Ⅵ 死者たちの輪舞 (1)

 その頃、森に逃げ込んだオルペとメデイア達は……。


「……思わず逃げてしまったが……いっそ、狂信女マイナス達に八つ裂きにされた方がよかったのかもしれない……そうすれば、身勝手に蘇らせようとした上に、また身勝手に突き放した僕をエヴリーデも許してくれるんじゃないだろうか……」


 漆黒の闇と青白い月影の零れ日がモザイクのように入り乱れる夜の森の中、ようやく発見したオルペは大きな木の根元に蹲り、ガタガタと震えながら譫言のようにボソボソと呟いてた。


 堪え難い恐怖と罪悪感……その二つの感情に責め苛まれ続け、最早、どうすればいいのか…いや、自分がどうしたいのかもわからなくなってしまっているのだ。


「オルペさん……わたしに恋愛のことはよくわかりません……それに、もし自分があなたと同じ立場に立ったらどうするのかを考えてみましたが、やはり実際のところはわかりませんでした……でも、逆にエヴリーデさんの気持ちになってみて思ったんです」


 そんなオルペに、自身も膝を突いて同じ目線になりながら、見つからぬよう声を潜めて恐る恐るメデイアは語りかける。


「エヴリーデの……気持ち?」


 その言葉にオルペも顔を上げ、震える瞳でメデイアを見つめ返す。


「はい。もしわたしがエヴリーデさんで、本当にあなたのことを愛しているのだとしたら、少なくともあなたが八つ裂きにされて、殺さるようなことは望まないはずです。大好きな恋人が、無残に殺されるようなことはけして……」


「……エヴリーデは……本当にそう思ってくれるだろうか……もう少しで生き返れるところだったのに、突き放してしまった薄情な僕を……」


 語りかけるメデイアに忙しなく目を揺らして途惑いを見せながらも、それでも色を失っていたその瞳に生気を取り戻し始め、止まっていた思考をオルペは動かし始める。


「でも、それは咄嗟のことで、本当にそうしたくてしたのではないのでしょう? 誰だって、変わり果てた恋人の姿を見たらそうしてしまいます。エヴリーデさんだって、そのことはわかってくださいますよ」


「……そうだ……僕はあんなことしたくはなかった……突き放してしまったことを、ずっと後悔してるんだ……」


 自分とハーソンが同じ立場になったのなら、果たしてどうしてしまうのだろうか? そんなことを考え、思い悩みながら語りかける真摯なメデイアの言葉に、徐々にオルペの凍りついた心も揺り動かされ始める。


「ともかくも、ここは生き延びましょう。ディオニュソスの信者に八つ裂きにされて、ハーデースのもとにいるエヴリーデさんに会える確証もありませんし、今死んでしまっては彼女に対して本当はどうすべきなのかも考えることができません。一つ確かなのは、あの司祭に殺されることがエヴリーデさんへの償いではないはずです」


「……ああ、そうだ……バコスや教団とは関係ない……これは、僕とエヴリーデの問題なんだ……」


 〝罪悪感〟という亡霊に囚われ、彼女への仕打ちと教団への裏切りがごちゃごちゃに混ざり合い、ずっと真実が見えなくなってしまっていた哀れなオルペも、ようやくその本来の心を取り戻したようである。


「もう大丈夫みたいですね。わたしはあの司祭を仕留めにいきます。あなたはここに隠れていてください。でも、もし司祭や狂信女マイナスに見つかってしまった場合には、これでご自身の身をお守りください」


 生気を取り戻した緑の瞳をじっと見つめ、安心したように目元を緩めたメデイアは、そう言って一本の黒い柄の付いたナイフをオルペに手渡そうとする。魔女が魔術の儀式で使う〝アセイミ〟と呼ばれる魔術武器である。


「いや、こんな情けないヘタレ野郎でも、もとはトラシア公国の王子なんでね。自分を守る武器ぐらいは自分で持っている……」


 しかし、それが本来の彼なのか? それまでは一度も口にしなかったような軽口を叩いて首を横に振り、抱えていた竪琴リュラーから弦を張った内枠部分を取り外し始める……そして、残った外枠の両端に一本のつるをかけてると、一張ひとはりの弓へとそれを変化させた。


「あなたも弓を! わたしの魔法杖ワンドと同じですね」


 その思わぬところから現れた弓を目にし、メデイアも自身の弓形魔法杖ワンドを掲げて見せると、そのベールの下の顔にくすりと微笑みを浮かべた。


「それではアセイミの代わりに、こちらのハシバミの枝で矢柄を作り、聖別した矢をお貸しします。あの司祭も半分魔界に属するような者、普通の矢よりよく効くことでしょう……では、行きます。あなたの弓の腕を疑うわけじゃないですが、どうぞご無理はなさらず、極力、隠れていてください」


 もう、一人で置いておいても大丈夫だろうと判断したメデイアは、そう告げて一本の矢を矢筒から引き抜いて手渡すと、自身は辺りを警戒しながらオルペのもとを離れて行く。


「ああ。基本的に憶病な卑怯者なんでね。ご忠告通り、ここで小さく身を縮めているよ」


 その月明かりに浮かび上がる白いマントで覆われた華奢な背中に、気づかれぬよう声を潜めながらも、オルペはやはり軽口を叩いて返した。


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