第2話
「ザッカー、おっはよーっ!」
「ん、舞か。おはよ」
教室に入ると、俺の幼なじみの
肩にかかるくらいの長さの、ほんの少しだけ茶色がかった黒髪が揺れて、窓からの光のために金色っぽく輝く。
小学校の頃からの幼馴染としての補正があったとしても、舞は学年でも指折りに入るくらい美人⋯⋯だと思う。
「ネクタイ曲がってるけど、直してあげよっか?」
「後で自分で直す」
「ちぇー。せっかくいじれると思ったのに」
あれは高校に入学したての頃だったか。
ネクタイの結び方に慣れていなかった俺は一度だけ舞に直してもらったことがあった。
その時に首をしめられそうになって以来、二度と舞には頼まないようにしているのだ。
「あと、風邪引く前に汗拭いたら?」
「⋯⋯そんな汗かいているか? 俺」
「うん。ま、今日暑かったもんねー」
舞の話に相槌を打ちながら、ポケットから取り出したハンカチでささっと拭う。
舞には、余計な心配はかけさせたくなかったのだ。
「ま、水分補給はしっかりとね」
「⋯⋯お前は俺の母さんかい」
「えっへへーっ。ま、ザッカーとは長い付き合いだしー?」
そう言うと舞は、少しだけ照れた様子ではにかんだ。
ちなみになのだが、苗字の「榊」から取ったあだ名、「ザッカー」をこのクラスに蔓延させた元凶も舞だ。
元々、小学から中学までに使われていたあだ名だったのだが、高校に知り合いが極端に少なかったこともあり、高一の頃には自然と消失してしまっていた。
そんな中、高二で舞とたまたま同じクラスになり、「ザッカー」呼びが復活したというわけだ。
今では高一のクラスメイトだった奴でさえ「ザッカー」と呼ぶ始末だ。どれだけ定着してしまったかがわかるだろう。
「ところでなんだが⋯⋯、昨日貸していたノートは?」
少し考えてから、舞は首を傾げた。
「⋯⋯なんか借りてたっけ?」
「数学だよ、数学。昨日、書けてない分を写したいから貸してくれって言ってただろ」
「⋯⋯⋯⋯あっ!」
思い出したように、鞄の中を漁り始める。そして⋯⋯。
「あった!」
教科書に挟んであったファイルごと、ルーズリーフの束を俺に手渡してきた。
「⋯⋯ったく。絶対忘れてただろ、お前」
「⋯⋯別に?」
フヒョーっと相変わらず下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとするが、どこからどうみても怪しさ全開だ。
「忘れてたんだろ?」
「⋯⋯ごめんなさい」
問い詰めるように聞いたせいか、しょんぼりとした様子で頭を下げた。⋯⋯少しだけ言い過ぎただろうか?
「いや⋯⋯、別にそこまで落ち込まれても⋯⋯」
「だって、だってだって!」
身を乗り出すようにグイグイと主張してくる舞。結果、勢い余ったか俺の顔のすぐそばまで顔を近づけてきてしまう。
俺の顔に舞のサラサラとした髪がかかり、ムズムズとしたくすぐったさを覚える──だけじゃなく、いつも使っているシャンプーか何かの甘い香りがふわりと漂ってくる。
あともう少しどちらかが踏み込んでしまえば、接触事故待った無しの距離まで近づいてしまった。
「⋯⋯⋯⋯っ」
パーツ単位で見れるほどまでに近づいてしまった舞の顔に少しだけ見とれてしまう。
小学校の頃の面影を残しながらも、どこか大人の女性っぽさも少しだけ持っていて。少しだけ茶色がかった瞳が透き通るように綺麗だ──。
⋯⋯って、何変なこと考えてんだ俺ッ!
この体勢のままとマズイと思い後ろに下がろうとするも、誰かの机が邪魔で後ろに下がることができない。
舞に一言、「離れてくれ」と言えば解決することが頭の中からすっぽ抜けるほどに、俺はテンパっていたんだと思う。
誰か知り合いに助けを求めようと周りを見ようとしたところで、舞と目が合ってしまった。
「⋯⋯ふへっ?」
舞の顔が、みるみるうちに赤みを増していく。そして、ガバッと俺から距離をとった。
「ごっ、ごめん! ⋯⋯つい、うっかり⋯⋯⋯⋯」
「いや、こっちこそなんかごめん⋯⋯」
つい雰囲気で謝ってしまう。よくよく考えてみれば、人の顔をジロジロと見るなんてかなり失礼だったか。
「そ、それじゃあまた!」
「お、おう」
それだけ言うと、ダッシュで自分の席へ戻ってしまう舞。
「本当、お熱いことで」
「⋯⋯だな」
俺の脇で、数人が俺だけに聞こえるようにボソッと言ってきたのを無視しつつ、鞄の中身を引き出しに突っ込んだ。
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