐き捨てるサキとナナは、それ以上何を言うこともなくフェリシアに頭を下げて王の間より退出し。

残される和輝は絶望をその顔に浮かべて押し黙り、理不尽な裁きを待つ罪人が如く蒼白な顔で俯いて。

重く歪な空気が場を支配する中、フェリシアが淡々とした声を響かせた。


「全員揃いました。王国最高会議を始めます」

「どうかお静かに願います」


フェリシアの声に一層ざわめきが大きくなる中、マリナが口々に議論を行う貴族たちを制止して。

ざわめきが収まり静寂が場を支配するのも束の間、顔に欲望を貼り付けた恰幅の良い男は中央の道へと進むとしゃがれた声を響かせる。


「申し上げます! この者は、本当に我が国への救世をもたらすのですか!!」

「貴様か……」


そんな男に舌打ち鳴らすフェリシアの恨み節は小さく響くも、この場に参列を許された貴族は口々に同意を示して和輝を見据え。


「黙れ」


和輝に何をする暇も与えることなく響く鋭いフェリシアの声に、貴族たちは表情を浮かべることなく押し黙る。

さて、どうしたものか。

口の中でそう呟き静寂が舞い降りるのも束の間、良いことを思いついたとでも言いたげな表情を浮かべるフェリシアは口の端を吊り上げ眼下を見据え。


「それは、国教たる教えにより正当なる天界に認められし召喚師、天桜鈴音への不信ということでよろしいでしょうか?」

慇懃無礼な口調で言葉を紡ぎ、隠しきれぬ喜びを抑えるようにして中央の道で自身を見据える恰幅の良い貴族に問い掛ける。


「い、いえ! 決してそのようなことは!!」


嗤うフェリシアとは対象的に、蒼白な顔より冷や汗流す恰幅の良い貴族は体を震わせそう叫び。

国教を否定する発言だと詰るフェリシアは、糾弾するような声を響かせる。


「黙りなさい。我らが主神を冒涜するか!」

「どう致しましょうか、陛下。本来ならば神の御名による粛清ですが……」


芝居がかった口調で責め立てるフェリシアに視線を向ける、口元を緩めるマリナは笑顔を浮かべて問い掛けて。


「そうですわね、これまでの国への貢献もありますし……」

肩を震わせ怯える貴族の様子に凄惨な笑みを浮かべるフェリシアは、言葉を切りながら愉悦の眼差しを眼下に向けて嘲笑い。


「貴族位剥奪、とかどうでしょう♪」

貴族が口を開いたその瞬間、弁明の時間を与えることなくマリナが歌うように畳み掛け。


「あぁ、いいですわね♪ この国の為に身を粉にして働いた者に死刑は忍びない」

「されど、主神は罰をお与えになるでしょう♪」 

「ならば、我らは穏便に試練が終わるよう俗世の権益から解き放つべきですわね♪」


追い討ちを掛けるかの如く言葉を重ねると、その顔を絶望に染める恰幅の良い貴族にフェリシアは優しく微笑んで。


「宮廷団、この者を王都から追放せよ」


声を弾ませ言い放つその様に、逆らえば次は自分だと悟ったという他の貴族は皆黙る。

憐れな中年男が貴族位から転落して追放される様に、重苦しい空気が立ち込めて。

静寂に包まれる場を満面の笑みで見渡す、マリナとフェリシアがいた。

いつの間にか放って置かれた和輝は困惑したかのような表情を浮かべて固まって、身を包む重苦しい空気に項垂れて。


「……逃げたい」


微かにそう呟くも、届くことがなければ叶うこともない声は広大な部屋に掻き消えて。

恐怖が跋扈する部屋の中、マリナとフェリシアだけが弾けんばかりの笑顔を浮かべていた。

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