第14話
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「ロダン君…、それで口座の残高を確認できたのかい?」
言うと彼はまた中腰になってポケットから四つ折りにした紙を出した。
それを丁寧に畳の上で広げると僕に向かって言った。
「ええ…残金確認できたんですよ。金額は1,381円」
「1,381円?」
「ですね」
「何だいそれは…」
僕はうーんと呟く。呟きに応えるように彼が言う。
「いやぁ本当に全くわかりませんよね。しかしながら、残金があると言うことはおそらく内縁の妻である『女』は、守銭奴らしからぬところがあっても、結局、通帳を再発行することもなく、そのまま残金を手につけなかったということだけははっきりしたわけです」
「と、いうことだよね…」
ロダンが頷く。
「まぁ通帳を再発行して記帳でもすれば、X氏が言うように不倫相手の名前が分かると言うことなんですよねぇ」
「でもどういう風に振り込めば名前が分かるかなんて、そんなこと君さぁ、いくらなんでも直ぐに思いつくかい?」
僕は彼を見ながら言う。
彼は僕の視線を避けるようにして手元にビールを引き寄せグラスになみなみと注ぐ。それからそれをぐいっと喉に流す。
喉が動いて、やがてそれが止ると彼はイカのあたりめを手に取り「そこです」と言った。
「そこなんです…田中さん。そこまで来ると僕はあの銀行のカード番号が『3460(さんしろう)』の宛て数字だった事と、この数字も何か関連して意味があるのではないかと思いましてね…」
黙って彼の話を聞いている。月が窓辺に見える。
それは輝いている。
僕等の頭上で。
「つまり…この残高も何かそうした意味ありげということかい?」
僕の質問に彼がイカのあたりめを口に加えてクチャと音を鳴らした。
「そう仮定したとします。それで言いますが、じゃぁこの残高の数字は何の名前を仮定したということになりますよね」
「その通りだけど…」
僕も手元にビールを引き寄せて缶を開ける。音がして泡がこぼれ出てくるのをグラスでこぼさないように注いでいく。
彼は『三四郎』開く。
「ここでその謎を解くヒントがこの『三四郎』にありましたね。確か195ページです。あっ…あった、有った。こうですよ。
――預金通帳は焼き捨てました。
銀行のカード番号はこの本のどこかに分かるようにしてあります。
やはり妻に感づかれるのが恐ろしい。
あの女は預金通帳を再発行するかもしれないが、数回に分けられた入金額の意味を内縁の妻であるお前がわかるか、今の私では分からない。これは賭けでもある」
そこまで言うと彼は辺りを見回して何か床に転がっているものを見つけると手早くそれに手を伸ばして、先程の四つ折りの紙を丁寧に伸ばした。
「つまりですよ。通帳は足し算とか引き算できますよね。足し算は「振り込み」引き算は「引き出し」ですね、でもX氏は引き出しをなんかしちゃいない。それは書いてます。つまり振り込みを数回しただけですよね。そこでですが…もし田中さんが『三四郎』と言う名前をゲームのように分かりやすく相手に銀行の通帳機能を使って暗号のように伝えようとすればどうしますか?」
話題の中で唐突に僕への質問がされて、口元に引き寄せたビールをそのままにして動くことができず、彼を見た。
「あ、これはすません。そいつを飲んでから答えてもらいましょう」
彼が笑う。
僕は一気にビールを飲み干すとグラスを畳の上に置き、腕を組んだ。
それから数秒、何も言わず無言でいたが、やがて「そうだねぇ…」と呟くと彼に言った。
「まぁ、こうなのはどうだろう。僕なら一回で振り込むよ。3,460円。そうすれば通帳にその数字が印刷されるだろう。それで人の名前に当てるんだ…よ…」
言いながら最後の方になると彼が真面目な表情で僕を見ているので、思わず言葉が途切れそうになった。
そう彼は凄く深い眼差しで僕を見ているのである。
それから彼はゆっくりと深い眼差しをゆっくりと笑顔にして拍手をしながら言った。
「いやぁ、田中さん、ご名答。まるで事実を知っている犯人みたいな素晴らしい明快な回答です。まさしく、そうなんです。田中さん、それがこの数字の答えなんです」
僕は眼を丸くして、彼に言う。
「えっ!じゃぁ君はこれも解いたって言いうのかい?」
彼は鼻下を拭いて、「です」と短く言った。
驚きで僕はのけぞった。
「何ちゅうこった…」
感嘆する。
「それでどういう風に解いたの?」
彼は僕の言葉を聞くなりアフロヘアを揺らし、畳の上で紙に鉛筆を走らせた。
それは三桁の数字で上下二段に並べて、こう書かれていた。
――461
――920
それを見て僕は言う。
「何だい…これは」
彼が顔を上げる。
「田中さん、ほら、『三四郎』に丸囲みされていた数字覚えていますか?」
「ああ、あの数字だね。あれは確か…19、46、20…」
言いながら僕はぎょっとする。目だけをぎょろりと動かす。
紙の上に書かれた三桁の数字を見る。
「じゃぁ…あの数字がここでも?」
彼が頷く。
「そうなんですよ。でもこの謎が解けるまでま二日かかりました。何となくそこまでわかって1,381円を逆算しながらどんな数字を当てはめればその振り込みが何かの当て数字になるのかを、頭がキンキンに破裂しそうになるのを抑えながら幾通りも考えたのですからねぇ」
「すごいよ、君は。謎が分かったというのだから」
彼は頷きながら、紙を引き寄せる。
それからその三桁の数字を愛おしそうに指でなぞる。
「やっと水曜日の晩に、悩み悩んだ末に『そうか!』と突然閃いたんです。あの『三四郎』のページの丸囲みはひょっとして銀行のカード番号だけへの誘導だけではなく、この銀行の振込の数字の謎、つまりX氏の妻の不倫相手の名前にも関係しているアナグラムなんではないかとね。それからは簡単でした。分かっているいくつかの数字を並べるだけですから」
「それがこの数字…『461』『920』…」
「そうです」
言ってから彼は二つの数字の下に横線を引いて、1,381と書いた。
僕は何も言わず彼を見た。そう彼が答えるべきなのである。何故ならこれは彼が解いたの答えなのだから…
「ですね。二階に分けて振り込まれたんですよ。一回目は『461円』、そして二回目は『920円』…その合計が…」
彼はあたりめに手を伸ばし、珍しく歯で噛み切ると言った。
「1,381円です」
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