第6話
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「そいつはすごいですね…、そんな仕掛けがあったとは」
僕と四天王寺ロダンは、僕が手にしている『三四郎』を挟んで二人並んで歩いている。
二人とも桶を脇に抱え、丸首のTシャツに僕は半ズボン、彼は少し裾広のベルボトムを履いている。並んで歩く二人の姿は売れない作家か芸人のように見えているかもしれない。特に彼はその態がぴったりのように見えただろう。濡れた縮れ毛のアフロヘアにベルトム、首にタオルをかけた役者らしさの動きも合わさり、本当にそんな雰囲気を醸し出している。
「しかし、驚きだ。田中さん、こいつはすごい。劇の脚本アイデアになりますよ」
彼が履き鳴らしている下駄の音が路上に響くと通りに出て来た野良猫が音を避けるように路地の奥に消えて行く。
風呂上りちょっと近くの酒屋の立ち飲みに行こうじゃないかということになり、今、二人並んで長く伸びた寺の壁沿いを歩いている。
勿論、目下僕達二人の話題はこの『三四郎』である。彼は歩きながらも興味深そうにまじまじと『三四郎』を見ている。
僕は少しくすりと笑った。
「そうか、これが君の仕掛けでないとすると、まったく本当に誰の仕掛けかということになるんだけど」
僕が少し汗ばむ首を撫でながら言う。
「ですよね…、ですがはっきりと分かるのは僕が買う前の以前の持ち主ということになるのは間違いないだろうと思います」
「だね」
そう言って僕は顎で前方を指す。道を曲がる角に酒屋のビールを入れたケースが出ている。
酒屋が見えた。
早速二人で店に入ると簡易に置かれた粗末な木造りの立台を引き寄せるように立つと、ちょうど奥から酒屋の親父が出てきて僕等に目配せをした。
目配せに応じるように彼が声をかける。
「ビール、瓶で呉れる?グラス二つで」
彼の声高い声が響き、親父が頷く。それから僕に振り返ると言った。
「田中さん、ここは僕に奢らせて下さい」
「おや…、良いのかい?」
僕は四天王寺を見る。たいして実入りの少ない現実だろうと僕は思っているから、それが少し同情的な視線になったかもしれない。
それに感ずるように、彼が軽く頭を掻きながら言った。
「まぁ今日は田中さんを騙したわけですし…、しかしながらですよ、思った以上の収穫もあったわけです。ひょっとしたらそいつのおかげで良い脚本ができれば、うちの劇団の公演で客が増え、普段少ない懐も少しは温かくなるっていうもんですよ」
そう言って彼は運ばれて来た瓶ビールの栓を勢いよく分けると、そのまま溢れ出すビールの泡をこぼさぬように丁寧にグラスに注ぎこんだ。
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