第20話 撮るなら部屋で……ね?
家に着き、玄関の扉を開けようとすると、扉の向こうからドタバタした音と声がする。「ホントにこのままで出迎えるんですか!?」とか、「大丈夫! イケるイケる!」とか。
あの二人は一体何してんだ?
まぁいいや。腹減ったしさっさと入って飯食べよ。
「ただい──」
「えっと……お、おかえりなさいませ? ご主人さぁ~ま?」
「まっ!?」
俺を出迎えたのは、顔を赤くさせながら人差し指を口元にもってきて、首を傾げるというあざとさ全開のポーズ。そして白と黒を基調としたメイド服姿の一宮だった。
ただでさえ主張の強い胸元はこぼれ落ちそうで、少し動くだけで揺れ動いている。ジャンプなんてしたら全部出てしまいそうだ。そしてスカートは太もも位までの長さしかない。階段を上がったり、ちょっと下に落ちた物を取ろうとすれば確実に見えるだろう。明らかにサイズが合っていない。
「えっと……千秋君? さ、流石に無言でスマホのカメラを向けられるのはちょっと恥ずかしいかなぁ……」
「え?」
一宮に言われて気付く。
いつの間にか俺の手にはスマホがあり、カメラが起動していてライトも付いている。しかもちゃっかり高画質モードで動画で撮っていた。──無意識って恐ろしい。
「あ、いや、これは……」
「み、見てくれるのは嬉しいけど、撮りたいなら部屋で……ね? 今はほら、美智子さんも見てるし……」
いや、部屋でとかじゃなくてだな!? なんで撮る前提の話になってんだよ! 撮らねぇよ!
……って母さんが!?
恥ずかしそうに腕で体を隠す一宮にそう言われて視線を横にずらすと、リビングへと続くドアから母さんが顔を出して若干引いた顔をしていた。
「へ、変態息子……」
「誰がだっ!」
「あんたよ。その手に持ってるのは何よ」
ぐっ、言い逃れできないっ!
「って、それは流石に冗談よ。男の子だもんねぇ。しょうがないわよ。お父さんもそうだったんだもの。遺伝ね」
「……はっ?」
「だってお父さんも昔、私が普段着ないような服を着ると無言でデジカメのシャッター連打してもの」
や・め・ろ。親のそんな話は聞きたくない。
って問題はそこじゃない!
「つーか、預かってる子だぞ!? 普通は止める所じゃないのか!?」
「止めないわよ? だって私が勧めたもの。それに香月ちゃんだって乗り気だったのよ? 流石にそのまま出迎えるのは恥ずかしかったみたいだけど。そこはゴリ押しで」
「んなっ!?」
言い切った後に親指を立ててサムズアップする母さん。わけがわからない。
勧めた? 母さんが? しかも一宮も乗り気ってどういう事だ!?
そこでまた一宮に視線を向けると、両手の指先をくっつけながらちょっと気まずそうな顔をしていた。
「あ、あはは。えーっとね? 今日、買い物しながら美智子さんと話をしてる時に、そろそろ千秋君の文化祭だって聞いたのよ。それで私は中退してるから、高校の文化祭って経験した事無いの。それでその事を言ったら、美智子さんがこの服貸してくれたの。ラノベとかでもよく見るけど、模擬店でメイド服着たりするんでしょ? だから雰囲気だけでも味わいたいなぁ~? って。ほら、小説の参考にもなるし?」
……そう言われたら言い返す事が出来ないな。したくても出来なかった事をやりたいって思うのは分かるし。だけど……
「ん、まぁ……そうか。でも、小説の参考ってのは?」
「ん~やっぱりさ? 実際に体験してみないとリアリティーって出ないと思うし? それに千秋君も協力してくれるって言ってたから……ダメだった?」
一体どんな小説書いてるのかが気になるけど、流石にそこまでは踏み込めないな。
それに創作者がリアリティーを求めるっていうのも、何となくだけどわからないでもない。ただ、確かに協力するとは言ったには言ったけどさ? さすがに協力の求め方が斜め上どころか、直角すぎて予想出来なかった。
せめて事前の連絡は欲しい。ただでさえこのルックスなんだ。じゃないと家族として見るって誓いが揺らぎそうになる。
何より、その為に母さんからメイド服を借りてまでなんて……ん?
ちょっと待て。母さんからメイド服を借りた? は? え? どういうことだ?
自分のじゃないのか!?
「な、なぁ一宮。俺の聞き間違えじゃなかったらなんだけど、今、そのメイド服を母さんから借りたって言ったか? 言ってないよな?」
「え? 言ったよ? 美智子さんが昔着たやつを貸してくれたの」
「…………え?」
すると、さっきまでは顔だけ出して覗いていた母さんが、完全に廊下に出てきて無い胸を張りながらこう言った。
「私の私物よ」
「はぁ!?」
「おかしいわね? 私が着ると清楚なメイドさんになるのに、どうして香月ちゃんが着るとこんなに扇情的になるのかしら? 不思議だわ」
「そりゃサイズが──」
「ん? なぁに?」
「……なんでもない」
あぁ……なるほどね。母さんのを一宮が着たら、そりゃこんな色々ギリギリになるよな……。
つーか、なんで母さんがこんな服を持ってるんだか……。あ、うん、考えるのはやめよう。それがいい。
とりあえず──
「腹減った……」
◇◇◇
俺が夕飯を食ってる間に一宮はいつものルームウェアに戻っていた。良かった。
二人は既に夕飯も風呂も終わったみたいで一緒にソファーに座りながらテレビを見ている。俺は食べた後すぐに風呂に入り、今日のバイトで疲れていたのもあって、すぐに自分の部屋に行ってベッドで寝転がっていた。
コンコン
「千秋君、まだ起きてる?」
ノックの音と共に一宮の声。何か用事でもあるのか?
「起きてるけど、どした?」
「美智子さんが、千秋君が疲れてるだろうから、暖かく寝れるようにホットミルク持って行ってあげてって。ドア開けてもいい?」
「お、ありがとな。入っていいよ」
「失礼します」
そして部屋に入ってきたのは、再びさっきのメイド服を着てはにかみながら、マグカップを乗せたおぼんを持った一宮だった。
「飲み物をお持ち致しました。ご主人様」
「なっ!?」
驚く俺をよそにマグカップを机の上に載せると、おぼんで口元を隠しながらこう言った。
「えっと……撮っても……いいよ?」
「撮らねえよっ!!」
俺は慌てて一宮を部屋から押し出してドアを閉める。
……な、なんなんだ!? あんな格好で男の部屋にくるもんじゃないだろ!?
するとドアの向こうから声がする。
「また見たくなったら言ってね? いつでも着るからね? おやすみ」
「言わないし、着るな! ……おやすみ」
家族家族家族……。一宮は家族みたいなもんだ。──よし、落ち着いた。
そして俺は机の上に置かれたマグカップを口に付ける。
「あっつ!」
そうだった。まだ持ってきたばかりだったな……。
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