第14話 友達なら普通

「ではお邪魔しました。娘の事、よろしくお願いします」


 俺と母さん、そして一宮の三人は玄関で美月さんを見送る。どうやら頻繁にとはいかないけど、時間を見付けて様子を見に来るらしい。

 そんな事を俺の宣言によって時が止まった後の会話で言っていた。


 夕飯も一緒に──と、母さんが誘ったみたいだけど、新幹線の時間の都合でそれはまた今度になった。今回は急な事であまり長く時間がとれなかったとのこと。


「美月さん、今度来る時はぜひみんなで食事でもいきましょうね」

「そうですね。次来る時は時間に余裕を持って来たいと思います。今度はこの子の妹も連れて。学校があるので今日は無理でしたが、やっぱり会いたがってましたから」

「姉妹なんですもんね。うちも兄弟いたらどうなったのかしら?」

「母さん、時間。そんな引き止めたらダメだろ。美月さんが新幹線に遅れる。一宮、もう駅までの道は覚えただろ? 送ってきてあげたらどうだ?」

「うん。そうするね」


 母親同士でよくある、帰り際世間話が始まりそうだったのを止める。これで昔、何度スーパーで待ちぼうけくらったことか……。


 一宮と美月さんが玄関から出ていった後、みんなが飲んでいたコーヒーのカップを片付け、その後は風呂の掃除でもしようかと思って歩き出すと、母さんに呼び止められた。


「千秋、後でお母さんの持ってる少女マンガ貸すから。後でちょっとそれ読みなさい」

「なんで?」

「何でもよ。異世界物とかラブコメばっかりじゃなくて女の子視点の物も読まないとアンタ駄目だわ……」


 駄目ってなんだよ。それになんで俺が読んでる本のジャンル知ってんだ? ──って、あれか。洗濯物置くのに部屋に入った時にでも本棚見たんだろうな。


「まぁ……気が向いたら読むよ」


 そう言って再び風呂掃除に行こうとした俺は、廊下の窓から見える景色を見て足を止めた。そしてすぐに母さんがいるキッチンに行く。


「母さん、ちょっと出てくる」

「あれ? お風呂掃除はどうすんの?」

「帰ってからやる。よく考えたら、帰りは一宮が一人きりになるんだった。もう外も暗くなってきて危ないから、迎えに行ってくる」

「確かにそうね。あんたも気をつけなさいよ」

「わかってる」

「はぁ……。助けられただけでもヤバくなってる気持ちの中であんな宣言されて気の毒なのに、更にこんな事されたら……香月ちゃん、大変ね……」


 確かに大変だよな。親元から離れて暮らすとか今の俺じゃ考えられない。それも、知り合ったばかりの人の家での生活だ。こっちから言い出した事だけど、よく決断出来たもんだ。


 俺は靴を履き、念の為に電灯と玄関にかかっている母さんのコートを手に持って俺は外に出た。 今は暗くなるのも寒くなるのも早いし、無いよりはいいだろう。


 玄関を出てから少し早足で歩く。片付けや母さんと話してた分、時間が経ったからな。

 すると、もう少しで駅に着くってところで、目の前から歩いてくる一宮の姿が見えた。

 どうやら無事に美月さんを送り届けたようだな。


「一宮、すまん遅れた」

「あれ、千秋君どうしたの? なんでいきなり謝ってるの?」

「いや、暗くなるのに一人で見送りに行かせちゃったからな。ほらコート。母さんのだからサイズは合わないけど、肩から羽織るだけでも寒さは違うだろ」

「あ、ありがと……。嬉しい……」


 一宮は俺が肩にかけてやったコートの襟を首元で合わせて、ホントに嬉しそうに微笑む。

 よほど寒かったんだな。コート持ってきて良かった。


「じゃあ帰るか」

「うんっ!」


 ん? ちょっと待て。どういう事だ?

 理解が追いつかない。今までこんな事を経験した事がない。

 


「なぁ、一宮──」

「寒いから! 寒くてしょうがないから! それにこれくらい【友達】なら普通にすることだよ? だから大丈夫!」

「そ、そうか……そうなの……か?」

「そうそう!」


 いつから友達になったのか知らないけど、そうらしい。

 ただ、俺の腕が胸に挟まってるのがその……気まずい。暖かいし柔らかいし、距離が近いせいでいい匂いするしでどうすればいいんだか……。

 とりあえず、腕を引っ張るように抱きつかれているせいで、肩が下がって歩きにくいから少し引っ張るか。

 よいしょっと……うわ、想像以上に柔らかいな……。胸の形が変わっていくのがわかる。


「ふゃん!」

「な、なんだ!?」


 っ! なんだよ今の声! 俺何もしてないぞ!?

 ちょっと腕引っ張っただけ──ってそれかぁ!?


「ご、ごめん……急に動いたからびっくりしちゃって……」

「あ、いや、それは俺もごめん……」

「ん〜ん、謝らなくても大丈夫。それより、どう? 柔らかいでしょ? 妹にも羨ましがられるくらいなんだから」

「返事に困る事を聞くなよ……」

「だって、ちょうど今書いてる小説にこんな場面が出てくるから、参考にしようと思って?」


 あぁ、小説ね。なるほどね。特に他意は無いってことか。

 それならそうだと最初から言ってくれればこんなに困惑する事も無かったのにな。


 まったく……。家族として接するって言ったばかりなのに、変に意識する俺もダメか。

 あれ? その場合だと一宮は姉か? 妹か? 年齢だけ見れば姉だけど、そんな感じは今のところ無いんだよなぁ……。



 その後は特に会話も無く、満足そうな顔で俺の腕に抱きつく一宮の感触に気を取られないように、そんな事を考えながら家まで歩いた。





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