第3話 告白
自宅へ戻ってきた。
キッチンに居た母に挨拶をし、手洗いとうがいを済ませ、そのまま2階の自室へ向かった。
僕はいつも、帰宅後はすぐに部屋着に着替える為に自室へ入る。そのまま夕食まで部屋に籠もる事もあるし、すぐにリビングに降りてそこで
だが、今日はハッキリとした理由があり、意図的に自室で過ごすことを選択した。
夜には家族揃って僕の卒業祝いが催される。
我が家は食卓での会話は比較的多い方だと思う。他の家族とハッキリ比べてみた事は
ないが、家で親とあまり話さないという友人は多いので、親と割と話すほうだと僕が認識しているって事は、多分会話は多い家庭のハズだ。
ましてや今日みたいな特別な日の食卓で、会話が弾まないはずはない。
普段帰宅の遅い父も、今日は夜8時には帰るとの事だった。中1の妹も、部活を終えて夕方には戻るはずだ。
父の帰宅を待って、8時過ぎから家族全員が食卓に揃う…もちろん、今日の卒業式はどうだったか、という話題にもなるだろう。
……それまでに、なんとしても精神状態を整えておかなければならない…。
いつもと変わらない、自然な“凛”に戻しておかなければ…!
部屋着に着替え、ベッドに横たわった。
落ち着いて、まずはさっきまでの出来事を振り返ってみる……。
……公園の隅で、僕と吉田さんは対峙していた。
目は合っていない。吉田さんは斜め下に目線を外したままだし、僕の視線は吉田さんの顔と外の道路の方を行ったり来たりしている。
「えっと、急にごめんね…。」
目線を外したまま、落ち着かない様子で吉田さんは話し始めた。
それに対し僕からの返答はない。というか、いまだ何をどうリアクションして良いかわからず、言葉を発することができなかった。
構わず、吉田さんが話を続ける。
「…うん……とね…、去年、小室くんと私、同じクラスだったと思うんだけど…。」
いま思えば、「だったと思う」っていうのもオカシな表現なのだが、この時はそんな細かいトコにツッコミを入れるような心の余裕は全くなかった。
僕は一言も発することができないままだが、吉田さんの話は先へと向かっていく。
極度の緊張からか、吉田さんの顔は紅潮し、目尻にうっすらと涙が浮かんでいる。
「その頃、から……
……
……
小室くんのこと……
…いいな、って思ってて…。」
この流れから言ってそういう話になるであろうことは当たり前だと思うのだが、にも
ふぅーーーー………っと、深呼吸にも似たため息を漏らした後、吉田さんが目線を僕へ向かわせる。
僕の心臓が波打っている。深呼吸したい。
だが、真っ赤な顔をして、潤んだ視線を真っ直ぐに向けた女子が自分の目の前に居るという状況から、なぜか僕は荒くなりそうな呼吸を抑えねばなるまいと必死だった。
吉田さんの顔が強ばる。
「その時からずっと、小室くんのことが好きでした。
良かったら私と、付き合ってください…!」
来た……!ど真ん中のストレート。
来ると分かっていたのに、心の準備は全くできていない!
どうしようか…どうすれば良い!?
投げかけられた問い掛けに、僕は必死で自分の中に答えを探した。
正直言って、僕は吉田さんの事を好きではない。いや、好きではないというのは、嫌いという意味ではなく、吉田さんを好きかどうかという事を考えたこともないため、その解答を持ち合わせていなかった。
一旦持ち帰って考える時間をもらう、ということも瞬時に考えたが、告白までして頂いておきながら僕ごときがそんな猶予をもらうことなど、なんだかおこがましい。
選択しなければならない…いま、この場で!
吉田佳奈さん……。
まず見た目については…正直、メチャクチャ好みという事はない。
背は低めで、丸顔。髪は顎のラインほどのボブヘア。
僕はどちらかというとシャープな輪郭が好みで、今まで丸顔の女子を好きになった事はなかった。
身長は…そこまでこだわりは無いが、背の低い子を好きになった事はない。妹がおチビなので、そのイメージと重なるせいかも知れない。
ただ、吉田さんは大きくてキレイな形の目をしていた。僕は自分の目の形があまり好きでは無かったので、その反動からか、今まで好きになった子は例外なく、大きくてキレイな目を持っていた。
以前、友人たちと「女を見るとき一番最初にどこを見るか?」というテーマで話をした時も、僕は「目」と答えた。
というわけで見た目については…ストライクゾーンから多少外れるが…「有り」か「無し」かと言われれば、「無し」ではない。
続いて性格だが…正直言って、わからない。
そもそも、去年同じクラスだったとは言え、あまり話した事がない。
まあ、それは吉田さんに限った話ではなく、女子全般に言えることだが…。
印象的には、吉田さんはクラスではあまり目立つほうの存在ではなかったが、かと言って陰キャという訳ではない。
少し大人しいほうだが、性格が悪いというイメージは全くない。
僕はどちらかというと、自己主張の強いタイプの女子が得意ではない。それ自体が悪い事だとは思わないが、話しているとなんだか責められている気持ちになる。
あそこにいる佐野さんなんかは、まさにそーゆータイプだ。ただ、佐野さんは割と男子に人気があるほうだったから、需要はけっこうあるのかも知れないけど。
僕は少なくとも、男女問わず穏やかで優しい人が好きなので、吉田さんも部類としては、そっちに分類される気がする。
それ以上の細かい趣味とか笑いのツボとか、そーゆーことは今は知る術もないので、いまはそこまでの情報量から判断するしかない。
さあ、どうする………!?
……
……
「えっと………ハイ。」
……OK…してしまった。
イヤもっと気の利いた返事あんだろ!って感じだが、何とか声を捻り出すので精一杯だった。
吉田さんは一瞬、
「えっ…!?」
という、僕の返答が意外だったというような顔で、大きな目をさらに大きく見開いた。
「それって……
OKって、こと……?」
「うん。」
「ありが…とう。」
その瞬間、吉田さんは両手で顔を覆ってシクシクと泣き出してしまった。
一瞬、ヤバイ!泣かした…!と焦ったが、口元は笑っていたので、自分が悪い事をしてしまった訳ではないという当たり前のことを、ワンテンポ遅れて再認識した。
ただ、公園の入口からこちらを伺っていた佐野さんが、心配して駆け寄って来た。
「カナ……大丈夫…!?」
眉間にシワを寄せて、真剣な面持ちで吉田さんの腕に手を添えた。
元の位置から口元までは見えなかったのだろう。フラレて泣いていると勘違いしたのだと思われる。
「小室くん、OKしてくれた……。」
吉田さんが泣きながら報告する。
「ええーーーーー!!」
吉田さんに向かって叫んだあと、目と口を大きく開いたまま、佐野さんがこちらを向いた。
…いや、そんなに意外だったんかい…。
「いやー、いやー、そっかー、そっかー」
などと言いつつ、両方の
佐野さんの登場で少し落ち着きを取り戻した吉田さんから、
「あの、連絡とか取り合いたいから、良かったらLINE交換して欲しいんだけど…大丈夫?」
という申し出があり、お互いのスマホを取り出して登録した。
あまり長くこの場所に留まっていたら、誰かが通りかかるかもしれないし佐野さんにも申し訳ないという事で、後で連絡を取り合うことを約束し、その場を離れることにした。
吉田さんは佐野さんと一緒に帰るだろうということで、僕が先にその場を離れることになった。
公園の入口で佐野さんの前を通るときに、
「小室、カナほんっとにイイ子だから、頼むね!」
と、肩にポンと手を置かれた。
自宅へ向けて歩きだすと、少しして公園内から
「きゃあーーーー!!」
という佐野さんの歓声が聞こえた。
吉田さんに抱きつく佐野さんの姿が頭に浮かんだ。
彼女ができた………のか?
今朝目覚めた時は今日がそんな日になるとは想像もしていなかった。
僕は今日、中学を卒業すると共に「彼女居ない歴=年齢」からも卒業したらしい。
僕の脳内に、ゲームのステータス画面のようなものが思い浮かび、そこに「彼女アリ」という項目が追加された。
ただ、現実の僕はビックリするほど昨日までと全く変わらず、僕だった。
卒業と告白という、2つの出来ごとを半日でまとめて体験し、いつもの帰り道にリアリティを感じられない感覚を纏ったまま、自宅へと到着したのだった。
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