第18話


(18)



 時が滑るように動いてる。

 見れば時計は夜の十時を少し過ぎただけだ。

 都会の時間はそれほど早くは進まないのかもしれない。

 この時刻で人は眠らない。外はネオンやら街灯がまだ明るい世界だ。

 ひょっとすればそれは昼間より輝いてるかもしれない。

 その輝きは人が持つ普段は見せることができない習性が解放されてしまう為に起きる幻覚だとしても、それが時間を言う感覚を狂わし、都会に住む人を時間という感覚から解放してるのかもしれない。

 幻覚なら、この名前はどうだろう。

 

 ――佐伯百合さえきゆり


 今の今まで僕はこの人物を知らない。

 自分の人生には全く関わりの無い名前。それが今、爛爛と輝きを持って面前に広がって行く。

「彼女ですね。佐伯百合というのですが、当時は三十後半ごろで、寡婦だったようです」

「寡婦?ということは旦那が死別していた?ということ??」

 ロダンが首を縦に振る。

「ええ」

 それから首を撫でる。

「さっきも言いましたが、坂上の法主さんが言うには当時は中々の美貌らしくてねだからよく覚えているそうです。なんでも九州は大分の竹田市の生まれで、あの『荒城の月』で有名な滝廉太郎と同じ郷里です。それで彼女はそこで成人してから佐伯市にある旅館『小松』ってところへ働きに出てそこで旅館の跡取り佐伯一郎と結婚されたそうです。その佐伯一郎さんと言いうのが、この上の寺の檀家というか信者さんらしくて、亡くなった後、その縁をたどり、ここの大阪に住みこむことになったそうです」

「縁をたどって?…、どういうこと。つまりその佐伯百合さんてさ…いわば旅館の女将だろう?」

 彼がそこで小さく呟く。

「何でも旅館『小松」というのは旅館と看板掲げていますが小さな民宿に毛が生えた感じの所らしくて、まぁ街自体も小さくて釣り人相手の所でしたから…亭主が亡くなったのと合わせて廃業したらしいんです。それで家財道具一切持って、大阪へ夜逃げ同然で…」

 僕は黙って彼の言葉を聞いている。

「まぁ…、大阪に出てからはお寺の手伝いをしながら、たまに郷里から身寄りが来るのがあったらしいそうですが、細々と暮らしていたそうです。彼女、檀家さんの中では中々の人気だったらしくて、やはり綺麗な方でしたから…それはつまり…」

「蠱惑的だったということだね?」

 彼が頷く。

「だから…、色んな男との噂もあって、その中にある人物がいた」

 畳の上に広がる紙の上に指を滑らす。

「それが、向かいに住む白井邦夫」

 彼が言って僕はうーんと唸る。

 それは何故か?

「待ってよ、ロダン君。この白井邦夫ってやつと彼女がどこでいつ頃知り合ったんだい。大阪だとしたら、その時点で彼女は寡婦だったわけだろう?」

「そうです」

 彼が断定して言う。

「ちょっと、それじゃ、いつ??」

「彼女が居た大分ですよ。そう、彼女は佐伯一郎と結婚していながら、この白井邦夫と通じていたんです」

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