第7話
──ふぅ、生き返る。
集合墓地から出ると、さっき貰った缶ジュースを一気飲みする。
騒がしいくらい元気な子供の声に目をやると、サッカーボールを抱えた小学生らが駆け足で帰ろうとしていた。
ふと腕時計の方へ目をやると、既に六時近くを指している。
──もう、こんな時間か。
その割には辺りはまだ明るい。そのせいで、この時期は少し寄り道をすると長居してしまいがちだ。
早く帰って夕食にしようと、俺は早歩きで駅を目指した。
*
「本当に、変わってしまったわねぇ」
駅に向かう途中の十字路に差し掛かったところで、ぽつりと誰かが言う。
その一言に、ふっと嫌な記憶が蘇ってきて、俺は歩くのをやめた。
「本当ねぇ。確か⋯⋯、昔はあの角のところに幼稚園があったかしら」
「すべてがすべて、元のままってわけにはいかないもんねぇ」
交差点の反対側で、チャイルドシート付き自転車に子供を乗せたまま話し込む女性二人。
仕事帰りに子供を迎えに行ったところだったのか、二人ともスーツ姿のままだった。
「本当、あの日から⋯⋯」
その一言に、頭を殴られたような衝撃が走る。
──嗚咽、慟哭。吐き気にも似た拒絶。
目の前に横たわる白い棺桶。
母さんが、白いリボンのかけられた黒い縁の写真を掲げる。
そしてその目は、赤く腫れている。
あの日俺は──。
「やめましょう、その話は」
一方の話を遮るように、もう一人が強く言う。
警告にも似たその一言に、俺の真っ赤な記憶も静かに消えていく。
「⋯⋯そうね」
そう呟くと、チャイルドシートに座る子供の方に目をやる。そして、
「⋯⋯あら?」
言いつつ、不思議そうに頭を傾ける。
頭を撫でようと手をかけたチャイルドシートには、誰も座っていなかったのだ。
「⋯⋯あれ。
母親が息子を呼ぶのに合わせて、俺も慌てて周りを見回す。
すると、十字路を俺の方に横切るように
幸い、この道は車通りがかなり少ない。ただ、万一のことを考えると、お母さんの方に連れ返してあげた方がいいだろう。
車が来ていないのを確認すると、俺は怖がらせないようにそっと子供の方に近寄る。
そして、不審者と間違われないように母親とアイコンタクト。
母親の方も申し訳なさそうに頭を下げるあたり、俺が連れ戻しても問題ないだろう。
確認すると俺は、目線を合わせるようにしゃがんでから話しかける。
子供と話すときのコツだと、父さんからの入れ知恵だ。
「⋯⋯ほら、道を渡るときは、どうするんだったか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
俺が怖かったか、少し顔をこわばらせる。
そして、やっと口を開いた。
「みぎ、ひだり」
「ちゃんと確認したか?」
「⋯⋯⋯⋯ううん」
「ちゃんと確認しないと、車に轢かれちゃうぞ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
今にも泣きそうな顔で唇を噛む少年──、いや春陽くん。
そういや父さんにも口調が厳しいと、何度か言われたかと思いだす。
「あー⋯⋯。次からは、ちゃんとできるか?」
「⋯⋯⋯⋯うん」
「うん、よくできた。じゃあ、お母さんのところに戻ろうか」
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯こくり。小さく頷く。
俺は、母親のもとへ連れて行こうと手を取ろうとした、その時のことだった。
突然、視界がぐにゃりと歪み始める。
まるで誰かが空間を引き延ばしたり縮めたりして遊んでいるかのように、少年の距離が近くなったり、遠くなったりを繰り返す。
最初は俺の目の前だけが歪んでいたのが、やがて波紋のように歪みが広がっていき、最後は景色そのものが形をとどめないまでに崩れ始める。
──クソッ、こんな時に。
そう、俺はこの感覚を知っていた。
この、胸糞悪い感覚が体を襲うとき、それは──。
「⋯⋯伏せろッ!」
──
大声で叫ぶと俺は、少年を庇うようにして地面に倒れ込む。その直後のことだ。
ドーン──、と俺の頭上で爆弾が炸裂したかのような轟音が響く。
それと共に、痛いほどの風圧が俺の背中を襲う。そして──。
気がついた時には、目の前が真っ暗になっていた。
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