第4話

「⋯⋯ここか」


 ──六限終わり、五分前。


 約束より少し早すぎただろうか。


 スマホの液晶に表示された時間を見ながら、俺はため息をつく。


 第一体育館からは、生徒がドタバタと走り回るのが聞こえる。


 そう。まだ、授業中だ。


 となると、アイツの選択科目次第ではまだ来ていないかもしれない。


 もし、まだ来ていなかったら──、待つか。


 少々癪に障るが、それしかない。


 そんなことを考えながら、俺は二つの体育館の間の狭い通路を覗き込む。


 すると──、いた。


 後ろ姿でもはっきり分かるほど綺麗な金色の髪。


 制服の裾から覗かせる透き通るような肌に、俺は一人しか覚えがなかった。


「おや、来たんデスカ」


 アイノのサファイアのような瞳が俺を捕らえる。


 そして、悪戯っぽくニヤリと笑った。


「てっきり、来ないかと思ってマシタ」


「⋯⋯嫌みか?」


「いえ、ナンデモ」


 アイノはわざとらしくふふっと笑ってみせる。


 ⋯⋯なんでだろう、言動の一つ一つに凄く腹が立つ。


「んで、約束は守ってくれるんだろうな?」


 俺は、語気を強めて問いただす。


 アイノは嫌そうにため息をつくと答えた。


「まったく。信用されてマセンネ、ワタシ」


「当然だろ。他人の行動を監視するようなヤツに、信用なんてできるか」


「⋯⋯確かに、一理ありマスネ」


 一理どころじゃねえだろ。お前はストーカーか、ってんだ。


「ま、そう怒らナイ、怒らナイ。短気は損気デースよ」


 アイノは、キラっ、と笑顔で目元のあたりにピースサインを作りながら言い放つ。


 そして腰に手を当てて今度は、ふふーんとドヤ顔。


 ──やっべ、めっちゃムカつく。


 あー、もう限界だ。


 コイツに構っているのが馬鹿らしくなってきた。帰ろ。絶対帰ろう。


 くるりと、その場で回れ右。


 そのままダッシュで走り去ろうとしたが、素早く袖の辺りを掴まれて身動きが取れない。


「ノー、ノーノー!」


 アイノがキーキーと奇声を上げながら袖をぐいぐい引っ張る。


「やーめーろーッ、制服が千切れるだろッ!」


「ヤーダーヤーダー、にーげーるーなー!」


 俺が思いっきり引っ張ると、アイノが赤子のように駄々をこねる。


 あまりに大きな声でわめくので、俺は思わず周りを確認してしまう。


「エッチ、このヘンタイッ!」


「⋯⋯だから、なんでそうなるんだよッ!」


「うっさい、うっさいうっさいッ! この変態がーッ!」


 今のところ誰も通りかかる気配がないが、ここで誰か通った暁には色々とまずい。


 ざっと考えても変態扱いされるか、もしくは体育館裏で○○していただの××していただのと、あらぬ噂が立つのは目に見えている。


 つまるところ、場合によっては社会的に死ぬ。


 その場合、アイノ側にも何らかの悪影響は出ると思うが。


 ⋯⋯クッソ、こいつ俺のことを道連れにする気か。


「あー、もうわかったよ。降参、こーうーさーんー!」


 俺は、掴まれていない方の腕を頭の高さまで上げて抵抗する気がないことを示す。


「わかればいいんデス」


 ふすー、と鼻息を漏らしながらアイノが自慢げに言う。


 イラッとくるも、ここは我慢だ。ステイ、ステイ。


「んで、本題だが──」


 そう言い出そうとするも、遮るようにアイノが提案する。


「立ち話も何デスし、場所変えマセンカ?」


「⋯⋯は、はあ?」


 もう話を遮られたくらいじゃ、怒りの「い」の字すら湧いてこない。


 コイツと話をしていると、全ての物事に寛容になれる気すらしてきた。

 博愛主義者の神様もびっくりだろう。


「んで、場所を変えると言ったって、どこに?」


「ん? ココデスケド」


 アイノは、さも俺の発言が不思議そうに首を傾ける。


「いや⋯⋯、ここって」


「マ、驚くのも無理はないデスケド」


 唖然とする俺をよそに、アイノはスカートのポケットからスマホを取り出す。


 そして何やら操作すると突然、足下からゴゴゴ、と低い音が聞こえてきた。


「な、なんだ⋯⋯?」


 何が起こったのかと、俺はコンクリート張りの地面を見渡す。すると──、


「地面が⋯⋯、動いた⋯⋯?」


 ちょうど俺とアイノの間くらいの所だ。


 地面が、コンクリートで覆われていたはずの地面が、まるでスライド式の扉のように動いて地下道を作る。


 そしてその向こうは、真っ暗な階段が広がっていた。


「さ、行きマースよ」


 アイノが一歩その中に踏み込むと、バチッっという音と共に階段全体に青白い照明が灯る。


 その光景は、さながらSFの中にいるかのような錯覚に陥りそうなものだった。


 ──ここ、学校だよな?


 俺は夢でも見ているのだろうか。


 もし見ているなら、とてつもなく中二病的で、酷い夢だ。


 きっと安物の小説の方が、まだ現実感があるだけマシかもしれない。


 というより、昨日の出来事までもが全て夢だったらどんなに気が楽だったことだろう。


 改めて俺は、一抹の不安を抱きながら、この現実感のない地下通路を見下ろす。


 ──果たして、ここに入って生きて出られるのだろうか。


 地下に入った途端に閉じ込められる危険性だって十分考えうる。


 幸い、スマホのバッテリーは予備も含めて十分だが⋯⋯、圏外なら意味がない。


 ──さて、どうする?


「⋯⋯どうしたんデス?」


 悩む俺の心を見透かしたように、アイノが俺をせかす。


「来ないんデスカ? ⋯⋯もしかして、びびってマス?」


「⋯⋯悪りいかよ」


「いえ別に。当然の反応カト?」


「あっそ」


 ⋯⋯ここまで来たんだ。行くしかないか。


「置いていきマースよ?」


「⋯⋯今、行く」


 こうなりゃ、どうにでもなれ。


 スマホを胸ポケットに入れると、俺は地下へと一歩踏み出した。


 *


「さ、着きマシタ」


「こ、ここか?」


 アイノを先頭にして地下道を抜けた俺らは、とある部屋へと出た。


「ハイ。驚きマシタカ?」

「⋯⋯ああ」


 思わず、絶句してしまう。


 部屋のサイズとしては、教室の三分の二サイズくらいしかない。


 その部屋の中でまず最初に俺の目を引いたのは、壁に並んだ複数のモニターだった。


 そしてそれらを制御するためのコンソールが、部屋の中央に置かれている。

 キーボードの類のものがないあたり、恐らく、タッチパネル式なのだろう。


 部屋の右奥に目を移すと、冷蔵庫サイズの大型の通信装置が備え付けられている。


 コンソール盤にもマイクが備え付けられているが、何か別の目的で使うのだろうか。


 そして、部屋の左壁には──。


「⋯⋯⋯⋯っ」


 ──武器だ。

 可愛らしいデザインこそ施されているものの、武器だ。


 弓にマスケット銃、戦斧アックス、鎌──。


 そのうちの幾つかは、ネットニュースか何かで実際に見たことがある。


 そのどれもが、俺が知っている限り、魔法少女が使っている武器だ。


 そしてそれらは、ガラス張りのショーケースのような棚に収納されていた。


 そしてその棚の脇には、スマホ型の端末が収納された棚が並ぶ。


 これって、もしかして⋯⋯。


「あ、勝手に触ったらいけないデースよ」


 思わず伸ばそうとしていた手を引っ込める。


 心の中を覗かれていたかのような一言に、俺は一瞬寒気がした。


「一つだけ、聞いてもいいか?」


「ん、ナンデス?」


「これって⋯⋯、なんだ?」


「ん、それって⋯⋯。ああ、『モノクル』デスか」


「モノクル⋯⋯?」


 聞き覚えのない単語に、思わず聞き返す。


「イエース。より単純に言うなら、変身端末、デショウカ?」


「変身端末⋯⋯って、マジでっ?!」


「ハイ、レプリカとかではなく、本物デスよ」


「マジかよ⋯⋯」


 俺は絶句して、何も言えなくなる。⋯⋯マジか。


 驚きすぎて、既に脳がオーバーフローしかけている。


 一旦、落ち着こう。


 とりあえず、鞄の中から水筒を取り出して一気飲みする。


 ⋯⋯ダメだ、全く落ち着かない。


「だいじょーぶデス?」


「⋯⋯そう見えるか?」


「イヤ、全然」


 ま、そうだろうがよ。


 突然目の前で水筒のラッパ飲みを始める人がいて、俺だったら速攻で神経疑うわ。


「もしかして、これら全てお前のか?」


「いえ、ワタシが作ったのもありますが、大半が修理中のものデス」


「修理⋯⋯ってお前が?」


「ええ。まったく、人使いが荒い上官デース⋯⋯」


 ふすっと、アイノは頬を膨らませる。


「ワタシは専門じゃないって、何度も言ってるデスのに」


 おいおい、本当かよ。


 ついに、頭がツッコミを放棄した。


「ま、質問はこんなトコにして。

 それじゃあ、ちょっと待っててクダサイ、今、モニターつけマスネ」


 アイノは、コンソール上の認証装置の上にスマホを近づける。


 ピッという電子音がすると、今度は手のひらを認証装置にかざした。


 ──ブウォン。


 低い音とともに、全てのスクリーンが一斉に起動する。


 すると、すぐに防衛省科学魔法課の3Dロゴ映像が表示されたあと、どこか知らない場所の映像が表示された。


「さて、完了デス。それじゃあ⋯⋯、仕事しマスカ」


「仕事って⋯⋯、なんだ?」


「そりゃ⋯⋯、侵略性巨大生物インベーダー狩り、デスよ。

 防衛省から出た情報をもとに、魔法少女部隊を展開して──」


「ちょっと待て、今日どこか警報出てたか?」


「え? 出てマセンケド」


 アイノは回転椅子に腰かけると、顔だけを俺の方に向ける。


 そして、さも当然そうにそう言った。


「だってまあ、警報以下の情報が出たところで百パーセント侵略性巨大生物インベーダーが出るわけじゃないデスシ」


「⋯⋯⋯⋯」


 画面の中の某所では、幼稚園の制服を着た子供が、母親と手をつなぎながら楽しそうに歩いている。


 昨日と、全く同じ光景だ。


 思わず舌打ちしたくなるほどに、昨日と同じだ。


「なあ、その情報って、昨日も出ていたのか?」


「んーと、ええ。出てマシタ」


 アイノはタッチパネルにキーボードを表示させると、素早く昨日の情報を検索する。


「あ、アリマシタ。これデスね」


 そう言うと、アイノはスクリーンいっぱいに文章を拡大してくれる。


「えーと、場所は⋯⋯、ココデスね」


 住所をタップすると、今度は地図が表示される。


「ここって──」


 地図には、父の墓の周囲およそ三百メートルが赤い円で表示される。


 間違いなく、ドンピシャだった。


 それが示すのは一つ。


 昨日の襲撃は、事前に予測されていた。そういうことだ──。

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