第4話

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(188ページ)

 ――拝啓、この本を手に取られた方へ。

 おそらく、この本をあなたが手に取られたということはきっと私は黄泉の国へと旅立っていることでしょう。

 私の妻は私の遺物ですら金銭に変えれるものは金銭に変える女です。

 ええ、彼女は世にも恐ろしいほどの守銭奴なのです。私の持ち物一切はきっと金銭に変えられ、この古本すら何処かの古書店で僅かばかりに小銭に変えられるでしょう。

 だからこそ、あなたの手元にこの本があるのです。



(189ページ)

 ――そう私は病気、おそらく癌で死ぬことになるでしょうが、そんな私の肉体すら彼女にとっては保険金に変わる「金銭」です。まぁそれは長年しがない地味な結婚生活を送らせることになったあの派手好きでどんな男からも好かれる蠱惑的な妻への人生への贖罪であるとすれば、幾分かは私の罪滅ぼしとにもなるので溜飲は下がるのですが、ただ、私にも許せないことがあるのです。



(190ページ)

 ――許せないこと、それは妻が不倫関係を持っていたことが分かったということです。私にはその男の名も分かりますが、甲斐性の無い男である私が妻を責めることなどできません。

 ただ後世の誰かが「犯罪者」を責めることは出来るのではないでしょうか?



(191ページ)

 ――文学に興味のない妻がこれを手に取することは皆無でしょうが、念には念を入れます。

 もし私が普段の生活で変なことをすればたちどころにあの女は感じるでしょうし、ですから私はその名をある場所に永久的に隠すことにしました。

 それは銀行です。



(192ページ)

 ――銀行の通帳を作りました。妻が預金額を聞きましたが何分少ない金額で在りましたので、関心が無かったようです。しかし、この預金額こそ、私にとっては大事なのです!!

 その銀行カードも工夫して隠しました。きっといまあなたの手元にあるでしょう。もしわからなければそれは裏表紙のところを工夫して隠してありますので見つけて下さい。



(193ページ)

 ――この「三四郎」を手に取られるのが私の死後何年後か、いや、何日後かわかりませんが、もしあなたが私の事を気に成されたらどうか私達に降りかかったこの「事件」を解決してくだしさい。

 ええ、私は確かに癌で死ぬでしょうが、きっとあの憎き不倫相手の男もきっと同じように黄泉へと旅立っていることでしょう。

 妻はいや、あの女は恐ろしき「守銭奴」なのです。

 あの男もきっと生きてはいまいと思うのです。



(194ページ)

 ――あなたが不倫相手の名を見つけた時、その名をどこかの「事件」で必ず探して下さい。

 もしその名がどこかの事件に出てくれば、それは妻が殺害したのです。

 おそらく、あの女は実行していることでしょう。

 本当に恐ろしき女です。



(195ページ)

 ――預金通帳は焼き捨てました。

 銀行のカード番号はこの本のどこかに分かるようにしてあります。

 やはり妻に感づかれるのが恐ろしい。

 あの女は預金通帳を再発行するかもしれないが、数回に分けられた入金額の意味を内縁の妻であるお前がわかるか、今の私では分からない。

 これは賭けでもある。



(196ページ)

 妻といっても内縁の妻だったお前。

 お前の事はきっと未来に分かる事だろう。

 土葬ならしゃれこうべになってお前を祟りたいが、甲斐性も勇気もない俺にはそれも出来そうにないのが本音だ。

 しかし、それでも俺はお前の不貞が許せない。

 それだけは、しっかりと決着をつけさせてもらうよ。

 俺の保険金はお前が受取ればいいだろう。しかしながら他人のものまでお前が受け取れるはずがない。

 それだけは良く知るがいい。

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