Ⅱ 隠れ家の吟遊詩人(1)

「――というような吟遊詩人バルドーを知らんかね? 見てくれはこう痩せ型の中背で、長い髪をした女と見間違うほどの美男子らしいんだが……」


 もう何件目かになる飲み屋のカウンター越しに、アウグストは身振り手振りを交えながら店の主にそう尋ねる。


 吟遊詩人バルドーの情報を得るにはやはり酒場が一番であると考えたハーソン達は、町の飲み屋を一軒々〃廻って聞き込みを行っていた。


 まるでいにしえの時代、アスラーマ教徒の手から聖地ヒエロシャロームの奪還に向かった〝神の眼差し軍〟のような、物々しい甲冑姿をした三人に最初は警戒を示す住民達だったが、伝統ある〝白金の羊角騎士団〟の名前を出すとすぐに信用して協力的に受け答えをしてくれた。


 チャーメルンは神聖イスカンドリア皇帝に忠誠を誓っている町なので、その権威の賜物といったところであろう。


 ただし反面、彼らはそのほとんどがレジティマム(正統派)と敵対するビーブリスト(聖典派)であるため、これが預言皇庁から依頼された仕事であることはおくびにも出してはならない。


預言皇の任命で即位するイスカンドリア皇帝とはいえ、聖と俗の最高権威というそれぞれの立場から皇帝と預言皇も微妙な関係にあり、この町を取り巻く政治状況もまた、いろいろと複雑なのだ。


 ま、ともかくも、そんな単純には割り切れない世の中の仕組みなんかよりも、今は目の前の仕事である。


「さあねえ。飲み屋に来る吟遊詩人バルドーなんてたくさんいるし、特に珍しくもない風貌ですからねえ。ま、女みたいな美男子ってのはちょっと目立つかもしれないが……」


 大きな腹に茶のエプロンをしたメタボ体質の店の主は、カウンターの向こうで木製のジョッキを拭きながらそう答える。


 ここの店主同様、上から聞いた吟遊詩人バルドーの特徴を説明して訊いてみても、これまでのところその結果は芳しくない。確かに、こんな薄い情報だけで心当たりのある人物を教えろという方が無理な話だと、尋ねているアウグスト自身、そう思っている。


「ええい! 捜させるなら捜させるで、もっとマシな特徴とかなかったのか!?」


 何度も空振りに終わっているこの無駄な聞き込みに、アウグストは人目も憚らず声を荒げると、鼻息荒くまたも顔を真っ赤に憤慨する。

 

「確かに……だが、考えようによっては〝魂を奪う吟遊詩人バルドー〟ということ自体が最大の特徴ともいえる。道すがら街道でも聞いたように、現れれば事件となり、その噂がすぐに広まるだろうからな」


 腕を振り回して憤るアウグストに、背後のテーブルで名物スープ・パスタ〝ラ・メーン〟を啜っていたハーソンは、対してそんな冷静な分析を与えてみせる。


「では、この町にいるという情報はガセだったということでしょうか?」


 同じく〝ラ・メーン〟の細いパスタをベールの下の口に運んでいたメデイアが、そんなハーソンの解釈を聞いて少し驚いたように尋ねた。


「ここまで噂が聞かれないということは、そうかもしれないな。あるいは、すでに近隣の町へ移動してしまった後かもしれない。我々もこれ以上、この町に長居することは得策でないようだ……」


 だが、彼女の質問にハーソンがそう答えたその時。


「旦那方、俺ぁ、その吟遊詩人バルドーの話、聞いたことありやすぜえ」


 店の隅にあるテーブルの方から、そんな男の声が不意に聞こえてきた。


 そちらを三人が振り返ると、いかにもゲルマーニュ人っぽい大きな図体をした男が、ビールジョッキ片手にすっかりできあがった赤ら顔で腰掛けている。


「大工のディルクです。ここらじゃ有名な酒飲みで、ああしてほら、昼間から仕事さぼって飲んだくれてるんでさあ。しかもツケでね」


 訝しげにその酔っ払いを見つめるハーソン達に、少々迷惑そうな顔をしながら店主が即座に説明をしてくれる。


「ほおう……その話、詳しく聞かせてくれ。礼に一杯奢ろう」


 半信半疑ではあったものの、思わぬその情報にハーソンは目を細めると、チャリン…と音を響かせて一枚の銀貨を店主の方へ弾き渡す。


「おお! そんなつもりじゃなかったんだが、こいつはありがてえ。そうとなりゃあ、なんなりとお話しさせてもらいやすぜ!」


 するとそのディルクという飲んだくれはますます気をよくして、千鳥足で近づいて来るとどこか自慢げに語り始める。


「もっと山際の町の外れの方に〝ホラ吹き男亭〟っていう飲み屋があるんすがね、そこに出入りしてる吟遊詩人バルドーが、その歌を聞いた者の魂を奪うって噂なんでさあ。俺も見たことはねえんですけどね」


「ホラ吹き男亭……〝笛吹き男〟をもじった店の名なんでしょうが……ガセネタとしか思えないネーミングですな」


 だいぶ酔っ払っている大工ディルクの話に、アウグストは白い目を彼に向けて露骨に疑念を顕わにする。


「だが、こことは反対側の町外れを中心に活動しているのであれば、ここら辺で話が聞かれなかったのも納得できる。酒飲みならば、飲み仲間繋がりで方々の話が耳に入ってくるだろうしな……メデイア、君はどう思う?」


 一方、逆にハーソンはある程度の信頼をその情報に置くと、残るメデイアにも意見を求めた。


「わ、わたしですか!? わ、わたしはその……ハーソン団長のご意見に従うまでです……」


 突然尋ねられたメデイアは、ベールの下の顔をまたも赤らめて、どぎまぎしながらそう答える。油断していたこともあるが、そんないきなり声をかけられては、やはりドキドキしてしまう。


「そうか……ともかくも、他に情報がない以上、確かめてみる価値はあるだろう。アウグスト、〝ラ・メーン〟を食べ終わったらさっそく行ってみよう」


 反射的に答えてしまった後、そんな自分の意見も言わないで役立たずだと思われたのではないかと心配するメデイアであったが、当のハーソンは特に気にもとめていない様子で、まだ〝ラ・メーン〟を食べかけたままのアウグストにそう声をかける。


乙女は、何につけ好意を抱く相手の反応が気になるものなのだ。


「ま、他に手掛りがない以上、騙されたと思って酔っ払いの話に乗っかってみますか……しかし、この〝ラ・メーン〟というパスタ、なかなか旨いですな。スープは鶏を煮込んだものですかな? 上に載ってる厚切りのハムもイケる……ズズ~…」

 

 どこかまだ納得のいかない様子ながらもそう言って席に着くと、アウグストも残りの〝ラ・メーン〟を急いで啜り、彼らはその〝ホラ吹き男亭〟とやらに向かうこととなった――。

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