第7話

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 注ぎ込まれた二つのグラスの間に置かれた『三四郎』

 その上を注視する僕と四天王寺のふたつの視線。本から漂う何も物語りせぬ沈黙が仕組まれた謎を深くさせている。

 ビールを一口飲むと早速僕はこの本に書かれたいたことを簡略に説明した。

 話がてら所々、要点が分からず聞き逃した箇所があれば彼から僕に細かく指摘があり、だから大方僕がこの本について彼に話し終える頃には、二人とも本に書かれていた手記については、ほぼ理解した。

 しかしながら、謎めいている。

 彼は本を手に取り、ページを捲る。

「えっと…188ページでは、自分が死んでいるだろうと書いてますね。『おそらく、この本をあなたが手に取られたということはきっと私は黄泉の国へと旅立っていることでしょう』ですから。

 後はその亡くなり方が病死か、自殺なのか、他殺になるのか…、まぁ癌をお持ちの様ですね。となるとやはり病死と言うことでしょうか…」それから指で文字をなぞって行く。

「ここからが印象的ですね。『私の妻は私の遺物ですら金銭に変えれるものは金銭に変える女です』――ここはすごい表現だ。守銭奴ですか!まるで女が凄く金に強欲だと言っている。それについては表現としてこう続きますねぇ…『ええ、彼女は世にも恐ろしいほどの守銭奴なのです。私の持ち物一切はきっと金銭に変えられ、この古本すら何処かの古書店で僅かばかりに小銭に変えられるでしょう』なんてすごい言葉だ」

 四天王寺が頬を摩りながら、僕の方を見て笑う。

「これほど何度もくり返し書くとは、余程この方は物事に対する気持ちが深いというか、この『女』に対して思いが深いと言うか…、それとも来るべき病気との最後に心理的に追い込まれていたのか…」

 縮れ毛を指で掻き揚げる。

「いやぁそれだけでなく…この手紙を読む人にこの女、内縁の妻でしょうかね…その印象を強く与えたいのでしょうね」

(成程…)

 四天王寺の言葉に頷き、ビールを一口運ぶ。

(そういう理解もあるのだな)

 僕は喉にビールを流し込み、音を鳴らす。

「190ページなんて、すごいですよ、田中さん。不倫関係を知りながらも何でしょう、何もできない感情に揺り動かされているが地団駄を踏む気持ちがありありと書かれている、!!見て下さい!!」

 彼が身体を乗り出す様に僕にそのページを見せる。僕は首を伸ばして覗き込む。彼がそこに書かれた言葉を指でなぞる。

「しかしですね、最後に錐のような鋭い言葉がある。感情を叩きつけるような、ですが…それは一方では何か甚だしく予言めいた謎の言葉『ただ後世の誰かが「犯罪者」を責めることは出来るのではないでしょうか?』なんてすごいですよ」

 ふんふんと鼻を鳴らして指を止め、四天王寺が僕を見る。

「田中さん、この方は女が犯罪者になると予見してこう書いているんですよね…」

「そう読み取れるね」

 僕は空になったグラスを机の上で滑らすように横に置く。

「ちょっと考えたいのですが、この書かれたご本人が癌を患っていたとしたら、病死ですよねぇ。だから189ページで保険金を罪滅ぼしのように与えたい趣旨で書かいてます」

「うん。でもさ、後で書いているよね。『女』が自分ではなく不倫相手を殺すだろうと」

「あっ、そうか…そうでした。この犯罪者になるという意味は不倫相手を殺すだろうと言う意味ですね」

 僕の指摘に気づいて、アフロヘアの頭を掻く。

「えっと、確か193ページ…、『――もしあなたが私の事を気に成されたらどうかを解決してください』ふむふむ、ありますねぇ。続いて…『――あの憎き不倫相手の男もきっと同じように黄泉へと旅立っていることでしょう』ですかぁ。すごいなぁ」

 四天王寺が首を撫でる。

「本当にすごい言葉面ですよ。まるでこの方脚本家みたいですね。自分の人生の最後を劇的に飾りたいのかもしれないですが…」

 そこで彼が顔を上げて、くるりと首を回す。

「すいません、ビールを瓶で追加お願いします」

 それに応じるように店の親父が動いて奥に消えた。

「ちょいとばかり、喉が渇きました」

 少し照れるように笑いながらもどこかその視線が微睡む感じなのは、湯上りのビールのせいもある思うが、きっとこの手紙の謎に触れて何かを感づいて考えているのかもしれないと僕は思った。

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