第2話

 昼休みになると、俺は屋上に避難していた。

 そう。あれは、四限終わりのこと──。



 四限が終わると、俺は男友達に囲まれた。


 そして全員の興味は、当然俺と舞のことだった。


「なぁ、ザッカー。お前、神田となんかあったん?」


 クラスメイトの一人が、ニヤニヤと俺の顔を見る。


「どうせ三限終わりのことだろ? マジで何も心あたりないんだが」


 むしろこっちが舞に問いただしたいくらいだ。


 四限終わると逃げるように教室を出てしまった舞の席を見つつ、俺はため息を漏らす。


「嘘つけ〜。絶対なんかあっただろ???」


「いや知らんて」


「な、俺ら友達だろー? ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃんか〜」


「ふざけんな、本当にないっての!

 ⋯⋯ちょ、やめろ肩組むな、『俺はお前の味方だ』みたいな感じで肩叩くな気持ちわりぃ」


「気持ち悪りいとはなんだ、このこの〜っ」


「ちょ、やめろって!」


 首に回された腕をヘッドロックの要領で軽く締め上げられ、俺は抵抗する。

 その隣にいたヤツが、揶揄うように俺の上腕を指でつついてくるが⋯⋯、いや本当に俺は知らんて。


 その様子を見ていた一人が、突然大声をあげた。


「あーーっ! 俺、分かったかも!」


「「⋯⋯⋯⋯?」」


 教室中の全ての生徒が一人の方を振り向く。

 嫌な予感がする。


「昨日、神田さんに告ったんだ!」

「「⋯⋯⋯⋯!」」


 その一言に、全員が顔を見合わせる。

 「なるほど」と、誰かが呟くのが聞こえた。


「な〜る〜ほ〜ど〜! それで、返事はどうだったん?」


「⋯⋯察してやれよ、あんなに気まずそうにしているんだから」


 え、ちょっと待て。いつの間にか俺が舞に告ったことになってない?


 オマケに、なぜか俺が振られたことになってるし。


「いやいやいや、ないって。そもそも俺、告ってないし」


「いやいや〜、そんなこと言って〜、辛かったんだろ? 振られて」


「そうだな、ザッカーは俺らの親友だ。 奢ってやるよ、今日だけは」


「いや、いらないから。というより何度も言うけど、告ってないから!」


 そして俺は、隙を見て教室を脱出した──、というわけだ。


 かくして今更教室には戻れず、かといって人目の多い食堂に行くことも躊躇われてしまった俺は、炎天下に焼かれながら昼食を取っているわけである。





 ──ったく、やれやれ。


 屋上の鍵を片手に、俺はため息をつく。


 鍵には、プラスチック性の青いプレートが括り付けられている。

 その上には白のラベルテープが貼られており、次のように記されていた。


『屋上 管理者:榊 平介』


 実はこの屋上は、元は閉鎖されていた。


 事実、当時ここを使うような授業もなければ、部活もなかった。


 誰からも忘れ去られていたこの屋上に俺が目をつけたのは、今年の四月。


 一人になれる場所に憧れて、俺は自身の成績の半分と引き換えにここを手に入れた。


 そのとき、申請のためにこじつけた理由が「天文観測」。


 幸い、天文部のテリトリーが他の校舎の屋上だったこともあり、とやかく言われることはなかった。


 むしろ、望遠鏡をいくつかお下がりで頂けた始末である。


 そして俺は、この場所をとても気に入っている。


 天気がよければ学園中を一望できるし、春になれば校庭の桜が綺麗だ。


 それになにより、扉を机とかで塞いでしまえば簡単に立てこもれるのも魅力的だ。


 ただ、そんなことしなくとも『管理権』下にあるというだけで、入ろうとする人も格段と減るのだが──。


 俺はコンビニのサンドイッチに噛み付くと、ろくに噛まずに飲み込む。


 単語帳を教室に置いてきてしまった。昨日に続いて、今日も何かと運が悪い。


 そんな中、扉が軋みを立てながら開いた。


「おやおやー、ボッチ飯デースカ?」


「⋯⋯誰だ?」


「フフーン、ワタシを知らないとは、珍しいデースね」


 独特な片言日本語とともに入ってきたのは、白衣を着た金髪美少女だった。


 肌は透き通るように白く、青い瞳はまるでサファイアのようだ。


「ワタシは、アイノ・ラウリ。覚えておくといいデース!」


 ピシッと俺の顔を指差しながら、自信満々に言い放つ。


「はいはい、アイノさんね。それじゃあ俺はこれでー」


「ナゼ帰ろうとするデース? ワタシは、アナタに用があって来たデース!」


 そう言うと、アイノは俺のことをピシッと指差した。


 ⋯⋯さり気なく、決まった、という顔をしたのを、俺は見逃さなかったが。


「お前に用があっても俺には用がないから。んじゃ、また別の機会に」


「ノー、ノーノーっ! 逃しまセン!」


 アイノが叫ぶや否や、扉の前へと妙に素早い動きで滑り込む。


 そして、両手を広げて通せんぼした。


「さ、観念するがいいデース!」


「⋯⋯⋯⋯チッ」


 不快感をわざと示すように、俺は顔をしかめて見せる。


「⋯⋯んで、お前の目的は何だ?」


「ワタシの目的? そんなの簡単デース」


 不適に笑ったアイノに、俺は再び嫌な予感がした。


「ただ、ワタシが楽しみたい。それだけデース!」


「⋯⋯⋯⋯」



 ──ダメだ、帰ろう。


 はあ、と俺は頭を抱える。少し俺は脱力した。


「はいはい、どーぞ一人でご勝手にー」


 手をひらひらと振りながら、俺はアイノ氏の裏へ回ろうと右前方へと一歩。


 すかさず、アイノ氏も後方へ下がりつつ俺をブロック。


「⋯⋯ちょ、帰さないデースヨ!」


 どうやら、コイツは俺を本気で帰す気がないらしい。

 諦めて俺は、コイツの話を聞くことにした。


「んで、なら用件はなんだ」


「おおっとーっ、ヨーヤク聞く気になったデースね! それじゃあ特別に──」


「今日はあまり機嫌がよくないから、さっさと済ませ」


「⋯⋯ムゥ。仕方ありまセン」


 どうやら、ご口上を妨害されてたいそうご立腹なのだろう。

 アイノ女史が腰に手を当てながら、ぷくっと頬を膨らませる。


「端的に聞きますガ、榊サン。

 アナタは昨日、侵略性巨大生物インベーダーに襲撃サレタ──。間違いないデスね?」


「⋯⋯⋯⋯?」


 それがどうした──、と言いかけたところで飲み込む。


 ──ちょっと待て、この話を俺は誰かにしたか?


 顎にそっと手を当てつつ、俺はこれまでの自分の動きを振り返る。


 通学路で会った知り合いはなし。


 学校に着いてからは⋯⋯、机に突っ伏して寝てた。


 ホームルームまで爆睡のち、そのまま授業突入。


 よくよく考えたら、今日学校に来てから最初に誰かに話しかけたのは、外でもなく舞だ。


 そしてつい先ほどゲス野郎どもに囲まれて──、今に至る。


 別に隠そうとしていたわけでもなかったが、気がつけば学生の情報ルートに一欠片さえも載せずにここまで来ていたのだ。


 だからといって、学校の誰も昨日のことを知らなかったと結論づけるのは早い。


 現場周辺に住んでいれば野次馬に来た可能性は否定できない。


 だが、俺の知り合いでもない限り、一目見ただけで名前まで特定するのは困難に等しいだろう。

 実際、俺の知る限り仲のいい友達で最寄りに住んでいた人はいなかったはずだ。


 さもなくば、職員室から情報が漏れたか?


 昨日のことについては、恐らく担任の先生には警察の方から連絡が行っているだろう。


 ──だが、その情報をわざわざ抜こうとするだろうか?


 それもよりにもよって、こんな初対面のヤツが。


 ⋯⋯ありえん。何かがおかしい。


 得体の知れない恐怖感に、ヒヤリとする。


 まるで俺が監獄の囚人のように、あの日のことを監視されていたとでもいうのか?


「おやおや〜、いい顔してマースねー。⋯⋯フフっ、面白いっ」


 言われて俺は、屋上の扉の窓に映る顔がシワだらけになっていたことに気が付く。

 はっとして、俺は手を顎から頬へとなぞるようにさすった。


「モシ、アナタが今イチバン知りたいコト、教えてあげると言ったら、どうシマス?」


「⋯⋯どういうことだ」


「そんなコト言って⋯⋯、自分がイチバンわかってるクセに」


「⋯⋯⋯⋯」


 ──俺を助けてくれた、魔法少女。


 もしかして、と頭に浮かんだことを全力で振り払う。


 ありえん。コイツが、どうしてそんな情報を。


「昨日ナニがあったか、そしてその関係者──もとい魔法少女。

 もしお望みナラ、その全てに答えてあげマショウ。


 ──どうしマス? ミスターサカキ、サン?」


「⋯⋯⋯⋯っ」


 意味がわからん。俺は──、騙されているのか?


「仮にその話が本当だとして⋯⋯だ。

 俺に言って、一体お前になんのメリットがある?」


「だから言ったデースよ、面白そうだから。──他意はないデースよ?」



 俺を見上げるようにして、アイノは薄気味悪く微笑む。


「じゃ、じゃあ⋯⋯!」


 そう、アイノに聞き出そうとしたところで予鈴が鳴る。


「タイムアーップ!」


 グラウンドから、慌てて教室に戻る生徒の声が聞こえてくる。

 そう、休み時間の終わりを告げるチャイムだ。


「それじゃあ、続きはまた後デ」


「おい、ちょっと待て!」


 呼び止めると、アイノは俺の方を振り向く。そして、クスッと笑うと言った。


「もし続き、聞きたかったら、今日の放課後、第一体育館と第二体育館の隙間の通路で。待ってマスからネ」


「おい、ちょ、ちょっと!」


 俺が叫ぶよりも先に、アイノは階段を駆け下りていく。

 そして、階段の踊り場でふと何かに気がついたように立ち止まる。


「選択授業のことを忘れてマシタ。

 ソウデスネ⋯⋯、六限終わりでいかがでしょうカ?


 ⋯⋯ま、アナタには選択権なんてありませんケド」


 バーイBye、と手を振ると、アイノは走り去っていった。


「──ったく。なんだったんだ、今のは」


 頭をぐしゃぐしゃとかきむしりながら、俺はため息をついた。

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