第7話 理由

 僕が今日、あわよくば聞き出したいと思っていたことを、吉田さんは自分から切り出してきた。


「え…?ああ、うん、まさかというか…。まあビックリはした、かな」


 吉田さんの真意が見えない以上、受け答えも慎重になる。


「そうだよね、同じクラスだったときも、あんまり話したことあるわけじゃなかったもんね。


正直いって、よくOKしてもらえたな…って。


あ、でもそれは今は置いといて、そーじゃなくて、告白の時も緊張しててあれが精一杯だったから、なんで私が小室くんの事を好きになったのかとか、ちゃんと伝えられなかったなあ、って思って…」


 そうか、「今日はお話したい」というのは、そういう事だったのか。

 僕は無言でうなづき、吉田さんの次の言葉を待った。


「小室くんてさ、体育祭のときも、文化祭も合唱コンクールも、行事のときすごく一生懸命だったよね」


「うん、まあそうだったかな」


 確かに、2年生のときの行事はかなり積極的に参加していた。

 ただ、ぶっちゃけ1年と3年の時はそこまで積極的ではなかった。2年のクラスが特別だったのだ。


「いいクラスだったからなあ」


 そう声に漏らしたら、2年の頃の記憶が蘇ってきた。2年の時のクラスは、非常に「まとまり」のあるクラスだった。

 まず、担任が良かった。


 担任は大迫先生という、30代の男の先生だった。クラスの雰囲気を察するのがすごく上手で、クラスがどんな状態の時にどんな言葉が必要なのかをよく分かっている先生だった。


 ただしそれだけが良いクラスが出来上がった要因なわけではない。

 問題児だらけのクラスを熱血教師が変えていく、みたいなのが学園ドラマの定番だけど、現実には先生が良いだけでは「まとまったクラス」にはならないと、僕は思っている。


 条件その1は「問題児がそもそも居ないこと」。ドラマでは問題を乗り越えていく過程でクラスに一体感が生まれたりするけど、現実はそうじゃない。そう簡単に問題がおさまるような奴は、そもそも問題児とは言わない。

 問題児が居ると、担任はそいつの対応にかなりの労力を割かれ、結果的にクラス全体にかけられるエネルギーが少なくなる。もちろん、問題の質やレベルにもよるが、厄介な問題児を抱えたクラスが一つにまとまるのは、非常に難しい。


 条件その2は「イジメ気質の奴が居ないこと」。これは「イジメられ気質」ではなく、「イジメっ子気質」のほうだ。

 実際、主体的に人をイジメて面白がっているような人間というのは、それほど多数派ではない。クラスでイジメが起きているとき、積極的にイジメに加担しているのは少数派で、内心は不快に思ってる人間のほうが多数派だったりする。

 ただ、イジメられている奴は周囲に「助けを求めない」し、また、周囲は「求められなけれは助けない」。

 イジメをしている奴は、それが分かっててイジメを行っている。そういう奴が紛れ込んでいると、クラスの雰囲気は非常に悪くなる。


 2年の時のクラスは、幸いにもそういう人間がクラスに居なかった。

 メチャクチャ大人しい奴とか、ちょっと自己中な奴も居るにはいたが、クラスの雰囲気が良いと自然と「それぞれの個性を受け入れよう」という空気が生まれてくる。

 そこに「当たり」の先生が担任についてくれたおかげで、「大当たり」のクラスが作り上げられたのだ。


 僕はこのクラスが単純に好きだった。だから、行事にも自然と熱が入った。

 中学時代の「良い思い出」もこの時に作られたものが多い。


「小室くん、合唱コンクールの時にテノールのパートリーダーやってたでしょ。

 その時、私はアルトのパートリーダーやってて」


 …なるほど、確かに言われてみたらそうだった。別にパートリーダー同士だからと言って喋ったりする機会が増える事もなかったけど、接点といえば、それがあったか!

 2年の合唱コンクールでは、僕のクラスは学年で金賞をもらって市内の合唱祭にも学校代表で出場したりして、思い出に残る行事の一つだ。


「最初のうちってパートごとに分かれて練習してて、その頃に、それぞれのパートの歌を一度聞いてみましょう、っていう時間があったんだけど…覚える?」


「うん、それは覚えてる」


 2年の合唱コンクールは僕もかなり気合いを入れてたから、練習の時の様子も思い出すことができた。


「最初にバス、次が小室くんたちのテノール、で次がソプラノで、最後が私達のアルトだったたんだけど」


「そうだった…かな?順番まではちょっと思い出せないなあ」


「あ、まあそれは別に良いんだけど」


吉田さんはクスっと笑って、続ける。


「他のパートも最初のうちは似たようなものだったんだけど、テノールの発表の時もね、周りから見てたら明らかに小室くんだけが一生懸命声出してて、他の男子たちは全然声出てなかったんだよね」


 確かに、最初の頃はリーダー含め数名以外はあんまり声が出てなかったけど、本場が近づくにつれ、みんな少しずつ声が出せるようになっていった。

 僕は運動系の行事ではあまり目立った活躍が望めなかったので、文化系の行事では最初から全力投球するようにしていた。


「でもね、発表の後のパートごとの練習の時、小室くん、『さっきのはみんな、結構いい感じに声出てたと思う!』って言ったのね。


私そのとき、え?小室くん以外全然、声出てなかったじゃん!って思ったんだけど、その後の練習でテノールの人たち発表のときより明らかに声出すようになり始めて…」


 確かに、そんなような事を言った気がする。ただそれは、何かを狙って言ったわけではなく、素直な感想だったと思う。

 男子ってあーゆー場面で声出すのちょっと抵抗感あるというか、恥ずかしがって声出せない奴が多いから、僕としては「みんな思ったより声出てたな」という感想を口にしたまでだった。

 元々、前向きなメンバーが集まってたから、みんなで歌うことに慣れて抵抗感が薄れていくにつれ、自然と声量は大きくなっていった。


「私、正直それまでアルトのメンバーに対して、なんでみんなもっと声出さないの?ってイライラしちゃってて、でも、性格的にそーゆーこと言えないから、自分の中ですごい溜めちゃってて…。


だから、そのとき小室くんの伝え方見て、すごい!って思って」


「いやいや、俺、そこまで深く考えてた訳じゃないというか…」


「んーん、その時どう考えてるかじゃなくて、そーゆーときって、普段周りの人たちのことをどういう風に見てるかだと思うの。


小室くんは普段、周りの人の悪いとこじゃなくて、良いとこを見ようとしてるから、咄嗟とっさにそういう発言が出るんだと思う」


「う〜ん、あんまり考えたことないけど、確かに、あんまり人の悪い面とか見るのは好きじゃないかな…?」


「絶対そうだよ!

私、そのときから小室くんのことずっと見てたから、間違いない…」


そこまで言って、吉田さんさ小さく「あっ」と言って顔を赤くした。


 さすがに僕も恥ずかしくなり、顔が熱くなって、

「えっと…うん、あ、アリガトウゴザイマス…」

と、吉田さんのほうを見ずに、ぎこちないリアクションをした。


「う〜ん…と、それで…ね、それからは私もパートのみんなに、『いまのはいい感じだった気がする』とか『ここでもっと声出せたら、もっと良くなるよね』とか、そーゆー声掛けを意識するようにしたら、みんなどんどん声出してくれるようになって。


結果的に、学年優勝して市内のコンクールに出れたのが、すっごい嬉しくて」


 その時のことを思い出しているのか、照れていた吉田さんの表情が、嬉しそうな顔に変わっていく。


「部活でも、そーゆーの意識して後輩に声掛けるようにしてたら後輩のほうから相談うけたり、どんどん声かけられるようになって、気付いたら、パートリーダー任されるようになっんだ」


「それはすごいね」


 ウチの吹奏楽部は部員がかなり居るはずだから、パートリーダーってのも多分、誰でもなれるようなものじゃないだろう。


「ううん。もちろん自分でも頑張ったけど、そうなれたのって、私の中ではやっぱり小室くんの影響が大きくて。


私、中1の頃まであんまり表に自分を出せないってゆうか、ずっと自分に自信持てなかったんだけど、周りとの関わり方が変わってから、どんどん自分に自信持てるようになったんだよね。


だから、小室くんは私にとっては恩人なんです…」


「いや…まあでも、俺が役立てたのって、その合唱コンクールの時の一言だけで、あとは吉田さんの頑張りなわけだから、恩人とまでは…」


 そこまで言われるとなんだか申し訳ない気持ちになってくる。僕はそんなに考えて周りに声をかけたり、部活に打ち込んだわけでもない。吉田さんのほうが、僕なんかよりよっぽどすごい。


「んーん!そうじゃなくて…さっきもチラッと言ってしまったんだけど、私、それから小室くんのことずっと見てたけど、小室くんは誰と話す時でも自然と、相手が気持ちよく受け取れるように接してるよ。


だから、私はその時から、ずっと小室くんの影響を受け続けてるので、私の中学生活がこんなに充実できたのは小室くんのおかげなんです…」


 そこまで言われると、さすがに否定したい気持ちよりも、自分がそんな風に思われていたのだという嬉しさが勝るようになっていた。


「俺、あんまりホメられ慣れてないなら何と言っていいかわからないけど…そう言ってもらえると、やっぱ嬉しいです。


ありがとう」


 吉田さんは、ふう〜…っとひと息ついてから、


「…というわけで、これが私が小室くんを…好きになった理由です」


と締めくくると、照れながらも、胸のつかえが取れたようなスッキリとした表情を覗かせた。


 改めて「好き」という言葉を聞かされて、僕のほうもものすごく照れたけど、それ以上に吉田さんが僕という人間を見て好意を寄せてくれたことに、素直に嬉しさを感じた。


 少しの沈黙があり、僕と吉田さんは持っていたペットボトルを一口、口に含ませる。

 平日の午前中ということもあり、園内は時折、老人や小さな子供を連れた母親がチラホラと通りかかる程度の人気ひとけだ。

 天候も良く、じっと座って話していても暑くも寒くもなく、心地よい気温だった。



「小室くん、あのね…」


吉田さんが、また改まった口調で話を切り出した。


「ん?」


「…もし良かったら、なんだけど…どうしても気になることがあって…」


…え?ナニナニ…??

さっき、なんかスッキリした顔してたじゃん……今度は何だ…!?


「…小室くん、どうしてOKしてくれたのかな…って……」


 そ……ソコかあ〜〜!!!


 思いがけず、今度は僕のターンが回ってきた。…さあ、どう返答したものか…。

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