第9話 ギャップ

 スポーツにしろ勉強にしろ何にしろ、「どうすればもっと上達する?」っていうことを常に考えて、そのための行動や訓練を積んでいかない限り上手くはいかない…そう思いませんか?


 もしかしたら何かの拍子で一時的に成果が挙がることもあるかも知れないけど、「成果を出し続ける」ためには、やっぱりそれは不可欠だと思う。


 極端な例えだけど、オリンピックに出るような選手はその競技で「成果を出し続けた」からオリンピックの舞台に立てるわけで、そーゆー選手は起きている時間中…いや、もしかしたら寝てる時間も…ずっとその競技のことばっかり考えているんじゃないだろうか?


 これは、例えば人間関係のような事にも当てはまるんじゃないかと、僕は思っている。

 特に、恋愛のような少しハードルが高めの人間関係については、もっとそれが顕著になるだろう。もちろん、オリンピックの選手ほどのストイックさは必要ないと思うけど。


 要するに、「頭良くなりたい」と言っているだけでは頭良くなれないのと同じで、「彼女欲しい」と言っているだけでは目の前に彼女は現れないということだ。

 いや、何かの拍子、一時の成果として「たまたま」素敵な出会いに恵まれることもあるかも知れない。

 恋愛映画の世界では、そこでハッピーエンド!じゃら〜ん♪で、エンドロールである。

 観客はそのドラマにうっとりと陶酔して、「もしかしたら自分の人生にも、こんな素敵なドラマが…」なんて期待しながら、いつもの日常に戻って行くのだろう。


 …いやいや、ちょっと待てと!本当に、その幸せはその先もずっと続いたのかい?と!

 特に、不器用な主人公が持ち前の純粋さとかガムシャラさだとか見せて、それでヒロインと結ばれる系のアレ…。

 いや僕も好きですよ、そーゆー話。好きなんですけど……。


 そのまま付き合っても、その先ちょっとキビしくないかい…!?


 だって、毎回のデートの時とか、勉強とか他の事との両立とか、それこそ、長く付き合ったら一緒に暮らすことになるかも知れないし、結婚だってするかも知れない。

 そういう「その先の展開」を想像すると……ああ、この先はあえて言及しないでおこう…悲しくなるから。


 少なくとも映画の登場人物たちは、その先の事を考えて動いてはいない。当たり前だ、だってそもそも「その先」がないのだから。

 だから、最後に「結ばれること」…ハッピーエンドという幕切れだけに集中して、全力疾走できるわけだ。


 一方、現実リアルに生きる僕たちはそうではない。僕たちは「結ばれること」だけをゴールとしていない。

 少なくとも「その先」の付き合い方を想像して…その上で「結ばれるかどうか」を判断している。

 だから、「その先」に対してあまり良いイメージができない相手とは「結ばれたい」と思わない。


 これが、創作フィクション現実リアルの間にある相違点ギャップなんだというのが僕の考えである。


 現実世界で恋愛する相手は、同じ現実世界に生きている人間だ。

 たとえば志望校はその先の高校生活や卒業後の進路を考えて選ぶし、就職先もその先にどんな仕事が待っているかを想像して選ぶだろう。服を買うときだって、その服を着て生活している姿を思い描いて選んでいるはずだ。


 恋人だって、その先の「お付き合い」を想像して選びたいに決まっているだろう。



 ……さて、とんでもなく長い前置きが続いてしまったが、僕と吉田さんはその後どうなったのか…。

 これは僕のれっきとした「失敗体験」であることはすでにお伝えしてあったとおりだが、結論から言うとこの約半年後…僕たちは、別れた。



 初めてのデートは、最初にお互いの正直な気持ちを伝え合えたことで、その後はとても楽しく、幸せな時間を過ごすことができた。


 お昼は公園の近くのカフェでランチメニューを食べた。いかにも女子が好きそうな、可愛らしい雰囲気の店だ。

 吉田さんは佐野さんと何度か来たことがあるとのことで、ここで僕についての恋愛相談をしたこともあると聞いて、ちょっとテンションが上がった。

 会話の中で吉田さんから「ミズキって男子にもてるよね」と言われたが、こういう振りはとても反応に困る。

 吉田さん以外の女子を変に褒めるわけにもいかないし、かと言って大切な友達のことを悪く言うわけにもいくまい。


「う〜ん、確かに、部活で佐野さんのことイイなって言ってる奴はいたよ」


と、佐野さんさんがモテるという件は否定せず、しかし遠回しに「僕は違うけどね感」を演出することができ、これは自分でも素晴らしい切り返しだと思った。

 吉田さんは「え、誰、誰!?」と興味深々だったが、「一応、個人情報ですので」と言って誤魔化しておいた。


 そのあともカフェでは公園での話の延長という感じで2年の時の思い出話に花が咲き、結構長い時間をそこで過ごした。

 当時はお互いにあまり話をしなかった間柄だったものの、クラスでの出来事は共通の認識しとして持っているため、「あの時自分はこうだった」とか「実はあのとき、女子の中ではこうだった、男子の中ではこうだった」とか、「ナントカさんはナントカ君が好きだった」とか、話題には事欠かなかった。


 幸い、バッタリと知り合いに出くわすということもなく、最後はショッピングモールをウロウロして夕方には解散となった。


 春休みのあいだは映画を観に行ったり、電車で少しだけ遠出をしてみたり、図書館で一緒に高校の課題をやるなどして、かなりの時間を2人で過ごしたと思う。

 この時期は、かなり充実した時間を過ごすことができていた気がする。最初に正直な気持ちを伝え合ったことで、どういうふうに互いを思っているのかを理解できているのが良い方向に作用したと、僕は思っている。


 その風向きが変わっていったのは、お互いの高校生活が始まってからだった。


 最初のうちは、互いの高校生活をLINEで報告し合ったり、放課後は帰りに待ち合わせをしたり、日曜日にはデートをしたりと、それなりに恋人らしい付き合いを続けていた。


 だが、5月の連休を過ぎると高校生活も本格化してきて、まず物理的に会う機会が極端に少なくなっていった。


 僕は部活には入っていなかったが、吉田さんは中学と同じ吹奏楽部に入部したため、まず放課後の時間が合わなくなった。

 日曜日も、新生活の疲れもあって精力的に出かけるモチベーションも無く、近場で待ち合わせて近況を喋ったり、会わずにLINEだけのやり取りだけで終わる休日も珍しくなかった。


 夏休みに入っても、お盆と日曜以外、吉田さんはほとんど毎日吹奏楽部の練習が入っていた。

 そのお盆にしても僕は家族旅行、吉田さんも祖父母の家に行くということで予定が合わず、会ったのは吉田さんの部活後と日曜日、合わせて10回程度だった。


 夏休みはそんな調子で、春休みのように行き先を決めてデートする、みたいな事がほとんどできなかったが、「せっかくの夏休みだから」ということで、地元の花火大会に行こうということになった。

 ただ、皮肉にもこの花火大会デートが、いま思えば僕と吉田さんのその後を決定付けることになったと思う。


 花火大会デートは、吉田さんからの提案だった。


「あのさ、8月の最後の土曜日、花火大会だよね!?

せっかくの夏休みなのに私の部活のせいで夏らしいこと全然できてないし…一緒に行かない?」


 吉田さんの部活の後には、この駅前のファミレスでドリンクバーを飲みながら、先の予定を決めるというのが定番の流れだ。


「おお、そういやそうだ。でも土曜だと、部活は?」


「うん、土曜は午前練だからだいじょーぶ」


「そっか。俺もその日は何もないし、大丈夫だよ」


「わ〜い、楽しみ〜!

じゃあ〜…私、浴衣着ちゃおっかな?」


「え…マジで…!?

おお〜!イイねイイね!!

俄然がぜん楽しみになってきた〜!」


「えへへ、やったね!」


 久しぶりに企画を立ててのデートということに加え、吉田さんの浴衣宣言もあり、思わずテンションが上がった。僕は女子の浴衣姿に無性に惹かれるタチだ。


「私、飲み物とって来よっと。凛くんは、何が良い?」


「ん〜、カナと同じでいーや」


 この時点では、お互いを下の名前で呼び合うことにもすっかり慣れていた。

 春休みの時点で、「お互い名字で呼び合うのは他人行儀な感じがする」ということで、そうすることにした。僕は呼び捨てだったが、吉田さんはどうしてもしっくり来ないらしく、名前に「くん」付けすることで落ち着いた。


「花火は19時開始だけど、出店でみせとかも見たいから、5時くらいには待ち合わせしよっか」


「うん、そうだね。俺、絶対タコ焼き食べよ」


「私も昔からお祭り行ったら、絶対タコ焼き食べるよ〜。

あと、杏飴も食べたいなあ〜。」


「ウチの妹も祭り行くと必ず杏飴買うわ。女子って杏飴好きなの?」


「う〜ん、どうだろ?でも、ミズキはあんまり好きじゃないって言ってた」


 そんな他愛もない話をしながら、花火大会デートへの期待を膨らませていく。

 それと、僕としては2人の関係をもう1段階先に進めるチャンスだと思っていた。付き合って5ヶ月ほどになるが、僕らはまだ手を繋いだこともなかった。

 花火大会の会場はすごく混み合うので、手を繋ぐというのはシチュエーション的には間違いないはずだ!そして、あわよくばその先も…。


「ああ〜楽しみだな!花火大会!」


 思わず声に出しつつ、僕は久しぶりのイベントへ期待と、個人的な野望への高揚感に胸を躍らせていた。

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