第16話

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 僕は話を聞きながら五月だと言うのに背に総毛立つ寒さを感じた。

 これは偶然の遊びだった筈だ。それも目の前に胡坐をかく青年、四天王寺ロダンのちょっとした僕に対する遊びだったのだ。

 それが今では現実として僕達に迫って来て、遊びではなく過去からの長い年月を経た影のような手が伸びてきているのだ。それも謎を引き寄せて、答えを探らせようとしてる。

 僕は得も言われぬ恐ろしさを感じた。

 その謎はこのままにしておいてほしい。

 そんな感情なのだ。

 それがこの平穏な暮らしを続けていけるのではないかという、そんな思いだった。

 人生の誰知らぬ秘密に他人は入りこんじゃいけない、違うかい?ロダン君。

「ここまで来ちゃ引き返せない」

 はっと僕は彼を見上げる。彼の眼差しが僕を見ている。

「そうでしょう?田中さん、ほんの偶然とはいえ僕が田中さんに仕組んだ悪戯…それがこうした事実を運んでくれた。僕は身震いしましたよ、人生にこんな奇妙な一致があるなんて。まさに事実は小説より奇なりです。なんてこったいです!!ここまできてこの『三四郎』がくれた謎をほっておいたりなんかしたら、きっと観客を魅了できる劇なんて僕にはできやしない。だから…」

「だから?」

「もっと調べてやらなくちゃって思ったんです」

「調べる?何を?」

 僕は身を乗り出して聞く。

「この長屋で起きた「」です。それとこの「」の事をです」

 僕は身を乗り出したまま、手探りでグラスを探す。

 喉が渇いてしょうがなかった。

 この人物が持ち込んでくれたなんというか辛味の効いたスパイスともいうべきこの事実が喉に絡むのだ。

 指がグラスに触れる。

 僕は無意識にグラスを手にした。

「いやぁ…、確かに、確かに。ロダン君…君の言う通り、僕も聞きたくなった、そこから先に何があるのか…君はもうある程度まで調べているんだろう??すごいよ、すごいよ、君は…。僕は今さぁ、喉が渇いてしょうがない。なんだろう、本当に笑っちゃうよ、身体が寒くなったり、喉が渇いたり…」

 言うや彼がビールをグラスに注ぐ。

 それから笑顔になって僕に言う。

「さぁさぁ、田中さん、まぁ喉を潤しましょう」

 言われるままグラスを口に運び、注がれたビールを喉に流し込んだ。

 麦汁の何とも言えない苦さが染み渡る。

「さて、では続きを話しましょう」

 僕はグラスを置いてあたりめを手にとると一口噛んで、思いっきり噛み千切った。

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