第24話
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「佐伯良一殺し」
佐伯良一は生来大人しい人物だったようです。
そんな佐伯良一ですが、しかし佐伯百合と出会ったことで彼の人生は一変しました。本当の意味でのこの一連の殺人事件の純粋な被害者であると言えます。
彼は小さな佐伯の町で続く旅館『小松』の跡取りで法華の熱心な信者な母親のもとで育てられたのです。幼いころは身体もあまりすぐれず、その為良く子供の頃は本を読み、特に探偵小説が好きだったとこの前、大分で僕が聞きこんだ旅館のおばさん、あの方は旅館が始まった昔から働いていたようで、良く色んな事を教えていただきました。
それで長じて家業を継ぐために博多にでてホテル勤めをしていて事業を学んでいたところ、佐伯百合が現れたのです。蠱惑的な魅力を持った彼女の出現に良一は心動かされ、恋に落ち、恐らく初めて女を知ったかもしれません。そんな喜びもあったのでしょう、彼は彼女の顔の下に潜む生来の性質を分かることなく溺れて行き、やがて気が付けば佐伯家の殆どの財産を失うことになりました。その内、彼は彼女が自分を愛していたのではなく、財産があることを利用しただけに過ぎないことが分かると、白井邦夫と間に悩み、やがて酒で肝臓を悪くし、癌となり死にました。
僕はこの事件を解明するにあたり田中さんと話しをしていた折、『三四郎』について問いかけをしたのです。
――19と20に何か印象深い所はありますかと?
その時、彼は言ったのです。
特に見当たらない、と。
そんなことは無いのです。彼にとっては十分、心当たる部分があるのです。文中に三四郎と男が話しています。レオナルドダビンチが砒素を有する砒石を桃の幹に注射することが。
そうです。彼はそれを避けたのです。意識的に。
それは何故か?
確かに父、佐伯良一は病院で亡くなっていますが、彼は僕に言ったのです。
「父親の血管を繋いでいる点滴チューブに昆虫標本に使う薬物を含んだ注射針を指したら少量でも死ぬのではないか」と…。
つまり彼は文中に殺害方法と似た事が明記されていることに気づき、それを避けたのです。
殺害理由ですが、それは特なんでもありません、彼に対する暴力と暴言でした。
物心つく頃から暴力に悩まされていた田中少年は、父親を疎ましく思っていました。酒を飲めば呪詛のように何かを吐き、自分を殴る。
そんな子であれば、誰でもいつか父親を排除したくなるのも当たり前です。
ちなみに母親は少年には優しかったようです。勿論、白井邦夫も。
彼はこの殺害に関してこう述べています。
「単純に、父親の暴力が嫌だった。それだけだよ。母も白井さんも僕には優しい、しかしこの佐伯良一は鬼の様だった。意気地のない奴で酒におぼれて、ただただ暴力を振るう…僕にとっては屑だった。だから癌で死ぬのが分かったから、ちょっとその時期を早めてやったのさ。そう閻魔様の仕事がいくぶんか早く終わらせることが出来るようにね」
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