第16話 恋人割引
学校を出て俺と沢渡は駅に着く。
いつもなら真っ直ぐに改札を通るとこだけど、今日は違う。
改札の少し手前にある渡り廊下を進み、隣にある駅ビルへと向かう。
このビル、下は地下二階で上は八階まであり、デパート、飲食店、雑貨屋に本屋やCDショップ、更にはアミューズメントエリアまで入っていて、俺達と同じ学生を大勢見かける。
そして今日の目的地であるクレープ屋の【デセール】は、七階の飲食店エリアの一角に店舗を構えている。
俺達は最初、エレベーターで行こうとしたけど、混んでるうえに中々一階まで降りてこない為、エスカレーターで上まで上がる事にした。
「エレベーター凄い人だったね? いつもはあんなに混んでないんだけどなぁ」
「多分、入口に貼ってたチラシのせいじゃないか? どこかの階の化粧品売り場で半額セールとか書いてあったぞ。沢渡は見なくていいのか?」
「う~ん。私はあんまり化粧とかしないからいいかな? 休みの日にはたまにするけど、まだ全然残ってるし。それよりも……八代君はなんで真後ろに立ってるの?」
「ん? だって沢渡スカートだろ? 下から覗かれたりしたら嫌だろうと思って」
「あっ……」
実際に俺達がエスカレーターに乗った後、後ろから他校の男子生徒が数人ニヤニヤしながらついてきたしな。俺が沢渡の真後ろに立った途端に、興味無さそうに会話を始めたのがチラッと見えた。
……やっぱり沢渡の容姿は目立つんだな。
「もぅ……ホントにそういうところが昔から……ホントにもぅ……」
あ、ヤバい。もう少し遠回しに言えば良かったか? 沢渡の顔が真っ赤になってるじゃんか。
そりゃそうだよな。スカートの中イコール下着だもんな。とりあえずもうこの話題には触れないでおこう。
「それで、沢渡は食べたいの決まったのか?」
「実はまだ悩んでるの。イチゴにするかチョコにするか……。う~ん、どうしようかなぁ?」
「ほら、悩んでるうちにもう七階だぞ……って、なんだこりゃ……」
「わぁ……」
俺達が七階に着いて目にした光景は、クレープ屋に並ぶ行列だった。しかもほとんどがカップル。俺のイメージだと、女子が集まってるような感じだったんだけど……あ。
「沢渡、アレ見てみ。あの看板。エレベーターが混んでるのはこっちのもあったみたいだな」
「ん? どれ~? えっと……【恋人同士限定でクレープ半額! 更に来月販売予定の新メニューを数量限定で一つサービス!!】だって。あぁ~うん。これは並んじゃうよねぇ……」
だよなぁ。つまり簡単に言えば、一個分の値段で三個って事だろ? まぁ、物によって値段の幅はあるだろうけどさ。まぁ、俺達には関係ないけども。
「ね、ねぇ八代君……」
「ん~?」
「三個分が一個分ってお得だよね? ね?」
「あぁ、まぁそうだな。けど今日は俺の奢りなんだからそんなの気にしなくてもいいぞ?」
「あ……うん……」
俺の財布を心配してくれたのか? けど、なんでそこで凹むんだ?
っと、列が進んだな。
◇◇◇
──並ぶ事しばらく。ようやく俺達の番になった。沢渡はずっと悩んでいたみたいだけど、やっと決まったみたいで、「よしっ! 決めた!」って隣で小さく呟いてるのがさっき聞こえたな。で、店員の前に行き、お互いに食べたい物を頼む。沢渡は、
「バナナチョコレート生クリームのブラウニー&アイスでお願いします」
だそうだ。俺だったら名前が長くて噛みそうだな。俺はそれのストロベリー版にした。
甘いのはな、ホントに好きなんだよ。だから後ろの女子達、クスクス笑うのやめてくれない?
そして注文を終わらせ、会計のカウンターに向かおうとした所で店員がこんな事を言ってくる。
「確認ですが、お客様は恋人同士ですか?」
って。いやいやいや、違う違う。
確かに周りはカップル同士だけどさ。俺達は違うよ。だから俺は否定しようとして──
「いえ、ちが──」
「はいっ! 恋人です!」
否定出来なかった。沢渡が俺の腕に抱きつきながら、俺の言葉に被せるようにそんな事を言ってきたから。
いや、ちょっと待てって。
周り見えてるか!? 俺らの学校の制服着てる奴もいるんだぞ?
「おい沢渡!? 俺達は別に──」
「昨日、朝からほっぺにちゅうしたぁ……」
「なっ!? いや、それは……」
今それを持ち出す!? 確かにしたけども! だけどアレは事故みたいなものであってだな? あぁっ! 店員さんもなんかニヤニヤしてるし!
「では、お客様がラブラブな恋人同士なのを確認しましたので、新メニューのサンプル一つお付けしますねえ~。お会計も半額になりまぁ~す」
あぁもう! すっげぇ笑顔だなぁおい!
結局、会計が終わって商品を受け取り、フリーのイートインスペースの椅子に座るまで沢渡は俺の腕にしがみついたままだった。
「なぁ、沢渡?」
「わぁ! これすごくおいしー! とてもおいしー!」
「いや、手に持ってもいないし、まだ一口も食べてねぇじゃん……」
「ううっ……。怒ってる?」
クレープはまだ俺の手にした袋の中だ。
そこを指摘すると、沢渡は小さくなりながらもそんな事を聞いてくる。……そんなしょぼくれた顔しながら言われたら、例え怒ってたとしても霧散しそうだな……。
「いや、怒ってはいないけどさ? けど、後ろに並んでる人達の中に俺達と同じ制服の奴らもいたんだぞ? いくら得をしたいからって、勘違いでもされて変な噂が流れたら嫌だろ?」
「……別に得をしたかった訳じゃないもん……それに、それはそれで……外から埋めて行くのもアリだって冬子ちゃんも言ってたし……」
「ん? 九重がなんだって?」
「へ? あ、ううん。何でもないの! それに噂とか全然気にしてないから大丈夫だよ!」
「う~ん。沢渡がそう言うならいいけどさ……。じゃあ早速食べるか?」
「うんっ! いただきまぁ~す!」
俺が袋からクレープを取り出して手渡すと、沢渡は途端に笑顔になり、ひとくち食べると更に蕩けたような顔になった。それを見た後、俺も自分の分を一口。
うん、美味い。
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