第27話
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蓮池法主、ここに彼の「白井邦夫殺し及び母親殺し」についてのコメントの要点を口述したものを書き示します。
しかしながらここまでに措いて僕はもうひとつの謎にぶつかりました。
そうです、
彼が犯行に至るにあたり、その意を決ることになった人物、あの子のことです。
それを勿論聞かねばなりません。
あの子とはだれか。
「結局、僕は不安だったんだ。この三十年。ずっとね。白井邦夫と母親を殺して、僕はあの時、母親をあの洞穴道にとっさに放り込んだ。しかしいつか…、いつか見つかるんじゃないか思っていた。だから僕は現場に戻ることにしたんだ。あそこに居を構え、日々誰か来ないか、水かけ地蔵に詣でる素振りであの場所が誰にも分からないか確認していたんだよ
それがあの『三四郎』を古本屋で見つける偶然に遭遇した。その時は驚きだったが瞬時に閃いたんだ。これを持ち帰り誰かに話したと仮定しよう、自分は犯人でありながら、もしこれが誰にも分からないものであるのならば、僕は犯罪者でない人生を送ることができる。そう、これは君が言うように『賭け』だったんだ。僕がこれから平和に生きて行けるかどうかのね…、
トリックは本当に子供じみていたね。そりゃそうさ、子供の頃のものだからね。でも少しばかり自信はあったけど。だから君がこれに取り組みだした時、解けるもんかという『愉快』さと悦に入ってしまった。君のなぞ解きを助けるつもりなんかこれっぽっちもなかったけど、君が解いてゆくのを見る度、何度も何度も叫びたくなった。
でも結局、僕は『賭け』に負けてしまった。ロダン君、僕は君の話を聞きながら君の活動力は僕の常に急所を歩き回った、そう、本当に君の足音が聞こえるようだったよ。
さて君が今知りたいのは自分が解いた術とのことの証明ではなく、
あの子のことだろうね。
そう、あの子とは誰か。
最初に言っておくよ。
僕は間違いなく、佐伯良一の子供さ。間違いない。あの二人の隠し子なんかじゃない。
そう、あの子こそが母親と白井邦夫が高校卒業後、福岡で隠れて生んだ子供なのさ。
僕は一度だけ会ったんだ。
昔、福岡で。
目のぱっちりとした母親に似た美しい少年だった。
彼の名はもう忘れた。
しかし、
あの守銭奴のような女である母にも、愛情を注ぎたくなるものがいたなんてね。父親も僕も結局そんな彼の為の『銭』でしかなかったことが、僕の母親への殺意を促したんだよ。白井邦夫は僕には正直どうでもよかったけど、幾分かこんな僕にも正義の心があるようなんだ。そうさ、父親の仇を討ってやろうと言う、変な正義感がね。
結局、僕は得をしたのか損をしたのか分からない。
母親の得た財産は全てその子が持っていたのだから。
それじゃ、最後だね、ロダン君。
いや小林君。
君があの晩、蓮池法主の横で僕に言ったこの台詞僕は生涯忘れないよ。
なんせ、法主でさえ驚いたんだからね。
君は言ったんだ、アフロヘアを掻きながら。
――そう、田名さん、ちなみに僕の名前ですが、四天王寺ロダンと言うのは正しい名前ではありません。
僕の名前は正しくは
あの小説に出て来る名探偵の助手を務めた小林少年の遠縁にあたるものです。
何せ、四天王寺ロダン何て偽名ですからね。もしこの辺りで本当に四天王寺って人が出てこられて、もし僕の事を知らないなんてあなたの前で言う様なものなら、僕はたちまち疑われる。
だからあなたにお願いしたんです、田中さん。僕を下の名前の『ロダン』と言ってくださいとね。
『ありがとう』と言わせてくれないか。
僕は自分が隠した三十年を君が全て白日の下にさらしてくれたことに対して、犯罪者だというのにすごく感動しているんだ。
そう、本当になんとも愉快でたまらないんだよ。
本当にありがとう、君。
僕は刑務所に行くだろうが、いつかまた君とあの銭湯の湯船に浸かり、互いに再会できるのを楽しみにしているよ
ではそれまで、
さようなら、
名探偵殿 」
蓮池法主への報告となる便箋はここで終っていた。
法主は読み終えると便箋を静かに机の上に置き、茶碗を口に運んだ。
茶の渋い苦みが喉を濡らすと茶碗を置き、やがて手を合わせて、小さく経文を唱えた。
それは低く声音で散華した魂への手向けだった。
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