第3話 新しい家族は小説家志望の女の子

「起きる起きる。起きるってば。腹も減ったし朝飯食わないとな」

「もうお昼ですよ?」

「……まじで?」


 俺はすぐに枕元に置いておいたスマホを手に取って時間を見る。ホントに昼だった。一応部屋には壁掛け時計があるんだが、電池が切れていて動いていない。替えよう替えようと思っている内に、いつから止まっているのかも忘れてしまった。

 ……って、昼? あれ?


「昼なのになんでまだそのパジャマ姿?」

「えっ?」


 いつもの母さんなら、休みの日でも起きたらちゃんと着替えろって言ってくるのに。俺だけじゃない。前に友達が泊まりがけで遊びに来た時も言ってた。ちなみにその友達は母さんにそう言われて「八代の母さんいいよなぁ……。合法ロリ最高」とか言いながら喜んでいた。やめろっ! そんな目で人の親を見るなっ!


 とまぁ、そんな感じだから例え客人でもパジャマ姿のままでいさせないはずなんだけどな。


「あの……ですね? 一応着替えとかは何着か持ってはいたんです? だけどその……汚れていて、お母さんが全部洗濯してくださって、代わりにお母さんの服を何着か渡されたんですけど……」

「けど?」


 なんだ? 言いずらそうにしてるな。


「サイズが……ですね? 小さくて……。き、着れない事はないんですけど、む、胸がキツくて……」


 あぁ……なるほどね。確かにね。今もキツそうだもんね。だけどその格好でいられるといろいろと問題があるわけで……。


「ちょっと待ってて」

「はい?」


 俺は布団から出るとクローゼットを開けてタンスを漁る。そしてまだ割りと新しめのVネックの白いシャツを取り出すと彼女に渡した。


「それ、着ていいよ。まだほとんど着てないし。嫌じゃなかったらだけど」

「あ、ありがとうございます! じゃあ──」


 彼女はそう言うと俺の目の前でボタンを一つ外した。瞬間、押し付けられていた胸が少しはみ出そうになる。

 いやいや、なんでここで着替えようとするのよ。


「あ、とりあえず部屋から出てくれると助かるかな? 俺も着替えたいし」

「あっ、そうですよね。ごめんなさい。後……これからよろしくお願いします」


 よし、極めてスマートに退室を促せたはず。胸元ガン見はバレてない……といいな。

 よろしくの意味はわからんけど。


 着替えて下に降りるとそのまま洗面所にいく。顔を洗ってると脇にある洗濯カゴの中にある色とりどりの下着が目に入った。

 ブラの大きさ的にあの子のだろう。だからと言って、「こ、これはっ!?」みたいな変態ムーブはしない。好きな子のとかだったらわかんないけど。まだ名前しか知らないような子だしな。だからそのまま顔を拭いてリビングに向かう。


「おはよ」

「おそよ。テーブルの上にお昼ご飯置いといたからね。食べたらちゃんと片付けなさいよ」

「分かってるよ」


 リビングでは母さんが洗濯物を畳んでいた。何故か彼女も。いやいやいや、意味がわからん。なんで? それに今その手に持ってやつ、俺のパンツなんだけど。

 あ、あれか? 泊めて貰ったお礼にとか? まぁ、それならわからなくもないか。

 とりあえず自分の中で無理矢理納得させて、用意されていた飯を食べた後にコーヒーを淹れていると、母さんが「私達の分も」って言うから三人分淹れた。ミルクとシロップはセルフサービスね。

 そして今、テーブルには三人が集まっている。

 俺の隣には俺が渡したシャツを着た彼女が。そして向かいには母さん。


 そして母さんが一口飲むとこう言った。


「千秋、今日からこの子……香月ちゃんね、ウチで預かる事にしたから」

「誘拐?」

「ぶふぅっ!」

「違うわよっ!」


 結構真面目に心配したのに、隣からは吹き出すような声。向かいからはシロップの入った小さなカップを投げられた。解せぬ。


「じゃあなんでいきなりそんな話になるんだよ」

「私が勝手に決めたんじゃないわ。あんたが寝てる間に香月ちゃんのお母さんと電話で話をしたのよ。それでそういう話になったの。パ……お父さんの許可はもう貰ったわ。 香月ちゃんは、「そんな!いいです! そんな事してもらう訳には!」って言ってたけど却下したわ。それに……あんたも昨日「甘えろ。頼れ」って言ってたじゃない? ん?」

「んなっ!?」


 まじか! 聞かれてたのかよ! 恥ずい恥ずい! ひぃ!

 つーかさ、それで自分の娘を知らない家に預けて放っておくってどうなのよ? そこらへんちょっと嫌だな。


「ちなみに月曜日に香月ちゃんのお母さんがウチまで様子を見にくるから。あんたが心配するような親じゃないわよ。少なくても香月ちゃんのお母さんはね」


 お母さんは? ってことは問題は父親の方なのか。


「わかったよ。俺は別にいいけど──その理由は? 可哀想だからってだけじゃないんだろ?」

「それは……香月ちゃん。自分で言える?」

「……はい」


 母さんが彼女に話すように促すと、ゆっくりと話始めた。


「あの……私には夢があるんです」

「夢?」

「はい。私、小説家になりたいんです。だけど、堅実主義者の父はそれを認めてくれなくて、唯一の味方は母と妹だけでした。そんな中、去年の今頃にWebで書いていた作品に興味を持ってくれた出版関係の人がいたんです。私の実家は北の方の山の中だったので、直接持ち込む為に上京しようとしたら父が怒ってとうとう家からも出してくれなくなってしまったんです」


 小説か。俺もラノベとかWeb小説とか読むけど、その中に彼女もあったりしてな。

 つーか家から出さないってのもひどいな。せっかくの娘の夢のチャンスなのに。


「その結果、連絡も出来ないでいたらその話は流れてしまいました。あまりにもショックでしばらく引き篭っていたら高校も退学になってしまい、こんな家に居たくないと思って気付いたら家を飛び出していたんです。そして前に声をかけてくれた人の会社があるこの街に着いて、直接持ち込んでみたんですけどダメで、それでも諦めきれなくて住み込みのバイトとかも探したんですけど、それも無くて……」


 まぁ、そんな都合良くはいかないよな……。

 そうか。なるほどね。それでネカフェで寝泊まりしてたってわけか。なんつー危ない真似を……。


「それで、持ってきたお金も無くなって、ネットカフェからも追い出されてとうとうどうしようもなくなった時に──千秋君が私には手を伸ばしてくれたんです……」


 うっ……。涙目で見つめてくるなよ……。


「ほら千秋聞いた!? 私こういうのにホント弱くて……。もうね、今朝この話聞いた後にすぐに電話したのよ。「娘さんの夢の為にウチに預からせてくださいっ!」って。まぁ、最初はびっくりしてたけどね? だけどなんだか色々話す内に意気投合しちゃって! それからなんやかんや話してる内にこうなったのよ。ちょうど香月ちゃん高校行ってないし、お父さんの事はなんとかするって言ってたわ」


 その色々とかなんやかんやって何だ!? いや、大人同士の話だから俺が聞いてもわかんないだろうけどさ。


「なぁあんた。それ、俺が嫌だって言ったらどうなるんだ?」

「その時は……」


 すぐに文句を言って来ると思った母さんは何も言わないで俺を見ている。

 彼女は何かを言いかけて俯き、黙ってしまう。

 帰るとは言わないか。って事はまた昨日見た様な状況になりかねないな……。

 はぁ……。俺は溜息を吐きながら席を立つ。


「まったく。せっかくの休みだってのに……」

「千秋、話はまだ終わってないでしょう?」

「終わりだよ。母さん、雑巾どこだっけ? あの部屋掃除しないとだろ?」

「さっすが私の愛息子! 今用意するから待ってなさい!」


 母さんはそう言うとリビングから出ていった。


「あの……」

「ん?」

「ありがとうございます……」

「いや、俺も夢とか趣味の全否定されたら同じことするかも知れないしな。それよりもあんたが住む部屋なんだ。片付けるの手伝ってくれるよな? 一宮」

「……っ! は、はいっ!」


 一宮は瞳に涙を浮かばせながらそう返事をする。だからぁ、トュンクしちゃうからやめろっちゅうに。

 そこで母さんが掃除道具一式を持って戻ってきた。


「そう言えば香月ちゃんね、あんたの一個上だから」


 ……まじで?




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 こちら、カクヨムコン応募作品になります。


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