1ー2ー9

 和輝が拉致される前にいた世界での、当事者曰く心寒くなる光景を露知らず。

和輝は、火の玉が浮かび踊るアスモ曰く面白物件アトラクションへと連行されていた。

そんな和輝の周りには徘徊するは、半透明の人影で。

呆然とした表情を浮かべる和輝は無言で彷徨う影たちを凝視して、掠れた声を微かに紡ぐ。


「え……?」 


幻覚でも見てるのか?

そうとでも言いたげな表情をする和輝は、自身の脳の異常を疑ったというのだが。

いくら凝視すれど増え続ける半透明な人影に、目を剥く和輝はアスモを見遣り。

何事もないかのように和輝を引っ張るアスモの様子に安堵したような表情を浮かべるが、その奥より自身に向け手を振る人影に天を仰いで押し黙り。


「アスモさん……私、変な病気にかかったみたいなのですが……」

そう時間を要することなく、和輝は錯乱状態へと陥っていた。


「は? 何言い出してんですか?」

「いや……だってほら、今目の前に透明な人が見えるし! ほら、今あの人手を振った!! アスモさんアスモさん、そろそろ帰ろ!?」 


一体どうしたの?

心配げな顔をし和輝を見遣るアスモだが、対する和輝は自身の頭がおかしくなったに違いないと必死の形相で言葉を紡ぎ。

そんな和輝の様子に首を傾げるアスモは辺りを見回すと、何か変なところはあるかと疑問げな表情を浮かべながら和輝を見つめ。


「今さら何言ってんですか?」 


いるの当たり前でしょ? 3歳児でも知ってますよ?

常識でも語るが如くそう告げて、和輝の挙動を完全に停止させた。

そんなアスモの声が消え暫し時間が経ってから、和輝は何度か唇を震わせて。


「いやいやいや! 普通いないって!! 俺の世界じゃ見えない恐怖の代名詞なんですけども!!!」

「変わってますねー」


ふざけるなと叫ぶ和輝だが、そんな和輝を捨て置きアスモは自称面白物件アトラクションの扉を開けて。


「キャァァァーーー!!!」

前方へと目を移したその瞬間、飛び退き高い叫び声を響かせる。


「え? え? 何?」

慌てて駆け寄る和輝だが、何事かと周りを見回すも首傾げ。


「ん? 何もない……」


アスモの方へと目を移したその瞬間、アスモの近くで動く物体へと目を向ける。

それの動きと合わせ表情を変えるアスモの姿に頷く和輝は微笑み讃えながら問いかける。


「アスモ? まさか、※∴※嫌い?」

「イヤァァーー!! 名前出さないで早くそれをどっかにやってー!!」


和輝がそう問いかけた瞬間飛び退き和輝に抱きつくアスモは、ふと気づいたような顔をして。


「あ……」

和輝から離れると脱力したかのように床に座り、怯えた表情を浮かべながら和輝を見上げ。


「ひぃっ!?」

不気味な笑顔を浮かべてときめく和輝の様子に、肩を震わせ恐怖に満ちた声を響かせる。


「えぇ、あの顔は完全に性犯罪者でしたね」


それは、後にこう証言せしめるほど凶悪な顔だったというのだが。

それも後から考えてみればのこと、そこまで頭が回らなかったというアスモは、涙目で和輝を見つめて鼻を鳴らし。


「和輝さんの意地悪」


これは、最早才能であろう。

ある種の人類を歓喜させるその様子は、後にアスモを使い商売を考えたものが皆、揃いも揃って口を同じくしたそうな。


「わ、悪かったって! すぐにどっかやるから!」

だが、まだそのような趣味はないと自称する和輝は、それを手で掴むと窓の外へと放り投げ。


「和輝さん、よくそんな物触れますね……」


あなた、頭大丈夫ですか?

そうとでも言いたげな視線を突き刺すアスモに釈然としない表情を浮かべる和輝だが、その抗議を口に出すことなく微笑んで。


「なぁ、アスモ。帰ろ?」


何もかもを虚空に投げて、早く帰りたいと全力でアスモに訴える。

屋内に入ったことで火の玉だの透明な人間などは居なくなったものの、人間そんなことで安心できるようには作られてはおらず。

和輝にとって、こんな場所なぞ拷問場以外の何物でもなかったという。

故に、こんな場所に長くいたくないとの一心で、和輝曰くアスモを説得きょうはくしたというのだが。

具体的な話は、また語られる時も来るだろう。

そして、和輝が昏い微笑み湛えアスモに囁き始めて数分後。


「帰る。お家帰るぅー!」

泣き叫ぶような声を響かせて、アスモは逃げ出すように入口へと走り出しては取っ手を引いて。


「……あれ?」

力を込めるも一向に開かぬ扉を前に、冷や汗を流しながら固まっていた。


「アスモ、これって……」


突如重圧に満ちる部屋の中、アスモは強張った笑みを浮かべながら蒼白な顔をした和輝の指し示す場所へと目を動かすと。

そこに佇む兎の縫いぐるみ、刃の大部分が赤く錆びた鉈を持つほつれた巨大な兎の縫いぐるみを見て呟いた。


「ええ。こいつを倒せということですね……」

声を抑えるアスモは大きく口を開けてはまた閉じて、深く息を吸うと和輝の方へと目を向けて。


「和輝さん、これから起こることは出来る限り黙っててくださいね」


濃密な殺気を振り撒きながら、静かな声を響かせる。

だが、その声に反応するは、唐突に集団で現る和輝に放り投げられた存在α者の仲間で。 


「危険ですので、そこの物陰に隠れていてください」


どこから出てきたのか。

疑問げな表情を浮かべ口を開く和輝だが、重圧に満ちた空気を放つアスモの声に開いた口はまた閉じた。

大人しくアスモが指し示す場所を見る和輝だが、そこにあるは巨大な正方形の岩石で。


「……は?」


何で屋内ここにこれがある。

呆れとも驚嘆ともつかぬ息を吐く和輝だが、釈然としない表情を浮かべながらも岩の後ろに回り込み。

和輝が避難するのを見届けたアスモは、病的に濁った目を見開き口元を吊り上げ囁いた。


「さぁ、お掃除を始めましょう♪」 

歌うようにそう告げるアスモは虚空より剣を引き抜くと、鉈兎へと狙いを定め詠うような声を響かせて。


〈さぁ、踊れ♪ 愚かな下等生物にも満たないゴミ共よ、私が裁断してあげましょう♪〉


狂気混じる声が響くと同時に炎が踊り、部屋を焼いては存在αを灰へと変える。

熱に遅れ焦げた匂いが立ち込めたその瞬間、アスモは剣を構えて斬りかかり。

鉈を振り上げ相対する兎だが、鉈が頂点に達すること能わぬまま綿片へと姿を変えて。

鉈兎の残骸に冷酷な視線を突き刺すアスモは深く息を吸うと手を伸ばし、鉈兎の残骸と共に目標物存在αを一点に集め腕を上げ。


〈闇は闇に 塵は塵へと還れ〉


興奮したかの如く太く低い嗤い声を響かせて、巨大な砲門を出現させ勢いよく手を振り下ろす。


〈無慈悲な暴力よ 全ての力をねじ伏せよ!!〉


その声が響いた瞬間、砲門に光が収束しては爆音と共に可燃物を吹き飛ばし。

断末魔さえ掻き消した轟音が消えた後、焼け焦げた床以外何も残らぬ部屋の中和輝は呆然と呟いた。


「……何でできてるんだこの床は」

「……気になるところそこですか」


半目で和輝を見据えるアスモは呆れたような声を響かすが、これが後に物語を大きく動かすことになろうとは、まだ誰も気づかなかったという。



 一方その頃、天桜家では。


「ほ、ほーら、新しい和輝くんだよー!」

「出来立てほやほやだよ……」 


後に和輝くん人形と命名された、開発者曰く容姿から手触りまで完全に再現した和輝の人形が立っていた。


「「和輝!!」」


それを見るや瞳に虹彩戻すミクとルナ灰人は地を蹴り和輝に抱きついて、口を開いてはまた閉じて。

そっと和輝くん人形から離れ、やり切ったとでも言いたげに清々しい晴々とした表情を浮かべる父親たちへと目を向けて。


「「……え?」」

虚空より取り出した大型の銃を取り出して、驚愕に固まる父親達へと銃口向けて。


「「1回死んどけぇぇ!!」」


般若が如く憤怒に満ちた表情を浮かべる2人が叫んだ瞬間、砲弾が幾度も炸裂し。

弾が尽き煙も薄れた後のこと、親も和輝くん人形1号も消えたことを確認した2人は銃を放り投げて地に座り。


「「かずきぃー……」」


虚ろな目を虚空に向けて、譫言を呟きながら再び廃人へと戻る。

銃声が消えてから暫くしてのこと、ふと思い出したかのような顔をした女が別の部屋へと現れて。


「旦那様方、ご遺体は残っておりますか?」


床を蹴り一画を浮かせると、浮いた板を蹴り飛ばし這い出る父親たちに向け吐き捨てるようにして言い放つ。


「……それはどういう意図を前提にした発言か」

「さすが須襖、とでも言うべきか」

「お褒めに預かり光栄です」


呆れたような声が響くも、侍女メイド服を着た須襖と呼ばれた少女は慇懃無礼に頭を下げると舌打ちし。


「死ねば良かったのに」

蔑むような視線を送りそんな言葉を置き残しながら、少女は他に何を言うこともなく部屋を出る。


「……あいつ、死刑にしてやろうか」

「……止めとけ、寝首かかれて殺されるだけだ」


そんな少女に絶句し溜め息を吐く父親たち雇い主がいたそうな。

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