Ⅴ ディオニュソスの夜祭(2)

 一方、そうしてオルペをメデイアに託したハーソン達も、こちらはこちらで危機的状況に襲われていた……。


「……ゴホ、ゴホ……だ、団長、こやつらは本当に町娘なのでしょうか? なにやら私にはフランクル兵の亡者のように見えるのですが……斬ってもよろしいですか?」


 狂信女マイナス達の振り下ろす杖を鞘で振り払いながら、周囲の煙たさに咳き込むアウグストが妙なことを口走り始める。


 じつは今、彼の眼には町娘達が別のものに映っている……。


皆、エルドラニアの長年に渡る敵国・フランクル王国特有の甲冑を身に着けているが、頭から流れ落ちる血が蒼白い顔を伝い、全身に矢が刺さっていたり、腕や脚が斬り飛ばされてなくなっていたりする……誰も彼もすでに生きてはいない、迷い出た亡者だ。


「…ゴホ……何を言っている? そのようなわけがあるか! 彼女達は町の娘……いや、墓場から蘇ったいにしえの時代のつわもの達ではないか!」


 また、同じく咳き込みながらアウグストの妄言を否定しようとしたハーソンであるが、彼も娘達をよくよく見れば、それは錆びついた古めかしい鎧に身を包む骸骨の兵士達に変貌している。


 無論、そんなことが現実にあるわけはない。彼らも幻覚作用のある煙を吸い込みすぎて、狂信女マイナス同様、幻が見えているのである。


「相手が亡霊となれば話は別だ。最早、遠慮は無用! アウグスト、一人残らず斬り払ってしまえ!」


 だが、正常な判断のつかない今の彼らには幻の方がむしろ現実である。ハーソンは襲い来る亡者を斬り捨てようと、今度こそ自慢の魔法剣〝フラガラッハ〟を鞘から引き抜こうとする……。


 が、その時、何かが彼の脳裏に強烈な警告を発した。


「……!?」


 そして、腰に差した短剣がなんだか妙に気になって抜くと、その刃が青白く闇の中で輝いている。


 その短剣も〝スティング〟といって、〝フラガラッハ〟同様、異教の古代遺跡で手に入れた魔法剣であり、持ち主の身に危険が迫ると光って知らせてくれるのだ。


「……!」


 その青白い輝きを見た瞬間、なにやらハーソンは夢から醒めたような気分になる……すると、やはり自分に纏わりついているのは骸骨の兵士ではなく、狂乱した若い町娘達である。


 また、見れば彼女達が投げ捨てた松明からはもうもうと白い煙が立ち上り、辺りを取り巻く甘い香りは霞んで見えるほどその濃度を増している。


「不覚にも幻覚を見せられたか。危うく、罪なき乙女達を斬り殺すところだった……アウグスト! 目を覚ませ! これは幻だ!」


 今、自分の身に何が起きたのかを正しく理解し、すんでのところで罪を犯さずにすんだことに安堵したハーソンは、同じ錯乱状態にいるであろうアウグストに声を張り上げる。


「ええいフランクルの亡者どもめ迷い出おって! 叩き斬ってくれるわ!」


 だが、いまだ幻覚の中にいるアウグストは、ブロードソードを引き抜くと大上段に振りかぶり、眼前の町娘を真っ向から斬り伏せようとしている。


「やむをえん。許せ、アウグスト! フラガラッハ、絶対、鞘走るなよ!」


 差し迫ったこの事態にハーソンは緊急措置として、アウグストに向けて〝フラガラッハ〟を鞘ごと投げつけた。


「うごっ…!」


 本来は自ら飛び回って敵を斬るフラガラッハだが、今回は主人の言いつけ通り抜身になることはなく、〝ポンメル〟と呼ばれる重量バランスをとるための柄頭からアウグストの左頬へ激突する。


「…………? なんと! これは亡者ではなく町娘ではないか!」


 殴られた衝撃にくらくらする頭をぶるぶると振るった後、正気を取り戻したアウグストは目の前の生きている・・・・・狂信女マイナスを見て驚きの声をあげた。


「この煙のせいだ。メデイア達が心配だな……多少乱暴にしても早く片付けて追いかけるぞ!」


 まさに魔法剣、アウグストに一撃を食らわした後、ひとりでに飛んで戻って来たフラガラッハをハーソンは握り直すと、その鞘尻で襲い来る狂信女マイナスの腹に当て身を食らわせながらアウグストに声をかける。


「ハッ! なんだか左頬が痛いですがおかげで頭がスッキリいたしました! このじゃじゃ馬娘達をとっとと眠らせましょう!」


 その声にまともになったアウグストも力強く返事を返し、自身も鞘に戻したブロードソードで纏わりつく狂信女マイナス達を払い退けた――。

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