第4話 LINE

 その日の夜に家族で行われた僕の「卒業祝い」は無事に終宴となった。


 父の帰宅が予定より30分ほど遅れたため、食事の前に風呂を済ませたのが良かった。

 昔から、風呂に入るとその日1日の出来事が「完了」した、という感覚になる。おかげでなんとか、“いつもどおりの凛”として家族の前に顔を出すことができた。


 食事の途中で母が、


「アンタ、制服のボタン1つも減ってなかったね。残念ながら、そっちの春は訪れなかったか〜。」


と、何とも際どい話を振ってきた。

 すぐに2階へ上がったのに、いつの間にそんなとこ見てやがった…。

 母親というのは、どうして息子の事にこうも目ざといものなのか。


 父はさっきまで卒業式の国歌斉唱問題についてああだこうだと雄弁に語っていたが、この話に関しては反応を示さなかった。

 単にカニの身をほじくるのに夢中だっただけではなかろう。蛙の子は蛙、というやつだ。


 妹のゆいから「お兄ちゃんに限ってそんなことある訳ないじゃん」というツッコミが入り、この話はこれ以上広がることはなかった。

 妹よ、確かにオマエの兄は学ランのボタンはフルコンプ所持している。だがその代わり「女子からの愛の告白」イベントが発生した事など知る由もあるまい。


 そんな訳で、家族はまさかこの時点で僕に彼女ができていたなんて事は夢にも思わなかったであろう。

 まあ、自分自身でさえまだ半信半疑なのだから無理もないが。



 そんなこんなで会もお開きとなり、自室に戻った。

 開始時間も遅かったので、時刻はすでに23時になろうとしていた。

 まあ風呂も済ませてるし、あとは寝るだけだ。なんつったって、明日から休みだし!


 ベッドに身を投げると同時に、部屋に置きっぱなしにしていたスマホを開く。LINEの通知が数件来ていた。


 僕は普段、あまりスマホを見る習慣がない。と言っても、スキマ時間に確認する程度には開くので、習慣化はしているが、スマホ中毒みたいになってしまっている友人たちからすれば割とドライな付き合い方をしているほうだと思う。

 受験間際に親に没収された、なんて奴もいたが、幸いにも僕は親からスマホ関連で注意を受けたことは一度もない。

 

 さて、受信しているLINEの送信元だが……クラスのグループLINE…部活のグループLINE…そして……吉田さんだ!


 クラスのグループLINEでは、

 「みんな高校に行ったら忙しくなって会えなくなるかもだから、春休み中にクラス会やりませんか!?」

 という女子からの発案に対し、数名がイイね、イイね、やろう、やろう、と返信をしている。

 3年のクラスは正直、さほど思い入れも無いので、これははとりあえず既読スルーで。


 部活のグループでは、今までありがとう、これからもよろしくな、的なやり取りが行われていた。

 こっちについては、温度感を合わせる程度に返信しておいた。


 さて、気になる吉田さんのLINEだ。

 若干の緊張を覚えつつ、「Kana Yoshida」と表記されたトークルームを開く。



「小室くん


今日は突然ごめんね。驚いたよね…?


去年同じクラスだった時もあんまり話したことなかったから、正直悩んだんだけど、今日で最後だし、言わなきゃ後悔すると思って、打ち明けることにしました。


まさかOKしてもらえるなんて思ってなかったので、ホントに嬉しいです。

まだ夢のようだよ〜。


今日はホントにありがとう。

こんな私ですが、これからもよろしくお願いします…!」



 おぉう……!これ、本当に僕宛のLINEか??

 信じられん、人違いじゃないか??


 しかし、吉田さんらしい文章だな、と思った。いや、僕に彼女の何がわかる?って感じだが。決して、いきなり彼氏面ヅラとかではない!

 去年同じクラスだったときの印象でしかないけど、丁寧で、言葉を選んで書いてる気がする。もしかしたら、何度か読み直してから送ってるかも知れない。


 はあ〜、有り難や。


 ふと受信時間を見ると、「19:38」。……げ!もう3時間以上経ってるじゃん!!

 風呂入ったあと、家族と過ごす時間に自分を慣らしておこうと思ってそのままリビングに居たのが裏目に出た!


 とりあえず、慌てて返信を書く。


「ごめん!家族が卒業祝いやってくれてて、さっき終わったところだったから遅くなりました…!


こちらこそ、今日はありがとう。


驚いたというか、なんで俺なんか…?っていう感じで…。


こんな俺でよければですが、これからよろしくお願いします!」


 相変わらず、気の利かない文章である。

 ただ、とにかくまずは早く返信しなければ!


 ここでふと思った。時間はもう23時を過ぎている。遅すぎないか…?

 これがもし電話なら、多分やめておく。仲の良い男友達へのLINEなら、ほとんど躊躇ちゅうちょすることなく送信する。


 女子ってどうなんだ……?女子と個人でLINEのやり取りをした事がないから、わからん…。

 まさか妹に聞くわけにもいかないし。ううむ…。


 色々考えたが、今回の場合は返信が明日になってしまうほうが失礼な気がしたのと、明日から春休みだから大丈夫だろうと思って、送ることにした。


 送信……!


 ああ〜、送っちまった…!これでもう後戻りはできない。相手の反応を待つしかない…!


 と思ったのもつかぬ間、すぐに既読がついた。

 いまちょうどスマホ見てたのか…良かった。


 もしかしたら返信が来るかも知れないので、その後の展開に備え、急いでトイレと歯磨きを済ませてくることにした。もう今日は寝るまでこの件に集中することにしよう。


 洗面所で用を済ませ、念のため親に「おやすみ」を言っておく。

 受験期も「おやすみ」の後に部屋で勉強することも多かったので、親も特に気にはしてないし、その後で部屋を訪ねてくる事もほとんどない。

 妹も同様に、自室に入ってしまえばほとんど翌朝までそれっきりなので、問題ない。


 準備オーケーである。


 再び部屋へ戻ると、早速LINEの通知がある!……と思ったら、部活のグループだった。なんだよもう、いい加減みんな寝ろよ!


 …の瞬間、ブブッ、というバイブレーションと共に、LINEの通知がきた。


 これは……吉田さんからの返信だ!

 なんかドキドキする…。



「返信ありがとう!!

もしかして、ホントに夢だったんじゃないかと思ってたところだった(笑)


お祝い開いてくれるなんて、素敵なご家族だね〜。羨ましい!

ウチなんて、いつもと全く変わらずだったよ〜。


こうしてLINEしてるってことは、夢じゃなかったってことだね。エヘヘ。


こんな時間だから、返信したら迷惑かな、とか思ったんだけど、思わずしちゃいました!


明日から春休みだけど、小室くんは何か予定あったりする…?

あ、今日はもう返信、無理しないでね。


今日はいい夢見れそうだなあ〜。

じゃあ、おやすみなさい。」



………ゴフッ!!思わず吐血するところだったぜ…。

 なんだこの可愛い文章は!?殺傷力ハンパねぇ。


 僕のあの無味乾燥な文章に、よくこんな味も香りも増し増しで返せるものだ。申し訳なさすぎる。

 もっと国語の作文を頑張っておくべきだったと、受験の時より後悔した。


 取り急ぎ今、返信するかどうかだが……うん、向こうも気を遣ってくれたことだし、ここで僕が返信したら、また向こうも返信しなきゃと思うだろうから、今日はここで止めといて、明日また返信することにしよう。


 その後、僕は20回くらいそのLINEを読み返した。


 しかし、「明日から春休みだけど、小室は何か予定ある?」のところがメチャクチャ気になる。


 これはつまり、予定を合わせて2人で会いましょう、という流れなのではないでしょうか……?


 僕はその日、深夜3時頃まで悶々として寝付くことができなかった。

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