第21話
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「事件の起こりは佐伯百合と白井邦夫の不倫が全てです。勿論、その不倫原因を作ったのは佐伯一郎と佐伯百合の夫婦生活が破綻したことにあります。
もう少し夫人である佐伯百合に注釈を加えるとしたら彼女は地元竹田にある小さな純喫茶「エデン」のひとり娘で白井邦夫とは高校の頃からの顔見知り、知り合いだったのです。
彼女達は高校で知り合い、それぞれ大人になると佐伯百合は一度、福岡に出てその後佐伯へ、白井邦夫は熊本で料理の勉強に出て地元竹田に戻りました。
佐伯一郎と百合は福岡にあるTというホテルの授業員として一緒に働いた後、郷里の佐伯へ戻ることになった一郎と連れ立ち、旅館『小松』へ戻りました。
このころ既に子供が佐伯百合の御腹の中にはいたようです。まぁ地元竹田ではいきなり『小松』に働きに出たということらしいですが、もしかしたら博多での佐伯百合には何か都合の悪いことなどがあってそれを隠していたのかもしれません。
付け足すと佐伯に戻った頃の話ですが、実は一郎の母親と言うのが佐賀にあるこの坂上の寺院の本山へ足繁く通っていて、その頃から良く周囲に『一郎が連れて来た嫁と言うのが中々の奴で、佐伯家が持っていた漁業権やら、土地、山林や挙句には別府や至るとことにある温泉の権利だの、そう言った一切合切を徐々に夫の一郎をそそのかし自分名義に変え、それを知らぬうちに金銭に変えている』とこぼしていたそうです。
さてこの百合ですが、皆さんが証言するように中々器量もよく、また蠱惑的で男にも受けがいい。その内、郷里竹田に戻った白井邦夫に連絡するようになり、旅館『小松』に郷里の商工会議員とか農林公庫の行員だとかそんなところの釣り道楽仲間を週末になると引き受けるようにして、自分は働くことなく、夫を働かせて売上は自分の懐に入るようにして、私財を肥やしていったようです。
そのころでしょうね、白井邦夫と男女の仲になったのは。もしかしたら高校の頃に既に懇ろだったかもしれません。まぁ今となっては分かりませんが。
恐らく夫の佐伯一郎はその頃の二人の仲を疑い始めたのでしょう。それだけじゃない、二人の間に生まれた一人息子にも疑惑の目を向けるようになった。その息子が日々成長するにつれ、自分と似ていないところで見つけたのか、やがて暴力を振るうようになった。それだけじゃない、酒もあおる様に飲む様になり、遂に肝臓を悪くして癌になった。
そんな夫の変貌を見るにつけて、百合は義母が足繁く通った本山を通じて、自分を大阪へ行けるように、またそこで生活ができるように働きかけた。それはやがて夫には癌による死が迫っており、その保険金は自分のものにする段取りでいた。後は自分位は全くこの旅館の経営に興味がない。あるのは自分の増えて行く金銭のみ。
またその時には既に夫が死ねば旅館『小松』を白井邦夫に買ってもらうように話をつけていたようです。その金は勿論自分の懐に入る様にです。そのことは竹田に今も住んでいる白井邦夫の弟白井幸雄氏から聞いています。なんでも一時、この『小松』を買ったことで、兄は実家の金を持ち出すことになり、大阪へ勘当同然で出て行ったのです…とね。
さて、ここからです。
二人は時を少しずらす様に大阪へ出て来た。それがこの長屋なんです。この長屋で二人は他人のように振る舞っていましたが、或る時非常に仲良く談笑しているのをここで起居していた蓮池法主が見られた。その頃二人には何も警戒心が無くなっていたのか、蓮池法主に二人は同じ郷里人で互いに高校の頃からの顔見知りだとね言ったそうです。それを歳経た今も蓮池法主は良く覚えておられて、それが、ついこの前、ここで発生した火災で亡くなった白井邦夫氏の弔いをする際になって遺品の有るものを見られたとき、不意に思い立つことがあり、心を掻きむしるような疑問が湧いたのです。
それは何か?
そう、あの二人の子供ではないかという疑念の子は今どうしているのか?
何故でしょう、そう何年も忘れていたような疑問が普通突然に湧き上がるでしょか?いかがですか?田中さん。人間、そんな簡単に便利に出来上がっちゃいません。そう思いだすには何かきっかけが無けりゃいけない。
そうです、あなたはここの入居するにあたり上の寺院へ挨拶をしましたね?
その時、蓮池法主があなたとお会いしたんですよ。蓮池法主はその時、何も思われなかったが、亡くなられた白井邦夫の法要をしようとして遺品である白井邦夫の日記の一月二日(月)に記述を見て思い出された。
そう、三十年も前に母親を訪ねて正月にこの長屋に現れた少年の事を。
そしてその少年の面差しが、あなたに似てはないかと。
それから蓮池法主は眠れぬ夜を過ごされた。実はこの長屋の火災事故では不思議なことが一つだけあったのです。それは何かというと佐伯百合の姿がこの火災以後、分からなくなったのです。
あの火災で確かに白井邦夫は焼死体として発見されたのですが、佐伯百合の姿は一向に分からなかった。
警察もそれ以上の捜索はしなかったのです。一つは捜索願が出なかったこと、もうひとつは檀家さんのなかで佐伯百合が別に男が居て、今度はそこに行くことになると本人が数人に打ち明けていたと事実があったからです。
檀家の中では蠱惑的で男好きのする佐伯百合は特に女性の中では評判が良くない、だから世話になった寺院に尻を向けるように、夜逃げ同然でここから火事を幸いとして姿をくらましたのだとなり、以後、寺院でも彼女については関知することは無く、現在まで来ているのです。
不思議です。
一体、ここまでで誰が一番得をしたでしょうか?
もしや…
そう思うと蓮池法主は僕の所へ来られたのです。実は僕の劇団のパトロンはこの蓮池法主なのです。笑うかもしれませんが、今寺院では歌だのピアノ演奏だの、自分達の講堂を利用してこうした活動を良くしているんですよ。そう、蓮池法主の講堂では僕の属する劇団がそこで良く劇をやるのです。僕はそうした縁もあり、実はこの長屋にも住んでるわけで、蓮池法主とは膝をつけ合わして話ができる間柄なのです。
つまりそんな蓮池法主が私に自身の秘匿する悩みを打ち合明けられ、僕に依頼してこの長屋で起きた火災事件の調査を依頼された訳です。
そう…つまりこの僕、四天王寺ロダンは蓮池法主から依頼を受けた探偵だった言う訳です。
勿論、必要経費も、そうあなたの前に出て来た『三四郎』も蓮池法主からお借りしたものです。
それだけではない。
あのあなたが良くいくかっぱ横丁の古本屋Aの主人、名前を木下純一と言いましてね、当時あの長屋に住んでいた役者志望の青年だったんですよ。だから私が少し話を持ちかけた時、大いに喜んで協力してくれて張り紙まで貼る始末。まぁそいつはひやひやもんでしたがね、そんなにされちゃあんまりにも出来すぎですからね。しかしあなたには感ずかれることなく、ここまで何とか話を持ってこれたという訳です。
さて事件の背景はあらかた大阪へ戻る新幹線の中でこのように組み立てました。いかがでしたか?間違いはないでしょう?
そうですか。
頷かれましたね。
後はどのようにあなたが両親を殺害したか、それをこれからお話ししましょう。
さぁそのイカのあたりめ、良くお食べ下さい。
奇妙ですね、人生は。
まるでそのイカのあたりめのように舐めれば渋く、しかし噛めば噛むほど味が出てきて広がって行く。
まるで田中さん、あなたの人生のように。
それじゃ、少し失礼します。
え…?どこに行くのかですか?
安心して下さい、警察には行きませんよ。
上の蓮池法主を呼んできます。だってお約束したのです。事件についてのあらかたのあらましが分かれば呼んでくれと。
それじゃ、田中さん。ちょっと失礼します」
四天王寺ロダンはそう言って僕の前から姿を消した。
その時僕は唯、空から見える月を眺めながらロダンが歩いて行く下駄の音を聞いていた。
そう、ただ、ただ茫然としていたのだ。
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