Ⅶ 贖罪のバラッド
「……オルペさん! 大丈夫ですか、オルペさん!? ……! これは……」
司祭バコスが思わぬ死を迎えた直後、ようやくメデイアがオルペの居場所を捜し当て、すでに生き絶えている司祭を見て驚きの声をあげる。
「エヴリーデ……」
だが、オルペは横たわる司祭の
「お~い! メデイア~! オルペ殿~!」
「二人とも無事か?」
またそこへ、わずかな時間差でアウグストとハーソンも心配した様子で駆けつける。
二人とも
「ハーソン団長! それに副団長!
「少々手荒な真似をしたが、全員なんとか眠らせた。次に目を覚ます時にはまともな精神状態に戻っていることだろう」
「幻覚を見せる煙の松明も消せるだけは消しといた。狂った町娘に兵士の亡霊……まったく、こんなのはもうこりごりだ!」
駆け寄る彼らを目にしてメデイアが尋ねると、ハーソンとアウグストはボロボロの身なりを多少なりと整えようとしながら、ひどく渋い顔をしてそう答える。
「そちらも仕留めたようだな。それにしては浮かぬ顔のようだが……これでもう、君は命をつけ狙うものから逃げ回らなくてすむのだろう?」
それから地面に転がっている司祭とそれを呆然と見つめるオルペに目を向けると、どうにも違和感のある彼の態度にそんな言葉を投げかけた。
「……僕は、またエヴリーデを突き放してしまいました……もう二度と、見捨てたりはしないと誓ったはずなのに……」
気も
「で、でも、それは司祭の見せた幻で…」
「わかっています! あれが幻であり、本物のエヴリーデでなかったことはわかっているんです! でも、たとえ幻影の見せたエヴリーデであっても、僕は彼女を受け入れ、この命を捧げてやるべきだったんじゃないかと思わずにはいられないんです」
自分を責め苛む彼を弁明しようとメデイアは口を挟むが、オルペはそれを遮って、その正しい答えを自問自答するかのように複雑な今の心境を吐露してみせた。
わたしなら、いったいどうしただろうか?
そんなオルペの姿を傍らで見つめながら、メデイアはまた、それを自分の場合に置き換えて考えてみる……。
もしもハーソンの幻が現れ、自らの命を差し出せと言われたら……やっぱり自分は、それでも幻の彼が言う通りに命を捧げてしまうように思う。
それが果たして本当に〝恋〟や〝愛〟と呼ばれるものなのかわからないし、それが正しい選択なのかどうかもわからない……だが、気づけばそれほどまでに、メデイアの中でハーソンの存在は絶対的なものになっていたのである。
「他人が口出しするようなことではないが、もしも本物の彼女の霊がこの話を知ったとしたら、きっとそれでよかったと言うのではないかな?」
命をつけ狙っていた邪教の司祭が死んでもなお、苦しみの迷路から抜け出せないでいるオルペを見かね、思い切ってハーソンが慰めの言葉をかける。
「ええ。僕もそう思います。あの優しいエヴリーデだったら、きっとそう言ってくれるだろうと……でも、それでも僕は彼女を突き放してしまった罪滅ぼしがしたいんです。たった一度の機会を台無しにして、彼女を連れ戻すことのできなかった罪滅ぼしを……」
だが、無用の説教だと言わんばかりに、ハーソンのその意見を肯定しつつもオルペはそれに反論する。
「いや、もう無駄に命を投げ出そうなどとは思いません。メデイアさんと言いましたか? そちらの女騎士さんにも言われました。もう彼女を冥府から連れ戻すことはできないけれど、これから残りの人生、その答えをずっと考えながら、彼女の
続けてオルペは詩を朗じるかのようにそう告げると、薄っすらと微笑みを浮かべた顔をメデイアの方へと向けた。
……なんだ。もう心配することなんかない……たとえ苦しみの迷路に囚われたままであっても、恋人とともにその迷路を歩む彼はきっと幸せなのだろう。
その心からの穏やかな微笑みに、メデイアも薄布のベールの下でその涼やかな目元を優しく緩めた。
そして、自分もハーソンの傍らをともに歩みながら、この気持ちが本当に〝愛〟と呼ばれるものなのかどうかを確かめてゆきたいと密かに思うのだった。
「ま、その生き方はともかくとして、現実問題どうするつもりだ? もうイカれた司祭や狂った娘っ子達から追われることもないし、自分の国に帰るのか? どうやらトラシア大公の息子…ああいや、御子息様であらせられるようでございますしな」
しんみりとした沈黙が訪れた後、今度はアウグストが口火を切ると、途中、彼の出自を思い出して不意に畏まりながらそう尋ねる。
「いや、よしてください。もう僕は大公家の人間なんかじゃありません。勘当の身同然なので、家はもちろん国へも帰れません。といって、僕にできることといったら
その質問にオルペはふるふると首を横に振ると、弓になった
「先程も今と違う状況で同じようなことを尋ねたが、君がもし望むのであれば我ら羊角騎士団のもとへ来てはみないか? 匿うのではなく団員としてだ。ちょうど楽師が一人欲しいと思っていたところでな。それに弓兵も大勢いて損はないし……」
それを聞くとハーソンは、先刻、店の中で訊いたのと似て非なる誘いの言葉を彼に投げかけ、ちょっと
「おお! それは妙案ですな。彼の
「わたしも賛成です! オルペさんにはいろいろと教えていただきたいこともありますし(恋愛のこととか、恋愛のこととか、恋愛のこととか…)」
その提案にはアウグストとメデイアの二人も諸手を挙げて大賛成する。殊にメデイアなどその下心から、〝
「……そうですね。皆さんにはいろいろご迷惑をおかけしましたし、その恩返しがてら、引き続きご厄介にならせていただきますか……」
満場一致で三人から入団を請われたオルペは、特に喜ぶでも逆に嫌がるでもなかったが、なんとなく流れに身を任せる形でその申し出を改めて了承した。
「よし! そうと決まれば、オルペ君の入団祝いに〝ホラ吹き男亭〟で飲み直そう! ま、その前に死んだ司祭やそこらで寝ている
「うむ。では任せた。娘達もこのまま外に寝かせておくのはなんだ。その間に店の客達にも協力してもらって、店内へ運んでおこう」
話がまとまると、一仕事終えた後ということもあってそういう向きとなり、一同は森を出て店の前へと戻って来る。
「では、行ってまいります。まだ役人の取り調べがありますから、もし時間が余っても飲み過ぎずに待っていてくださいよ? ……ハァっ!」
念のため、一応、そんな忠告を言い残すと、アウグストは繋いでおいた馬に乗って町の中心部の方へと駆けてゆく。
「では、我々は娘達の片づけだ。この店の店主にもいろいろと面倒をかけるな……」
アウグストを見送り、ハーソンもメデイアとオルペにそう告げると、踵を返して店のドアを再び潜ろうとする。
その時、〝笛吹き男〟を少し弄った店の絵看板をなにげに見上げたハーソンは、不意にその〝法螺貝を吹く男〟のシルエットと、あの司祭の角笛を吹いている姿がなぜか脳裏で重なった。
「……? どうかなされたのですか?」
その微妙なハーソンの心の動きにも、常日頃から彼をよく見ているメデイアは逃さずに気づき、訝しげに小首を傾げながら不思議そうに尋ねる。
「幻覚を見せる煙で理性を奪い、暗示をかけて笛の音で操る……もしかしたら、〝笛吹き男〟もそうやってこども達を連れ去ったのかもしれんな……あの話の真相、君はどう思うメデイア?」
その奇妙な伝説とどこか似ている今回の一件に、ハーソンはそんなことをなんとなく思うと、一目置いている腹心の彼女に愉しげな笑みを浮かべて意見を求めた。
(Orpheus der Barde ~冥奏のオルフェウス~ 了)
※こちらは、続編的な同じ世界観で描く羊角騎士団作品……
・『Helsmen Af Drger ~ドラゴンの操舵手~』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054903926965
「ヘルスメン・アフ・ラーワ」(デンマーク語)。
本編の敵役〝白金の羊角騎士団〟団長ドン・ハーソン達が主人公の羊角騎士団シリーズ第三弾。
騎士団の乗船〝アルゴナウタイ号〟の操舵手ティヴィアス・ヴィオディーンをスカウトすることになったエピソード。
かつてヴァイキング達が活躍した北欧デンマークがモデルの北の海で、海のドラゴン〝シーサーペント〟退治。
さらに世界観を同じくする関連作品群はこちら……
〇『エルピラ・サイクル(物語群目録)』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054895101906
そして、そもそものスピンオフの元になつている本編……
・『El Pirata Del Grimorio ~魔導書の海賊~』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054889619569
Orpheus der Barde ~冥奏のオルフェウス~ 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます