第8話
一ノ瀬さんとのやり取りを終え、アイノのお説教が確定してから。
結局俺は、そのままの流れで舞を待つことにしたのだった。
「あ、おはへひなさいデース」
アイノがどこからともなく取り出したアイス棒を舐めながら、戻ってきた舞に手を振る。
部屋へと帰ってきた舞は、変身後の魔法少女のコスチュームではなく元の制服へと戻っていた。
舞のいつもの制服姿に、俺はなぜか少しほっとする。
あのコスチュームも確かに可愛くていいが、やはり見慣れているのは制服姿の方だ。
そして舞は、部屋に入ってくると真っ先にアイノへ詰め寄った。
「⋯⋯アイノさ〜ん?」
舞は、今日のことが腑に落ちないといった様子でアイノににじり寄る。
「ふはぁい?」
「『ふはぁい?』、じゃなくてっ!
ど、どどどどうして無線にザッカーがいたのっ?!」
「いや、どーしてって言われてもデースネ⋯⋯」
アイノは、わたわたと慌てる舞を見てニヤリと笑うと、目線だけで俺の方を指し示す。
その視線を追って視線を移した舞は、俺と目が合うと途端に林檎のように顔を赤くした。
「あ、どーも。お邪魔していまーす⋯⋯」
「ひ、ひゃう⋯⋯」
舞は恥ずかしさのあまり俯いたまま、俺と目を合わそうとしない。
「あの、もしかして⋯⋯見てた?」
「あ、ああ。なんか、覗き見みたいになってすまん」
「い、いえいえ、お粗末さまでした⋯⋯」
舞はピンク色のスマホのような端末を胸の前で握り締めると、俺の表情を伺うように目線だけを動かす。
俺の表情ををうかがう目からは、不安と緊張の色がはっきりと見て取れた。
そして俺が何も言い出せずにいると、舞は俺の表情を見ながら恥ずかしげにもじもじとする。
「あ、あのっ⋯⋯」
制服の裾の方をぎゅっと握りながら、舞は俺に上目遣いする。
その仕草に俺は、どきっとさせられた。
「あ、いや、その⋯⋯。あの魔法少女のコスチューム、可愛かったと思うぞ」
「え、えっと、ありがとう、ございます⋯⋯?」
自分でも何を言っているんだと突っ込みたくなるようなことを口走る。
舞の声は、恥ずかしさのあまり少しだけ上ずっていた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯うぅ」
そこにはいつもの二人のようなくだけた雰囲気はなく。
むしろ付き合いたてのカップルのごとく、会話が続かない。
──なにこれ、本っ当に気まずい。
二人して、気まずさのあまり黙り込んでしまう。
幼なじみと話しているはずなのに、俺の喉は緊張のあまり既にカラカラになってしまっていた。
唾をごくりと飲み込むと、俺はやっとのことで口を開いた。
「あの、さ。もしかして昨日助けてくれたのって、舞か?」
俺の質問に対し、舞は少しだけ間を置いてから答えた。
「うん。わ、私だよ」
「そうか。ありがとな、助かった」
それだけ伝えると、俺は椅子から腰を上げる。
言いたかったことも直接言えたし、もう用事は十分だろう。
もう少しアイノを突けば色々と面白い情報が聞き出せるかもしれないが、今はやめておこう。
誰がなんと言っても、俺は部外者であることに変わりはない。
これ以上深いところまで知る必要も、別にないだろう。
「それじゃあ、俺は帰る。安心してくれ、今日のことは誰にも言わないから」
「あっ⋯⋯待って!」
俺が二人に手を振って部屋を出ようとすると、舞が俺の制服の袖を掴んで呼び止めた。
「えーと、その⋯⋯」
「どうした、まだ何かやることが残ってたっけか?」
「いや、そうじゃなくて⋯⋯。
もうちょっとだけ一緒にいてくれても、いいんじゃないかなーって⋯⋯」
舞は先ほどの恥ずかしさを引きずってしまっているせいか、尻すぼみに声が小さくなっていく。
そのせいで最後の方がほとんど聞き取れず、俺は聞き返す。
「⋯⋯ん、すまん。よく聞き取れなかったんだが、もう一度言ってくれるか?」
「あー、あーあー! やっぱ今の、なし〜〜っ!」
舞は両手をぶんぶんと振り回しながら叫んだ。
「そうじゃなくて、えーと、そうだ。
そういえば気になってたんだけど、ザッカーはどうして、
「あー、それか⋯⋯」
そういや舞にも説明してなかったっけか。
長い付き合いだったが、考えてもみれば話す機会がなかったなと思い返す。
「俺、穴が見えるんだよ。怪物が出てくる、穴が」
「それって⋯⋯」
「だ、だだだ大発見じゃないデースか!」
突然、アイノが目を輝かせながら会話に割り込んでくる。
アイノは俺と舞の間に体を食い込ませるように割り込むと、俺の目の中を覗き込んできた。
「ほへー、そんな能力があるんデースネ。むぅ、初めて聞きマーシタ⋯⋯」
「そうか? 俺はてっきり、お前は俺の能力のことを分かってて、ここに連れてきたんじゃないかとばかり思ってたが⋯⋯」
「え、もしかしてアイノ、知ってたの?」
「い、いや〜、その⋯⋯」
アイノは目を泳がせながら言い淀む。
あれだけ「全てを知っている」と啖呵を切っておいたアイノだが、この様子だとどうやら、俺の能力のことは知らなかったようだ。
まあ実際、昨日の取り調べでもその辺りのことはぼかして話したので、知らなくても当然だと言われればその通りではあるのだが。
「わ、ワタシは楽しみのためにアナタを連れてきたわけデーシテ⋯⋯」
「さっきから気になってたんだが、楽しみってなんだ?」
ふと気になったので、聞き返す。
「あー、それはデスネ〜」
アイノはニヤリと笑うと、俺にぎゅっと抱きつく。
「こうするためデース!」
「うわっ。ちょ、やめっ!」
アイノに抱きつかれたことで、豊満に育った柔らかい部位をこれでもかとばかりに押し付けられる。
それだけでも精神的にやられそうなのに、アイノはさらに体を押し付けてくる。
それだけで胸が、さらにむにゅりと形を変えたのだった。
──もうなにこれ、心臓が止まりそう。
揶揄われているだけとはいえども、金髪美少女にハグされる経験なんて一生を通してもおそらく経験できる機会はないだろう。
既にこのとき、頭の中は真っ白になっていた。
「⋯⋯むぅ。ザッカー、なんか楽しそう」
頬を膨らませながら舞が不満を漏らす。
「私だって⋯⋯その、アイノよりはないかもしれないけど⋯⋯」
舞は自分の胸に腕を当てると、寂しそうに呟いた。
いやその、舞も十分成長していると思うんだが⋯⋯。
「そんなにしてほしいなら⋯⋯、私だって⋯⋯」
舞は覚悟を決めたように頷くと、俺に一歩ずつ近寄ってくる。
このままだと取り返しのつかないことが起こりそうな予感がした俺は、アイノを思いっきり引き剥がした。
「ひゃんっ! 強引デース⋯⋯」
無理やりにもアイノを引き剥がすと、俺は冷や汗を拭う。
──まったく、健全な男子を揶揄うのも程々にしてくれ。心臓が持たん。
「あー、それとそうだ。そういや昨日俺を助けてくれた魔法少女は二人だった気がするんだが、もしかして別の高校だったりするのか?」
「んーと、もう一人もこの高校デース。
そういえば、そろそろ帰ってくると思うんデスケド⋯⋯」
アイノはモニターに表示された時計に目をやりながら、心配そうに呟く。
するとタイミングを狙ったかのように、部屋の扉が開いた。
「戻り、ました⋯⋯」
おどおどした、自信のなさそうな声とともに小柄な少女が部屋に入ってくる。
その声に似つかわしいほどに臆病そうな少女は、俺の顔を見ると目を丸くした。
「セン⋯⋯パイ⋯⋯?」
「もしかして、知り合いデシタか?」
「⋯⋯⋯うん」
こくり、と少女はうなずく。
それもそのはずだ。なんと言ったって、今日初めて会ったばかりなのだから。
「それじゃあ、紹介する手間も省けるってもんデス。
この子が昨日アナタを助けた魔法少女の──、
第一章 『少女の頬は赤く染まる』 終わり
「魔法」を嫌う少年と、魔法少女たち。 ゆーの @yu_no
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