第15話 コイツのそんな姿を見られたくない

 翌朝、沢渡と約束した通りに駅に向かう。

 とは言っても、俺はいつも通りに行くだけなんだけどな。

 今朝は少し冷えてたから、クローゼットから少し薄手のコートを出してきた。色はブラウン。本当は黒が欲しかったけど、サイズが無かったんだよな。まぁ、派手な色じゃなきゃなんでもいいけどさ。


 で、駅に着いたけどまだ姿が見えない。おそらくホームで待っているんだろう。俺が改札を通っていつものホームまで行くと、ベンチに座っている沢渡がいた。

 折りたたみ式らしき鏡を見ながら前髪をいじっている。それを鞄にしまうと今度は、制服の首元を引っ張って中をのぞいては、何度か頷いていた。

 ……何してんだ?


「おはよう、沢渡」

「へ? あ、八代君おはよ!」


 俺の挨拶に返事を返してくれる。だけど声をかけるタイミングがまずかったのか、沢渡は首元を引っ張ったままで俺を見上げている。そして沢渡は座っていて、俺は立っている。


 ──薄いオレンジ色の下着が見えてしまった。


 これで近くにいるのが俺だけなら目を逸らすだけでいいんだけど、周囲に他の生徒も増えてきた。実際、俺の視界に入った男子生徒が、不自然に進行方向を変えて沢渡の後ろを通り過ぎようとしている。

 だけどなんて声をかければいいんだ? 下手な事を言って恥ずかしい思いをさせるのもな……。だけどすぐ近くにまで覗こうしてる奴が近づいてる。

 結局、悩んだ挙句に俺はその首元を引っ張っている沢渡の手を掴んで立たせた。


「へ? 八代君? ふぇ? て、手が……」

「行こう」

「え、あ、うん……へへ」


 そのままいつも乗る車両のドアが目の前にくる位置まで行くと、すぐに手を離した。

 覗こうとしてた男がこっちを見てくるけどそれは無視。とりあえずホッとした。……ホッとした? まぁいいや。

 さて、後は電車が来るのを待つだけだな。

 と、その時俺の袖を沢渡が控えめに引っ張ってくる。


「ね、ねぇ八代君……。どうしていきなり手なんて繋いできたの? 何も言わないでいきなり離しちゃうし……」


 そんな事を上目遣いで言ってくる。しかもなんか凹んでる様な表情で。あ、嫌だったか……。別に手を繋ぐって意識でやったわけじゃないんだけどな。それに手を掴んだ理由か……。


 言うべきか? 言ったらきっと恥ずかしがってしまうだろう。

 なら言わないで適当にはぐらかすか? いや、その適当な理由も思いつかない。

 それに今思い付いたけど、言わないでおいてまた同じ様な事をした時、他の奴があの姿を見るのは……なんか嫌だな。言うか。


「いや……な? 沢渡さ、さっき座りながら制服の首元引っ張ってただろ? それを他の男が見てて、その……沢渡の胸元を覗こうとして近づいて来たんだ。だから覗かせないように立たせて連れてきたんだよ。上手く口で説明出来なくてな」

「ってことは──もしかして……八代君は見た?」

「……ちょっとだけ。ごめん」

「ひゃぁぁぁ……」


 そう言いながら沢渡は俺の背中に隠れてしまう。制服を掴まれる感触と一緒に、背中に頭を押し付けられる。


「でも……そっかぁ。見たんだぁ……恥ずかしいけど少し盛っておいて良かったぁ……」

「盛る?」

「あ、ううん! な、なんでもないよ! 大丈夫だから! それに怒ってないし……八代君だったら……」


 良かった。怒ってはないみたいだ。

 他の男に見られるのが嫌だ──なんて独りよがりな訳わからない理由もバレてないみたいだし。

 そう思っていたら、背中に感じていた沢渡の頭の感触が離れる。

 すると後ろから顔だけをぴょこんと出して、俺の事を見上げてきた。


「でも八代君は見たんだよね? う~ん、どうしよっかなぁ~?」


 前言撤回。顔は笑ってるから怒ってはいなそうだけど、何か思う所はあるみたいだ。

 どうしようかな。確か五條が九重を怒らせた時は……。


「確か今週は部活無いって言ってたよな? 帰りにクレープでいいか?」

「駅ビルの【デセール】ねっ!」


【デセール】──たしかフランス語でデザートって意味って聞いたことがあるな。

 行ったことないし、俺も甘いのは好きだから少し楽しみだ。


「わかったよ」

「やった♪ 楽しみだなぁ~。あそこのクレープ美味しんだよね」


 沢渡は行った事あるのか。道理でそんなに嬉しそうな顔するわけだ。


 その後、昨日みたいに電車が混むことは無く、二人とも座ったままで乗ることができた。

 沢渡は隣で放課後行く事になった店のサイトを開き、「どれにしようかな~?」って呟いている。

 ただ──なんか距離近くないか?


 ◇◇◇


 そして、その日の最後の授業はいつもなら自習の時間なんだけど、今日は違かった。

 朝のHRでも言われていたけど、どうやら文化祭での出し物を決めるらしい。


 五條が【メイド喫茶】や【ケモ耳喫茶】をやたらと主張していたが、それは全てクラス委員もやっている九重に叩き潰されて、笑われていた。俺にも意見を出せと言われてお好み焼きを提案したけど、なんか地味。と言われて却下。なんでだよ。いいじゃんお好み焼き。うまいし腹持ちもいいし。

 で、結局【童話喫茶】をやる事に決まった。どうやら童話のキャラクターの衣装を着て接客するとの事。アニメとかじゃなく、世界的に有名な物のコスプレなら保護者からの反対もないだろうとの担任の許可がおりたからだ。


 全員が扮する訳ではなく、数人が接客、残りは裏方になるみたいで、それは次の話し合いで決めるらしい。

 俺は裏方でいいな。


 その話し合いも終わって放課後、俺は帰る準備をすると沢渡に声をかける。


「沢渡、行こうか」

「あ、うん! 良かった。ちゃんと覚えてたんだね?」

「ん? そりゃあな。忘れる訳ないだろ?」

「へ? あ、うん……そっかぁ。そうなんだぁ……。へへへ。じゃあ行こう行こう!」

「おわっ! おい、押すなって」


 俺は沢渡に背中を押されながら教室を出る。

 微かに聞こえた沢渡の友人の、「七海ちゃん頑張って!」って声。

 あれ? 説明してないのか?

 沢渡は今日部活休みだぞ?





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