第8話 正直な気持ち
人を好きになって、その気持ちを相手に伝えるっていうのは、ものすごく恐いことなんだと思う。
それだけの恐さを乗り越えられるのは、それを上回るほどに募った想いがあるからなのだろう。
吉田さんは僕に、勇気を出して気持ちを伝えてくれた。
それに対して僕はただ、「イエス」の意思表示をしたに過ぎない。
だから、本来であれば僕だって勇気を出して、気持ちを伝えるべきなのかも知れない。
だけど、僕は吉田さんのことを恋愛感情として「好き」になってから、「付き合う」というステージに進んだわけではない。
その事実をそのまま伝えたら、吉田さんは傷付くだろうか…?
「…ごめんね、こんなこと聞かれても、困るよね…?」
僕がなにも答えられずにいると、吉田さんが先に言葉を発してくれた。だけど…。
「いや…」
…それはそれで、返答に困る…。
「うーんと…ね、私、『実は小室くんも私のこと好きでした〜』とかそーゆーのを期待してるわけじゃないというか…。
私もそこまで鈍感じゃないから、小室くんのことずっと見てて、小室くんの気持ちが自分に向いてないってことは、分かってたし…」
正直、このセリフはズッシリと来た。同時に、吉田さんに対して、この場で何かを取り繕ったり、誤魔化したりするのは絶対にNGだと思った。
「だから、小室くんがOKをしてくれた時は、本当に嬉しかった。奇跡って本当にあるんだなあ、って思った。
だけど家に帰ってみて、少しずつ冷静になってきて、もしかしてこうなんじゃないかな?って思ったことがあって…」
その話の続きを聞くのは恐かった…だけど、僕には聞く義務がある。
「それって…?」
「小室くんは、人を傷つけたりするの、好きじゃないでしょ…?
小室くん、優しいから……、
もしかしたら、私のことフッたら…私が傷つくんじゃないかと思って…、
それで、断れなかっただけなのかも知れないって……」
そこまで言うと、吉田さんの目から涙が
「あ〜、もう、やだなあ…泣いたら小室くん、きっとホントのこと言いづらくなるから、絶対に泣かないって決めてたのに…」
なんてこった…!吉田さんは僕が断りきれずにオーケーの返事をしてしまったのだと、勘違いしていたのだ。
僕が歯切れの悪い返事をしたせいだ。もしかして、そのあとLINEの返信をするのが遅くなってしまったのも良くなかったのかも知れない。そういえば翌日のLINEでも「私も昨日は寝付けなかった」と言っていたけど、吉田さんが寝付けなかったのは、そのことを考えていたから…?
「今日はね…あとで後悔しないように、私の気持ちを全部伝えきって、それから、小室くんにホントの気持ちをちゃんと聞いて、それで、スッキリしようって思って来たの…。
だから、小室くん、覚悟はできてるから…ホントの答えを聞かせてください」
完全に誤解している…。
さっきのスッキリした顔は、今日僕に伝えたかった話の、まず前半部分を終えたからだったのか。
しかし、「ホントの答え」ってどう伝えれば良いんだろう…。
実際、僕は吉田さんと付き合おうと思ってオーケーをした。それは間違っていない。ただ、吉田さんに特別な感情があったわけではない。そこをどう言葉にしたら良いかわからない。
ただ…この誤解だけは、ちゃんと解かなければいけない!
「えっと…さ、上手く言えないかも知れないけど、一応俺なりに、正直な気持ちを話すよ」
僕は正直に今の気持ちを伝えることにした。もちろん、また変な誤解を生まないように慎重に言葉を選びながら。
「確かに…吉田さんの言うとおり、俺、吉田さんから告白されるまで、吉田さんのこと『好き』とか、そういうなんつーか…特別な気持ちみたいなことは、特になかったと思う」
吉田さんは黙って下を向いている。
僕も下を向いたまま、話をしている。吉田さんのほうを見れないというより、自分の気持ちに意識を集中するために。
「だけど俺、決して断りきれなかったからオーケーしたとか、そういうワケではなくて、それだけは絶対に違うから」
「え……」
吉田さんのほうから小さな声が聞こえる。
「俺、告白とかしてもらったの…初めてだったし、最初、ほんとにテンパっちゃって、でも、ちゃんとその場で答え出さなきゃって思って、すげえ考えたんだ…」
ここからが一番難しいところ、僕がオーケーの返事をした理由だ。
「吉田さんとは、同じクラスだったときもあんまり話したことなかったから、正直、吉田さんのキャラというか性格というか…詳しくは知らなかったけど、多分、優しいというか、穏やかな人なんじゃないかな、とは思った。
俺、気の強いタイプっていうか、そーゆーキャラはちょっと苦手だから…。
それ以上…例えば、趣味とか考え方とかはその…付き合ってみないと分からない部分だし」
ここまでは上手く伝えられたと思う。それと、あとひとつ…。
「それとさ…俺、自分の目が、あんまり好きじゃないとゆーか…パッチリ二重って感じの目ってゆーか、そーゆーのに憧れあって。
吉田さんはさ、その…目がさ、その…キレイ、だから…」
吉田さんのほうを見ることはできなかったから、彼女がどんな表情で話を聞いているのかわからなかったけど、そう言った瞬間、なんというかその場の空気みたいなものが動いた気がした。
女子に対して「キレイ」という言葉を向けるのは、半端じゃなく恥ずかしかった。「目の形が良い」とかそういう表現も考えたけど、しっくり来なかった。「キレイ」という表現が一番的確な表現だと思って、勇気を振り絞った。
それでも多分、吉田さんが告白したときの勇気に比べたら、10分の1くらいの勇気だと思うけど…。
「なんか…いま言えることってホント、それだけなんだけど…。
そんなんで、オーケーって言ってしまって良いのか、正直俺にはわからないんだけど…俺の中では、それがオーケーした理由…です」
正直、いまはこれ以上言えることはない。ただ、いま自分で話をしていても、やっぱり答えは変わらず「ノー」ではなく「イエス」だ。
「小室くん……」
呼びかけられて、僕はようやく吉田さんのほうを向いた。
「私…嬉しい……です。
ホント、に…あり…がとう…」
吉田さんの目から大粒の涙がボロボロとこぼれていく。
「私…自分の見た目のこと、あんまり好きじゃないから……私なんかに好きとか言われても…誰も嬉しくないと思ってたから…。
だけど…小室くんに影響うけて、自分に少し自信持てるようになって…だから、その自信を使わせてもらったら…告白できると思ったんだ…」
ボロボロと涙をこぼしながら、吉田さんは一生懸命に話を返してくれている。
「私…、好きな人から…見た目のこと褒められるのが、こんなに嬉しいなんて…思わなかった…。
すっごく…すっごく……嬉しい!」
そう言ってこちらに向けられた笑顔を見た瞬間、僕の心臓がドクンっと大きく跳ねた。
いま目の前にいる女の子のことを、ものすごく「可愛い」と思った。
「小室くん、本当に…こんな私で、いいの?」
「ハイ…よろしくお願いします…!」
そう言って、僕は両膝に手をついて頭を下げた。
吉田さんは「あははっ」と小さく声に出して笑うと、
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
と、行儀良く両膝と両手を揃えて、頭を下げた。
頭を上げると、今度は2人で声をそろえて笑った。
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