第5話
────よっと。
肩からずり落ちそうになった通学鞄を戻すため、段ボールを一回持ち直す。結構重いせいで、持ち替えるだけでも正直一苦労だ。
正直、この段ボールは中学生の女子が一人で運ぶような重さではないと思う。というより、中一くらいだと男子でもそこそこ厳しいだろう。
「な、一応聞くが、この荷物一人で運んでたのか?」
「⋯⋯⋯⋯え、えっと」
ふと後ろを振り向くと、少女はまだ俺の数歩後ろを小走りしていた。どうやら、俺の歩くペースが速すぎたらしい。俺は慌ててペースを落とす。
「すまんな、歩くのちょっと速かったか」
少女は、首をブンブンと横に振って否定の意を示してくる。その度に三つ編みに束ねられた髪が背中で跳ねるのが、どこか微笑ましい。
「なあ、ところで名前、なんて言うんだ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯おーい?」
「⋯⋯⋯⋯わ、私ですかっ?」
「ん、ああ」
というより、それ以外いないし。⋯⋯という無粋なツッコミはしないでおいた。
「⋯⋯さ、サエ⋯⋯⋯⋯。ノウマ、サエです⋯⋯」
「ノウマ?」
「は、はいっ!」
名前を呼ばれたと勘違いさせてしまったか、ぷるぷると震えながら、ノウマ──、いや、さっきの少女が返事した。
「あ、いや⋯⋯、悪りぃ。珍しい名前なもんで、つい聞き返してしまっただけだ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はうっ」
いや、そこまで恥ずかしそうにしなくても⋯⋯。確かに悪いのはこっちなんだけどさ。
「いや、こっちこそスマン。俺は榊 平介だ。よろしく頼む。ところで、『ノウマ』って漢字だとどう書くんだ?」
「えーと、能力の『能』に、
そう言うと、胸ポケットから学生証を出して、俺に見えるように掲げて見せてくれた。
どれどれ、能間咲恵、学年は──、
「えーと、中二なんだ? ⋯⋯それと荷物、ここに置いちゃっていいかな?」
「は、はいっ! ありがとうございましたっ」
能間さんは、腰を折り曲げるようにして深々と頭を下げた。
「いや、いいって。それより、そんな感じだと小学校の時とか大変だったんじゃないか?」
「⋯⋯⋯⋯?」
どうして? と言いたそうに首を捻る能間さん。
「いや、何かあるたびにさっきみたいに頭を下げて、その度にランドセルの中身を放流してそうだなー、っと」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はっ!」
「い、いくら私だってそんな、おっちょこちょいではないですっ! そりゃ、たまにはやりますけど⋯⋯」
顔を赤くして、腕をグルグル回しながら抗議してくる。それが面白くて、もう少しだけからかってみたくなる。
「やるんかい」
「そ、そりゃ事故だってありますよ、ええ」
「どんくらいの頻度で?」
「なっ⋯⋯、ひ、秘密です」
答えながら、能間さんは恥ずかしそうに目を伏せる。
「言えんのかいっ」
「だって、そりゃ⋯⋯」
能間さんは、目に涙を浮かべながら言い淀んだ。流石に罪悪感が出てきたので、これ以上からかうのは止しておこう。
「ところで運んでおいてなんだが、コレらは何に使うんかい? 理科の授業か?」
「いえ、その⋯⋯」
「んじゃ、部活か?」
「えーと、そうじゃ、なくて⋯⋯」
どうやら部活でもないらしい。授業で使うわけでもない、となると──。
「もしかして、一人でか?」
「⋯⋯⋯⋯」
コクリ、と頷く。
マジか。
「それと一応確認しておきたいんだが、この量を一人で使うのか?」
「⋯⋯⋯⋯?」
「 あ、いや。悪りぃ俺、園芸とかそっちの方さっぱりだから、変なこと聞いていたら⋯⋯」
「わ、私も、その⋯⋯、初心者、なので⋯⋯。
い、一応他からも土を貰える当てがあるんですが、ま、万が一足りなかったら、困る、ので⋯⋯」
「あ、いや、そういうつもりじゃなくて」
いい聞き方が思いつかないせいで、また能間さんが困った表情を浮かべている。自分のコミュ力のなさを呪いたくなった。
「一人で全てやるとなると、大変じゃないかと思って。何か手伝えることがあったら、また手伝うよ」
「ほ、本当ですか?」
ぱああぁ、と効果音が付きそうなくらいの笑顔を向けられて、俺はどこか気恥ずかしくなった。
「あ、いや⋯⋯、今日は帰りに寄りたいところがあるから、また今度な」
「は、はい、よろしくお願いしますっ!」
早口で言うと、能間さんが再び深々と頭を下げる。
そこは指摘してもやっぱり変わらないらしい。
「そういや、ついでで一つ聞きたいんだが⋯⋯」
能間さんは、キョトンとした様子で首を傾げた。
「そこの花壇を昼頃に手入れしていたのって、また別の人だったりするのか?」
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