Ⅱ 隠れ家の吟遊詩人(3)

「――けっこうイケるな、この〝ネズミの尻尾〟とやら」


「スープに入った〝ラ・メーン〟とまた違って、炒めた〝ネズミー・ラ・メン〟もハマりますな」


「ワインも上品な味で美味しいです」


 お目当ての人物を待つ間、特にやることもなかった三人は店の名物とご当地ワインに舌鼓を打っていた。


 場末の飲み屋で提供される田舎料理とは思えない繊細な味で、ワインのセレクトもいいし、もしかしたらこの店主、以前はどこかの高級料理店で働いていた料理人なのかもしれない……その店を辞めた後、独立して始めたこだわりの飲み屋といったところか……。


「こんばんは。今夜もご厄介になります……」


 そうして、思いの外美味であった名物料理を称賛していたその時、不意に入口のドアが開いて、そんなか細い男の声が聞こえてきた。


 三人がそちらへ目を向けると、白い羽根付きの幅広帽をかぶった旅人風の、手に古代風の小型の竪琴〝リュラー〟を抱えた若い男が一人、そこに立っていた。


 中背の痩せ型で巻き毛がかった茶色の長髪、色白の肌に緑の瞳をした、一見、女性かと見紛うほどの美男子である。


 一目見て、すぐに彼が店長のいう吟遊詩人バルドーであることがわかった。しかも、噂に聞いていた人物の特徴ともだいたい合致している。


「やあ、いらっしゃい。ちょうどいいところに来た。こちらのお客さん達が君の演奏をぜひ聞きたいとご所望だ」


 案の定、店主も彼を見るなりそう言って、親しげに声をかけている。


「ありがとうございます。オルペと申します……」


 店主にハーソン達を紹介されると、そのオルペと名乗る吟遊詩人バルドーは、彼らの前までやって来て慇懃に挨拶をする。だが、その淡い緑色をした目に生気はなく、声色も芸人とは思えないくらい妙に暗い。


「どのような曲をお弾きしましょうか?」


「君の噂を旅の途中に聞いてね。聞いた者の魂を奪う・・・・ほどの名演奏だというじゃないか。ぜひともその曲を一つお願いしよう」


 やはり暗く沈んだ声でリクエストを尋ねるオルペに、ハーソンは素知らぬ風を装いながらそうカマをかけてみた。


もしも彼がお目当ての吟遊詩人バルドーならば、何かしらの反応を示すはずだ。


「……わかりました。僕などの演奏、そんな大したものではありませんが、それでも一番評判の良い自作のうたをお聞き願いましょう」


 だが、彼は伏目がちに少し考えた後、特に変わった様子も見せることなく、いかにも自然な態度でそんな答えを返す。


「では、いつものようにそちらの席をお借りして……」


「お! 兄ちゃん、なんか弾いてくれるのか!」


「待ってましたあ!」


 すでに日も沈み、新たにやって来た客達で店の中は賑わいを見せ始めており、奥の壁際に置かれた椅子に腰掛けるオルペを見て、常連なのか歓声をあげる者なんかもいる。


「どう思う、メデイア?」


 一方、彼が竪琴リュラーの弦を締め、演奏の準備をしている間に、ハーソンはそちらから目を逸らすことなく、小声でメデイアにその印象を尋ねてみる。


「安易に判断はできませんが、見た感じ、魔術師や邪教の崇拝者には思えないかと。まるで死んでいる人間のような、なんだか妙に暗いオーラを纏ってはいますが、悪魔や魔物の気配も感じられません。ただ、普通、吟遊詩人バルドーがリュートやビウエラで演奏するところ、手持ちの竪琴リュラーというのはずいぶんと古風ですが……」


 その質問に、メデイアは魔術師的な見地とともに、旅芸人として見た時の感想も付け加えてやはり囁くように答えた。


初めてハーソンが出会った時の彼女は女子修道院にいたが、それ以前は〝ロマンジップ〟と呼ばれる流浪の民の一員として、魔女の占いやまじないを生業なりわいに旅芸人のような仲間とともに生活を送っていたのだ。


「私もただの根暗な若者にしか見えませんな。というより、あんなに暗くて、よく人前で歌うことを商売にしようと思ったものかと……」


 また、二人の会話を傍らで聞いてたアウグストも、声を潜めて異口同音の意見を口にする。


「それでは、準備ができたので始めたいと思います……」


 ところが、静まる客達の前で調整の終わった竪琴リュラーを構え、不意に演奏者の顔へと一変した吟遊詩人バルドーの発したその歌の題名に、三人は予想外にも背筋に冷や水を浴びせかけられたかのような衝撃を覚えることとなる。


「では、聞いてください。〝冥府下りのうた〟……」


 図らずもその表情を強張らせ、一転、警戒を強めるハーソン達を他所よそにして、静まり返った店内にポロン…と淋しげな竪琴リュラーの音を爪弾きながら、その〝魂を奪う吟遊詩人バルドー〟にはいかにも似つかわしい題名の歌をオルペは朗々と弾き語り始めた――。

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